余計な何かが邪魔をする
「ロットベルク家がトルクとその連れに対してしたことは、貴賓室の提供だね。ローダンセに行く前、トルクが来ることを知ったローダンセ国王陛下が王城の一室を貸すという申し出をロットベルク家にしたけど、トルクに打診もせず、親戚だからと断ったんだよ」
「ほげっ!?」
王族から王族に対しての招待を、一貴族でしかない身で、しかもその当人の意思確認もせず、勝手に断るってそんなことができるの?
「金蔓を逃がしたくないのがよく分かるよな」
「いや、そこじゃないよね?」
確かに九十九が言う通り、親戚としてというよりも、目的はお金なのだろう。
だけど、この話はもっと別次元のものだ。
あのローダンセ国王陛下のことだから、ただの善意からトルクスタン王子を王城に招待しようとしたとは思わない。
だけど、外交の話でもある。
王族同士の交流を、一方的に断ったのだ。
「まあ、ロットベルク家を一代限りの王城貴族とすれば良かったものの、他国の王族を娶らせ、世襲貴族としてしまったのだ。だからあの家は、先代当主も当代当主も、貴族の矜持以前に心構え、経験に裏打ちされた知識、教養、礼儀がないのも、ある種、仕方がないことだね」
うわあ……。
雄也さんが「ロットベルク」という家そのものを、めちゃくちゃ馬鹿にしていることがよく分かる。
でも、わたしでも知っているようなこと、気付くようなことを世襲貴族の当主が知らないのは確かに問題だ。
ローダンセは外交が活発ではないが、それでも、今回のように他国から王侯貴族やその使いが来ることはある。
その時、ロットベルク家のように教養や礼儀が浸透していない貴族が目に付けば、マイナスになってしまうと思う。
ロットベルク家だけなら良いが、政変が理由で旧体制の貴族の転落、新興貴族の台頭などがあったのなら、他にもいるかもしれない。
その事実にゾッとする。
あんな家がゴロゴロとしている国なんて、危うすぎるだろう。
「先代当主夫人がその辺りを補えれば良かったのだろうけど、王族として最低限の教養はあっても、周囲を教育、指導できるほどはなかったようだ。他国から王族として嫁いだわけではなく他国が秘匿する技術者の囲い込みに近い契約だったからね」
それは聞いたことがある話だった。
つまり、そのロットベルク家に嫁いだ王族……、アリトルナ=リーゼ=ロット……、いや当時はまだカルセオラリアさまか、人前に出て恥ずかしくない作法は存じていても、それを他者に教えられるほどではなかったということは分かる。
そうなると、貴族に仕える使用人の指導も上級、下級に関係なくできなかったのかもしれない。
「何より、先代当主夫人は王族としてローダンセに来たわけではなかった。転移門を維持管理補修する技能があったからこそ、ローダンセより招聘を受け、結果として、ロットベルク家に嫁ぐことになったと聞いている」
だけど、それも不思議なのだ。
転移門はどの国にも存在する。
ローダンセも城の地下にあって、わたしもアーキスフィーロさまも登城のたびに利用している。
それを定期的に点検、必要ならば修理とかをするなら、どの国もカルセオラリアの技術者を婿入り、嫁入りさせなければいけなくなる。
だが、セントポーリアにカルセオラリア出身者はいない。
数年前、トルクスタン王子が他国滞在期にセントポーリア城に居住し、その世話をする人が一緒に来た時ぐらいだろう。
だけど、セントポーリア城の地下にある転移門は今のところ問題なく稼働している。
「政変によって、転移門の保守管理の協力要請の仕方すら失われたらしい」
「普通に頼めば良いのでは?」
カルセオラリアは、そこまで礼儀作法に対して過剰な反応をする国ではない。
わたしの同級生も貴族らしいが、その態度はかなり気安いものだった。
カルセオラリア城でお世話になっていた時期も、セントポーリアの文官たちのように常に慌ただしい印象は感じさせなかったのだ。
そうなると、形式に拘らない気はする。
「頭を下げて依頼するには、ローダンセの王侯貴族の矜持が邪魔をするんだよ」
「いや、依頼者側が矜持に拘ってどうするんですか?」
最低限の矜持は必要だと思うけれど、それで全く頭を下げられないのはどうなの?
「新興貴族によくある話だね。貴族は妄りに頭を下げてはならない。足元を見られるからね。必要以上に謙った態度も侮り、蔑みのもととなる。そんな考え方は少なからずあったと思うよ」
だが、転移門の保守管理は国の事業だ。
新興貴族というより、王族、王家の役目だと思う。
「ローダンセ王家は新興貴族と変わらないってことだよ」
「ああ、政変があったから……」
要は余計なナニかが邪魔をして、碌にお願い事もできないってことか。
ローダンセ国王陛下を始めとする王族たちのことを思い出す。
確かに、上から押さえつけるような命令の仕方ばかりで、身分に応じた頼み方を知らない印象があった。
「しかし、意外だ。栞ちゃんはロットベルク家に対して、そこまで嫌悪感を持っていないんだね?」
「嫌悪感はありますよ。アーキスフィーロさまにしてきたことを思えば、どうしようもない家だってことは分かりますから」
母親も乳母も、生まれてすぐ放置したようなものだ。
しかも、そのことに暫くの間、誰も気付かなかった。
モレナさまがいなければ、アーキスフィーロさまは既にこの世にいなかったかもしれない。
さらにその後もいろいろ酷かった。
だから、本当に好きになることができない家だと思うけど……。
「でも、ロットベルク家に対して怒りを向けることができるのは、酷い目にあったアーキスフィーロさまだけだと思うんですよね」
わたしが直接酷い目に遭ったわけではないのだから、怒る資格などはないだろう。
「栞ちゃ……」
「お前は何を言ってるんだ?」
「ほへ?」
雄也さんの呼びかけを九十九が強い口調で遮る。
「お前は十分、酷い目に遭っている。その自覚がないのか?」
「え?」
その自覚も何も、そんな記憶すらない。
「初日の当主との対面でかなりの無礼な行いを受けただろ? それも、当主と長子から」
「あの人たちは年中無休で無礼だから、もう気にしていないけど」
あの時も怒るよりも先に呆れた方だった。
そして、雄也さんから話を聞いた今では、まともな貴族教育を受けていないのだから当然だと納得もしている。
「年中無休で無礼な時点をもっと気に掛けろ。お前が庶民だと思い込んでいることもあっただろうが、それらは、他国の王族の前の言動としてありえないものだ」
「それは分かるけど……」
トルクスタン王子に対してはおかしいと思うけれど、自分への扱いに対してはそこまで酷いとは思わない。
「トルクスタン王子が連れてきた弟の婚約者候補に向かって、『側妻』になれとか頭がおかしい」
「そうだね」
あれは本当に頭の中身を疑うようなものだった。
「しかもその時の不公平な条件の魔法勝負とか、お前や水尾さん以外は受けない」
「水尾先輩なら、受けるんだね」
「水尾さんも魔封石に対する警戒はしたとは思う。熱に弱いって特性を知らなかったらしいから、素直に回避してズドンだな」
水尾先輩は魔法使いではあるが、素早く動くこともできる人だ。
それは、護衛たちが使う体術ってほど洗練されたものではないが、最低限、回避行動などができなければ、魔獣にやられてしまうだろう。
しかし、ズドンとは……。
ヴィバルダスさまが、水尾先輩の魔法によって、文字通り見事に打ち抜かれている図しか思い浮かばなかった。
「それ以外でも、最初に与えられた部屋は最悪だったし、昼前に来た人間に対して食事の提供もねえとか、貴賓どころから客人相手という意識もないし、何よりもその発想が人としてありえない」
まあ、貴族の家に仕える使用人たちが庶民に対して嫌がらせをすることはあるだろうと思っていたから、そこは別に気にならなかった。
「しかも、極めつけに栞の部屋へ侵入者だ。普通なら、即、その家を出る」
「あ~、それについては、わたし自身に覚えがないからな~」
「覚えがなくても、自分の部屋に誰かが良からぬことを考えて入り込もうとしたってだけで、十分、脅威だ。しかも、もともとその目的があって、部屋に侵入経路を作っているなんて悪質すぎる」
そう言えば、アーキスフィーロさまもその話を聞いた時、何故、怒らないのか? と、聞かれた覚えがある。
でも、怒りが湧かないのだ。
起きている時に起きた出来事なら、そんな感情もあったかもしれない。
だけど、全てはわたしが寝ている間に起きたことである。
「狙われたのが身内じゃなかったからかな?」
これが水尾先輩や真央先輩に対するものだったら話を聞いただけでも、怒っている。
実際、トルクスタン王子がそんな話をした時、怒りを覚えたから。
でも、部屋に侵入されたのは自分だった。
趣味が悪いな~とは思ったけれど、やはり怒りの感情は湧かなかったと思う。
「でも、あの家の長子がお前と間違えて、兄貴を襲おうとしたぞ?」
「それなんだけど、ヴィバルダスさまはどうして助かったの?」
割と、衝撃的な事件だった。
わたしはてっきり、トルクスタン王子の連れであった水尾先輩や真央先輩が狙われたと思っていたのだ。
だが、襲われたのは雄也さんだったらしい。
だけど、その詳細は聞いていなかった。
「それは……」
九十九が言葉を濁しながら、雄也さんを見る。
雄也さんは微笑んでいるだけだった。
どうやら、雄也さんが話す気はないらしい。
「命に別状はなかった。オレが言えるのは、それだけだ」
そう言って、九十九は目線を下にやるのだった。
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