お貴族さまの戦い方
「偶然を結び付けて、それっぽい噂を流し、政敵を蹴落とそうとするのは、貴族の戦い方として一般的だからね。三代前まで城下の一兵卒に過ぎなかった新興貴族の家を潰す方法としてはごく普通の手法だと思うよ」
「まあ、元が貴族でないならば、そんな戦い方にも慣れてねえだろうからな」
雄也さんと九十九からは、それを当然のように言われたが、お貴族さまのそんな戦い方には、わたしも慣れていない。
「なんでその標的になるのがアーキスフィーロさまなのでしょう? 現当主はエンゲルクさまですし、子息なら、ヴィバルダスさまもいるというのに」
寧ろ、狙うなら、当主と後を継ぐ可能性が高い第一子息ではないだろうか?
それなのに、第二子息であるアーキスフィーロさまだけが狙い撃ちされているのは何故?
「お前の婚約者候補はそれだけ隙が大きいってことだな。魔力が強い。登城要請を拒否し続けていた。社交性がないから噂の火消しもできない。両親から蔑ろの扱いを受けている。婚約破棄をされた。ちょっと思い浮かぶだけでもどんどん出てくる」
九十九が次々と指摘していく。
事実を並べ立てているだけだと分かっていても、ちょっと酷いと思ってしまった。
「お前の視点には、肝心なところが抜けている」
「あ?」
だが、雄也さんは更なる上を行く。
「ロットベルク家の当主と第一子息には、これ以上、落ちる評判がないんだ。父親は元庶民だし、母親は他国の人間だからな。この国の貴族のやり方に馴染みがなかったのだろう。そのために、良識があり、まだ評判を落とす余地のある第二子息が狙われることになる」
「「ああ」」
なんという説得力!!
……って、それは大丈夫なの? ロットベルク家!!
第一子息はともかく、現役の当主の評判が悪いって、ああ、仮面舞踏会の話をしていた時に、第二王女殿下がそんなことを言っていた覚えがあったね。
王族の……それも15歳になって間もない王女殿下にも伝わっているのだから、相当だってことですね?
「そして、世間の評価としては、ロットベルク家の跡継ぎは、出来の良い第二子息の方と目されている。第二子息ならば、まだ落とすほどの評価もあり、九十九の言ったような隙に加えて、周囲からやっかみを受ける要素も多分にあるからね」
「やっかみを受ける要素?」
あんなに気の毒な境遇の人に対して、どこをやっかむというのか?
逆じゃないかな?
苦労知らずの子息たちを、アーキスフィーロさまが妬むなら分かるのだ。
でも、あの人はそんな感情を抱かない。
全てを、既に何度か諦めてしまっているから。
「魔力が強いというのは、この世界共通の優遇される部分だね。国王陛下の覚えも良く、再三、登城要請をされていることも知られている。それだけで能力があると認められているということだ。だが、一番の理由は、容姿が整っており、異性からの人気が高いことだろうね」
いや、雄也さん?
それを一番の理由にしてはいけないと思うのです。
「なるほど」
だが、九十九も頷いている。
「いや、なるほどって!?」
「お前な~。モテない男から見れば、顔が良くて女からモテる男なんて敵でしかねえぞ?」
異性にモテる要素をふんだんに盛り込んだ殿方がそんなことを口にしても、全く説得力がないと思います!!
「そんな理由で嫉妬するのは学生時代に卒業するもんじゃないの?」
もしくは漫画の世界でしか許されない気はする。
ある程度、成長した大の大人がそんなことで若い殿方を妬むなんてかなり見苦しいだろう。
いや、誰かに嫉妬すること自体が醜く見苦しいものだと思うけどね。
「モテない男の嫉妬を甘く見るな」
どうやら、まだ何かを主張されるらしい。
なんだろう?
その九十九から漂う奇妙な雰囲気に、昔、少年漫画にあったアベックを殲滅しようとする、しっとの魂を燃やす覆面レスラーを思い出してしまった。
あそこまで行くのはどうかと思うけど。
「男の醜すぎる嫉妬の有無はともかく、政略婚姻とはいえ、ずっと気を遣って接してきた蓮の自分の婚約者の心を、あっさりと奪ってしまうような男性に、逆恨みと分かっていても、全く怒りを向けるなというのは難しいかもしれないね」
おおう、それは確かに。
でも、それってアーキスフィーロさまが悪いわけじゃないよね?
「人間界から戻ったアーキスフィーロ様の最初の登城によって、16件の婚姻契約が破談になったらしいよ」
「う、うわあ……」
たった一回の登城で、そんな被害があったのか。
本人は悪くないことは分かっていても、儘ならないのが人間の心である。
八つ当たりのような言動も受けたのではないだろうか?
「加えて、22組の夫婦が喧嘩して別居を余儀なくされたとあった。ローダンセでは貴族の離婚は難しいからね。別居や実家に戻ることが実質的な離婚と考えて良いかな」
さらに付け加えられた情報。
婚約破棄や解消よりも夫婦関係の破綻の方が多いとは……。
いや、もしかしたらもともと別れたくても、簡単にそれができないから、そこにタイミングよく現れたアーキスフィーロ様を離婚の理由にしただけかもしれない。
どちらにしても、アーキスフィーロさまがそれ以降、登城したくなくなる理由としては当然な気がした。
「そんな状況で、例の呪いの話を知ったら? まあ、自分の立場を正当化したい家や人は、喜んで飛びつくかだろうね。しかも、率先して広めたくもなるかもしれない」
「おおう」
それは……、そうかも?
自分は悪くない。
そして、呪いが悪いってことにできなくもない。
だけど、それではアーキスフィーロさまがあまりにも救われない気がする。
「そのため、他国の王族を迎え入れたロットベルク家が、これ以上力を持ち過ぎないようにしたい派と、アーキスフィーロ様に個人的な恨みがある層が結託して、『国家転覆を阻まれ逆恨みをした黒公子の生まれ変わり』と言われるようになってしまったわけだね」
なんて酷い徒党だろう。
わたしには、全く同意できなかった。
「受けた呪いが何代か経た後に発揮されるよりは、『復讐するために生まれ変わった』の方が理解も得やすいだろうからな」
単に「呪われた子」よりもインパクトは上かもしれない。
しかし、酷い。
酷過ぎる。
しかも、やり方が陰険だ。
「わたしには貴族は無理かも……」
そんな弱音が漏れてしまう。
「諦めろ、王族」
「そうでした!!」
単に貴族ってだけではなかった。
「それに、貴族のやり方を覚えられなければ、栞ちゃんはアーキスフィーロ様を守れない。アーキスフィーロ様も不得手な部分だから、ここまで被害が拡大しているんだからね」
「うう……」
そうか。
アーキスフィーロさまの婚約者候補から婚約者、そしていずれ配偶者になる気があるのなら、そこは逃げられない部分なのだ。
今は良い。
わたしを助けてくれる護衛……、いや、専属侍女がいるから。
でも、それも何年もってわけにはいかないだろう。
ずっと彼らに甘えることはできないのだ。
教えてもらえる間に知識を吸収する必要がある。
これは、その機会だ。
ここにいる間に、わたしは頭を切り替えて、ローダンセ貴族や王族と戦う覚悟をしなければならない。
わたしは拳を握りしめる。
「つまり、戦うための知識を手に入れるってことが大事!!」
「いや、全てを敵に回すのは阿呆だろ? 少しぐらいは味方に付ける方向で考えた方が良いんじゃねえのか?」
わたしの意思はあっさり、護衛弟によって挫かれる。
「何を言う? 信用のおけない味方は敵以上に質が悪いんだぞ?」
「なるほど。兄貴が言うと、かなり説得力があるな」
ぬ?
これは仲間割れの予兆?
いや、いつものことか。
「理想は周囲を利用しつつ、守りを固めることだな。攻撃に転じるのは、足場が固まった後からの方が良い」
「ほら、こういうところが信用できねえんだよ」
うん、どこまでもいつも通りだった。
だけど、そんな二人の姿を見ているだけで、嬉しくなってしまうのは、なんでだろうね?。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。