アミュレットを巡って
「アミュレット~、アミュレット~♪ 極上のアミュレット~♪」
水尾先輩は誰が見ても分かるほど上機嫌だった。
わたしたちは今、商業樹の入口前、楓夜兄ちゃんが指定された場所にいる。
でも、わたしたちの方が早かったのか、楓夜兄ちゃんはまだ来ていない。
いつものように雄也先輩はいなかったから、どこかでまたこっそりと情報収集に奮闘しているんだろう。
頑張ってくれるのは嬉しいけど、あまり無理はしないで欲しいと思う。
万一、何かあった時のために、九十九は樹の上で待機している。
だから、この場に立っているのはわたしと水尾先輩だけだった。
大丈夫だとは思うのだけど、九十九は本当に心配性だよね。
「待たせたな~、嬢ちゃん」
そう言って、楓夜兄ちゃんが姿を見せる。
「いや、そんなに待ってないよ」
わたしがそう答えた時だった。
「まさか……」
水尾先輩が楓夜兄ちゃんを見ながら、呆然と呟いた声が聞こえた気がする。
「どうしました? 水尾先輩」
「おっ! それが例の先輩……か?」
何故か、水尾先輩の顔を確認した楓夜兄ちゃんも固まった。
「『クレスノダール=フォード=ジギタリス』じゃねえか!?」
水尾先輩が叫んだ。
その名は確か……。
「やっぱり、『ミオルカ=ルジェリア=アリッサム』か!?」
そう楓夜兄ちゃんも叫ぶ。
その名は水尾先輩の本名だ。
そうなると、2人は互いに本名を知っているほどの間柄だと言うことだ。
そして、水尾先輩が口にした楓夜兄ちゃんの本名には、この国の名前が入っている。
つまり……。
「脱走王子さま!?」
その言葉で、何故か頭上で待機しているはずの九十九が落ちてきた。
楓夜兄ちゃんも水尾先輩も、その場で力が抜けてへたりこんだ。
あれ?
なんか変なことを言ったのかな?
「じょ、嬢ちゃん……? なんや、そのけったいなニックネームは……」
よろよろとしながら、楓夜兄ちゃんが言った。
「頼むからそれをやめろ。緊迫感がそがれたじゃないか」
九十九も立ち上がる。
「いや、私は良いと思うけどな、楽しいから」
そう言う水尾先輩もふらついていた。
何だろう?
この如何にも、「わたしが悪い」と言わんばかりの雰囲気は……。
「しかし……、やっぱりと言うべき……か」
九十九がそんなことを口にする。
「なんや、坊主。気付いとったんか? 人が悪いな~」
「気付いたのは先程です。人間界に行くような身分なのは分かっていましたから。それでも確信は持てませんでした」
ああ、それで、さっき様子が変だったのか。
「ええ勘しとるな。もう少し冷静になれたら、もっとええ護衛になれるで」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。」
そう一礼する九十九。
なんと言うか……、本当に彼と同じ年なのかな? って思う時がある。
普段の言動からはあまり意識していないのだけれど、こ~ゆ~時、九十九はちゃんと切り替えられるのだ。
わたしも切り替えられなくはないけれど、彼ほどではない。
わたしと考え方というか、仕事に対しての取り組み方っていうのが違いすぎるのだ。
もっと、わたしもしっかりしなきゃ!
「それにしても、アリッサムが消滅したと聞いとったんやけど……、そっか~、姫さんの一人は無事やったんか。良かったな~」
楓夜兄ちゃんは安心したようにそう言った。
「何せ、女系で知られとるアリッサム王家や。3人が3人ともいなくなってしもうたら、勿体ない話やからな~」
……そっちかい。
ちょっと感心したんだけど……。
「そんなに気を遣って頂かなくても大丈夫です。直後ならばともかく、今はそこまで気にしてません。それに、私がこうして無事だったのですから、姉たちも、生きていると信じています」
おお!?
水尾先輩も切り替えて王女さまヴァージョンになってる!?
あ、相手が王子さまだったから?
「地で話してええよ。着飾った姫さんの時とは違うんや。その方がこちらの方も気が楽やし。まあ、気遣って欲しいなら、そのままでもええけど」
楓夜兄ちゃんの方からそう言われて、その状態を続けられるわけはない。
特に水尾先輩の性格なら尚更だ。
「じゃ、遠慮なく」
そう言って、いつもの口調、いつもの雰囲気の先輩になった。
それにしても……、口調はともかく、着飾った王女さまヴァージョンの先輩というヤツは未だに想像できない。
国ではカツラを被って、髪を長く見せていたと言っていたから、もっと印象は変わるのだろうけど。
「姫さんも、長い髪を思い切ったもんやな~」
「いや、こっちが地。あれはヅラ」
「せめてウイッグ……。百歩譲ってカツラと言って欲しいんやけど……。ヅラはなんかあんまりや」
楓夜兄ちゃんがそう言いたくなる気持ちは少し分かる。
でも、「ウィッグ」という単語がすぐに口から出てこない水尾先輩の気持ちもよく分かってしまう。
「王女がこんな髪型だと見栄えが悪いらしいからな。でも、実際、私が髪を伸ばすと癖がひどいから手入れも面倒になる。それで、公式の時だけ付け毛にしてたんだよ。マオもそう」
髪の長い水尾先輩は想像が出来ない。
わたしが知る限り、彼女はずっとこの髪型だったし。
「マオ……。『マオリア=ラスエル=アリッサム』のことか……。彼女については、まだ行方が分からないんやな」
「あっちからすると私の行方が分からないってことなんだろうけどな」
確かにそう言うことになる。
「それにしても……、楓夜兄ちゃん。よく区別付いたね~、水尾先輩のこと」
楓夜兄ちゃんは、水尾先輩が名乗る前に、その名を間違えずに叫んだ。
「そう言えばそうだな」
九十九は分からなかった。
それだけ、楓夜兄ちゃんは水尾先輩と会っていたということかもしれないけど。
「全然違うやろ? 顔付きと雰囲気も……。それに……、前もって『水尾』って聞いとったせいもあるかもしれへんけどな」
「流石、ナンパ師だね」
与えられたものが少なくても、その情報をちゃんと活かしているから、モテるのだろう。
「嬢ちゃん……。止めてくれへんか、それ……」
「『脱走王子さま』よりは、ずっとマシだと思うが?」
「……ほんま、勘弁してや」
そう苦笑しながら、楓夜兄ちゃんはゴソゴソと持っていた袋から、シンプルだけど綺麗な装飾品を5点ほど出した。
「嬢ちゃんの程やないけど……、割と質のええタリスマンとアミュレットや。どれでも好きなモン選んだれや」
そう言うと、水尾先輩の瞳がキラキラと輝き出す。
「女はホントに物欲の固まりなんだな……」
九十九が何気に酷いことを言うけど……。
「いや、水尾先輩の場合はもっと純粋な気持ちからだと思うよ」
多分、わたしよりも純粋だと思う。
わたしにはアミュレットやタリスマンの詳しい効果なんて分からない。
それがどれだけ自分の手助けをしてくれるのかも。
知らない間に護られていたことも。
「この蒼いの……。いやいや、緑のもいいな……」
そう言って見比べる先輩は本当に嬉しそうだった。
こんな顔はこの旅が始まって以来、初めて見た気がする。
「じゃあ、どっちもええで。これとこれやな。持って行き」
「え? でも……これって高いだろ? 私、今、あんま、持ち合わせが……」
「タダでええ」
楓夜兄ちゃんは真顔で言った。
「……なんか、裏はないだろうな……?」
「そないなもんあらへんよ。俺はホンマに姫さんが生きとったことが嬉しいんや」
そう言って楓夜兄ちゃんは笑いながら、その2つの装飾品を手渡す。
「但し、条件は勿論あるで。タダより高いモンはないって言うやろ?」
「条件?」
水尾先輩は訝しげな顔をしている。
そんな彼女に対して、楓夜兄ちゃんはニッコリと笑って言った。
「1つは姫さんにあげたる。やけど、もう1つは必ず姫さんの片割れに、姫さん自身の手で渡したれや。それが呑めないなら、2つともなんぼ高い金積まれても、渡せへんな~」
その言葉で、水尾先輩は目を見開いた。
鈍いとよく言われるわたしにだって、その言葉の意味は分かる。
多分、水尾先輩にだって伝わったはずだ。
楓夜兄ちゃんは、真央先輩に必ず水尾先輩自身の手で渡せと言った。
つまり、絶対に探し出せって言っているんだ。
水尾先輩の肩が震えていることに気付いた九十九が驚いていたが、わたしは知っている。
水尾先輩は気が強く見えるけど、実は、涙もろい人だってことを。
わたしの周りはそんな友人が多かった。
なんでだろうね?
意地っ張りが集まるのかな?
いや、人のこと言えないのは分かってるんだけどさ。
「うん……。渡す…………。絶対……」
水尾先輩はそう言って、アミュレットを受け取った。
1つは自分の首に、もう1つは小さな袋に入れて。
「まいど、おおきに」
楓夜兄ちゃんも言ったのはそれだけ。
それ以上のことは何も言わなかった。
ああ、やっぱり人は見た目だけじゃ分からない。
軽そうに見える人も、本質はそれだじゃないんだね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
 




