その場所に拘らない理由
「さて、ここまでがローダンセで舞踏会を行うようになった理由、藍玉の間から青玉の間、星蒼玉の間へと移り変わった歴史、そして、アーキスフィーロ様の『黒公子』という異名が付くようになったきっかけということになるけど、それらについて他に質問はあるかい?」
それらについての質問。
それならば……。
「ローダンセって縁起を担ぐ国ってことですか?」
そこがちょっと気になった。
この世界は基本的に剣や魔法の世界だ。
だが、超常現象とかをそこまで気にする印象はなかった。
「そう思った理由を聞いても良いかい?」
「『呪い』とかを気にしているし、亡くなった場所から玉座を移すって行動が、この世界では珍しい気がするんですよね。ほら、『浄化魔法』、『洗浄魔法』とかあるから、大量に血が流れても、簡単に掃除ができるじゃないですか」
人間界……、日本は人が死んだ不動産なんかはお祓いをするし、事故物件として扱われるらしいとは聞いている。
それは、宗教とか関係なく根付いている不思議な感覚で、心のどこかで祟りとか、そういったモノを気にしてしまうからだろう。
だけど、この世界は亡くなった人の想いは、思念体……、残留魔気として受け入れているし、それが自然であるため、人間界のように、ホラー要素として恐れられている印象はない。
だけど、玉座の間は移された。
それも一度ではなく、二度も。
「『呪い』と思われる現象は確かにあるんだよ。さっき九十九が言ったけど、強すぎる思念……、そこに残された誰かの残留魔気は時として、生きている人間の肉体を操ることもあるし、そこだけ不自然に大気魔気の乱れが起こったりもする」
それは呪いというよりも地縛霊に近い気がする。
でも、不可思議な力という意味では同じか。
不自然な大気魔気の乱れは、そこに残った体内魔気だったモノの名残なのだろう。
人間の肉体を通さないから、大気魔気の調整という形にならないってことかな?
うん、呪いじゃない。
どちらかというと、普段、人間が使っている魔法の方が、人間界で言う「呪い」に近い気がする。
強い想いで奇跡を起こすなんて、呪術、呪詛の類と同じだろう。
「玉座の間の移動については、縁起を担ぐというよりも、周囲に政変や前の王政のことを思い出しにくくするためだろうね。その場所を使えば、どうしてもそれらのことを思い出してしまうだろう?」
「なるほど」
そこを使い辛いという意味では、確かに移動したくなるかもしれない。
政変時には妙なノリと勢い、正常ではない興奮状態で協力していた人たちだって、後からになって冷静になることもあるはずだ。
この世界は確かに命が軽いこともあるけれど、だからといって、他者の血が流れる状態を喜ぶ人ばかりではないと信じたいというのもある。
それに国を治める側としても、汚い、後ろ暗い部分からはできるだけ目を逸らさせたいだろうし、先の国王が自分よりも善政を布いていたら、周囲から比較される可能性も否定できない。
理想を語ることは簡単だが、実際、行うとなれば、思うようにいかないことは往々にしてあることだ。
人間は盤上の駒じゃないのだから。
思い通りに動かない、他者の動きは予想ができないといった方が圧倒的に多いことを、わたしは文官の真似事をするようになってから学んでいる。
「オレも一つ良いか?」
「お前は自分で考えろ」
「差別だ!!」
九十九の言葉を素気無くあしらう雄也さん。
いつものように酷い。
「九十九は何を聞きたいの?」
「いや、思ったんだけど、その真偽はともかく、『藍玉の間』って所で、円舞曲を踊ると僅かながらも大気魔気の調整ができるって気付いているなら、なんで、そこを会場にして舞踏会をしないんだ? そっちの方が効率は良くないか?」
わたしが九十九に問う分には良いかと思ったのだけど……。
「阿呆」
雄也さんはたった一言で切って捨てる。
「おいこら? さっきから栞と差をつけ過ぎじゃねえか?」
「仕えるべき主人と、使うべき愚弟に差があるのは当然だろうが」
「それはそうなんだけど!!」
雄也さんはなかなか酷いことを言っているのに、九十九はそれを認めちゃうのか。
見事に弟を教育していると思う。
この二人はなんだかんだ言っても仲が良いよね。
憎まれ口を叩き合っても、一緒にいるというのはそう言うことなのだろう。
一人っ子も同然のわたしからすると、それはちょっと羨ましい話である。
「九十九の問いかけに対して、栞ちゃんはどう考える?」
「わたし……、ですか?」
「そう。栞ちゃん視点の答えを聞いてみたいなと思って」
うぬう。
この余裕から、雄也さんの中には何か答えがあるのだろう。
そして、恐らく、それは正解に近いのだと思う。
そんな答えを持っている人の前で自分の意見を口にするのは、ちょっと勇気がいることだけど……。
「えっと、『藍玉の間』で、舞踏会を行わない理由……ですよね? 単純に狭いからだと思います」
あの「青玉の間」とは比べるべくもないし、現在の謁見を行う玉座の間である「星蒼玉の間」と比べてもかなり狭かった。
天井もそこまで高くなかったから、「青玉の間」で放り投げられた時よりも、天井が近くて怖かったのだ。
ローダンセの「藍玉の間」は、セントポーリア城の「謁見の間」の広さとはあまり変わらない。
でも、あの場所にたくさんの人を収容して、円舞曲を一斉に踊ったり、音楽を演奏するための楽団を同じ広間に配置するなら、ちょっと窮屈かなとは思った。
だから、でびゅたんとぼ~るのように、小規模な演奏、小人数で踊る場所としているのだろう。
「狭いのか?」
九十九はあの部屋を知らないために、そう確認する。
「大人数が踊るのは大変かもしれないかな。円舞曲のスペースだけじゃなく、王族の場所、楽団や、衛兵たちの配置を考えると、一斉に踊れるのは20組ぐらい?」
やってみなければ分からないけれど、ローダンセの円舞曲は皆が皆、綺麗に卒なく踊れるわけではない。
技術がなくて必要以上に動いてしまう人もいるし、派手な動きが好きな人だっている。
そして、周囲の動きまで見ることができる余裕ある人は少なかった。
そう考えると、狭い場所では円舞曲が、相撲のぶつかり稽古のようになってしまうだろう。
それはそれで見ている分には楽しそうだけど、ぶつかり慣れていない貴族女性たちは辛かろう。
「だから、『花の宴』の人数を考えると、『華麗なる大円舞曲』ではなく、あちこちぶつかりまくって、『過激なる大相撲大会』になっちゃうかも?」
わたしがそう言うと、黒髪の護衛兄弟は同時に吹き出した。
「どんな状態なら、円舞曲が、大相撲になるんだよ?」
いち早く復活した九十九は律義に突っ込む。
「時期的に七月場所かなあ?」
「いや、そっちに話を膨らませるな!!」
五月場所が夏場所で、七月に行われるのは、会場が名古屋市だったから、名古屋場所だったっけ?
公共放送局がそんなことを言っていた覚えがある。
まあ、今は微妙に七月とは違う気がするけど、でも秋場所とは言いにくい。
「栞はこう言っているが、実際はどうなんだ? 狭いことが理由なのか?」
「お前自身はどう考える? 考えはあっても、それに自信がないから、わざわざ俺に意見を委ねるのだろう?」
雄也さんがそう問い返すと、九十九は少しだけ唇を突き出した。
この様子から雄也さんの言う通りなのだろう。
そして、その表情は可愛いと思ってしまう。
「見栄かな……、と」
九十九は戸惑いがちに口にする。
「見栄?」
「高貴なヤツらって、体裁とかを気にするだろ? だから、少しでも豪華に見せようとしているのかなとは思った。あの『青玉の間』は、妙にギラギラしたシャンデリアとかあったから」
九十九の言葉はわたしには無い視点だった。
確かに、王族やお貴族さまという立場にある人たちは、周囲の目を変に気にするところはある。
「だけど、そんなもののために、効率を無視する理由が分からねえんだよ。大気魔気の調整といえば、国だけでなく、大陸全体の生き物に影響があるわけだからな」
「簡単なことだ。大気魔気の調整の重要性を知らない。大気魔気の乱れが生態系に影響があることも、生活を含めた環境を乱すことも、ローダンセではそれほどのことだと認識していない」
「あ?」
「へ?」
九十九の意見を聞いた後、雄也さんは静かにそう言った。
「大気魔気を調整することの重要性を知らないから、知識有る人間からは、その優先順位がおかしく見えるのだ。つまりは、認識の相違というやつだな。」
さらに呆れたような声で先を続ける。
「尤も、ローダンセの王族は近年、大気魔気の乱れを意識し始めたのだと思う。各地から、環境変化等の状況報告が届いているだろうからな。だから、二ヶ月に一度という頻度で舞踏会を行うようになったと推測している」
それは、大気魔気の正しい調整の仕方を知らないから……、ってことか。
でも、環境の変化と大気魔気の乱れが連動していることに気付いただけマシなのかもしれない。
「そして、アーキスフィーロ様を契約の間に押し込めることに固執するようになったことにも繋がるというわけだね」
雄也さんはそう言って肩を竦める。
「セントポーリア国王陛下一人でもどうにもならなかったことを、少し魔力が強いだけの貴族子息に全て押し付ける王族など、無知蒙昧というだけで許されるはずがないのにな」
そして、さらにそんな酷薄な言葉を続けるのだった。
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