呪われた黒公子
「アーキスフィーロ様は『懲罰の間』で死んだとされる『呪われた黒公子』の生まれ変わりらしいからな」
雄也さんは酷薄な笑みを浮かべてそう言った。
「つまり、『契約の間』で取り憑かれたってことか?」
ちょっと待って?
わたしが情報の整理を終わらせる前に、さらにツッコミどころの多い言葉を加えないでいただけますか!?
「いや、単なる噂でしかない。そもそも、その『呪われた黒公子』というのは、50年前の政変で、当時の国王に殺された臣下のことだ。『青玉の間』で、国家転覆を謀ったとして、真っ先に矢で胸を貫かれたとされている」
政変の話、リターンズ!?
「名を『プレストゥプ=レンエイ=ナカザニエ』卿。今は亡きナカザニエ家の当主だったそうだ」
「そのナカザニエ家の当主とやらは、なんで、国家転覆の罪を着せられたんだ?」
そして、その時点で、九十九は冤罪だろうと疑っている。
「女性王族や貴族の御令嬢を、片っ端から毒牙にかけたらしい」
「毒牙? それも女ばかり?」
なんだろう。
雄也さんが言った時にはそこまで気にかからなかったけれど、九十九が改めて口にした時に、ふと、わたしは、何故か自分の婚約者候補を思い出してしまった。
「プレストゥプ公は黒髪、黒い瞳、長身で、かなりの美丈夫だったらしく、目を合わせただけで、女性たちが引き寄せられ、その周囲では常に争いが絶えなかったそうだ」
「それって……」
九十九がわたしを見る。
結論を口にすることを避けたかったようだ。
でも、どう聞いても、アーキスフィーロさまと同じ魅惑の魔眼所持者ってことじゃないですか!?
「魅惑の術を使う精霊族の中でも、目から魅惑の術を使う精霊族といえば、有名なのは人間界でも夢魔とも呼ばれる『淫魔族』だね。獲物と見定めた標的の夢に入り、相手が望む夢を見せた上で、その生命力や魔法力を吸い取ると言われている」
そう言いながら、雄也さんは九十九に目をやる。
「夢魔……」
わたしも九十九を見る。
「二人して、嫌なことを思い出させるな」
九十九は人間界にいた頃、その夢魔から標的にされたことがあった。
それはわたしも雄也さんも知っているから彼を見たわけだが、九十九にとっては思い出したくもないことらしい。
「人間界では餌が少なかっただろうからな。それに、あの第五王子殿下では食い足りなかったことだろう」
ああ、そういうことか。
あの頃のわたしにはその相手の魔力……、体内魔気の強さなんて分からなかった。
でも、雄也さんの眼から視れば、それもはっきりと分かったことだろう。
「あれ? でも、第五王子殿下の側には、アーキスフィーロさまがいたんですよね? それならば、九十九よりも先にアーキスフィーロさまが狙われていたのではないでしょうか?」
わたしには、今の状態しか分からないけれど、アーキスフィーロさまの魔力は第五王子殿下よりも強い。
それなら、わざわざ他校の九十九よりも、近くにいるアーキスフィーロさまを狙った方が良いだろう。
でも、あの当時、第五王子殿下、松橋くんの衰弱っぷりは見ていても心配になるレベルだったけれど、アーキスフィーロさま、階上くんは、全く様子が変わらなかった覚えがある。
「淫魔族は、同族を餌にできないんだよ」
「ああ、それで……?」
さらりと告げられた言葉。
いや、ちょっと待って?
それって……?
「アーキスフィーロ様の祖父に当たる先代当主フェルガル=デスライン=ロットベルク卿の母親チュースト=ヴィンヌ=ロットベルク様は、その出自が不明らしい。先代ロットベルク卿はもともと庶民だったから、それ自体は記録されていなくてもおかしくはないけどね」
つまり、雄也さんはその人が夢魔……、淫魔族だと思っているのだろう。
あるいは、他の魅惑の魔眼を使える精霊族だと。
でも、夢魔が標的にしなかった時点で、その可能性が高いってことか。
「そうなると、ロットベルク家第二子息には夢魔の能力があるってことか?」
「さあ? こればかりは当人に聞いても分かるかどうか……、だな。だが、話を聞いたところ、精霊族の血が入っている自覚すら薄かった。さらに言えば、カルセオラリアの王族の血も流れているため、それが精霊族の血を押さえ込んでいる可能性が高い」
その辺りのパワーバランスが本当に不思議だ。
精霊族は、基本的に人類には契約という形でしか従わない。
だが、そこに王族の血が流れていると、強制的に従わせる方法がある。
「当然ながら、三代前よりも二代前の方がその血は濃いだろう。さらに、アーキスフィーロ様に流れているその血は魔力が弱いと揶揄されても、中心国であるカルセオラリア王族のものだ。だから、その眼だけに精霊族の特性が出ている……と考えるべきかな?」
「眼以外は分からねえのか」
「アーキスフィーロ様自身には精霊族の知識が全くないようだからな。俺にも分からん。まあ、本能が出てくる可能性もあるが、こればかりは外からでは見えない……と言ったところか」
九十九の言葉に雄也さんは肩を竦めながらそう答えた。
資料も少なく、当人にもその自覚がないことを調べるのは大変だろう、
「話を戻そうか。アーキスフィーロ様の容姿と、その能力……、魅惑の魔眼があるために、ローダンセ貴族の大半は、50年前の政変で亡くなった『プレストゥプ=レンエイ=ナカザニエ』卿の生まれ変わりだと信じている」
この世界では、国に限らず、生まれ変わり……、転生という考え方は一般的だ。
人類は「聖霊界」というところで、魂の状態で待った後、「人界」で母親の胎内に宿り、新たに生を受け、人生を全うした後、再びその魂は肉体から「聖霊界」へ送られ、魂の記憶を真っ新にされ、再び生を享けるまで待つ。
だから、誰も前世を覚えていないだけで、生まれ変わりはあると言えるのだ。
「でも、能力はともかく……、容姿も……?」
「僅か50年前のことだからね。生前の『プレストゥプ=レンエイ=ナカザニエ』卿の姿を見て記憶に残している人もいる。その人たちが中心となって吹聴したかな。尤も、ローダンセの貴族図鑑に載っていた姿絵を見た限りでは……、あまり似ていないと感じたけどね」
だけど、姿絵が必ずしも似ているとは限らない。
その当時に生きていた人たちが似ていると言ってしまえば、似ていると思われるだろう。
だけど、50年前に亡くなった人なら、逆に今も生きている人たちの記憶から薄れている可能性もあるよね?
わたしがそう思ってしまうのは、その似ていると言われる比較対象相手が、アーキスフィーロさまだからだろうか?
「その『プレストゥプ=レンエイ=ナカザニエ』卿は、絶命する前に、『無辜の人間を屠った人間に呪いあれ』と叫んだらしい」
「あう……」
それは凄まじい最期だ。
「まあ、心臓を貫かれて即死だとしても、本当の意味ではすぐに死ぬわけではないからな。程度によるが、数秒から三十秒ぐらいは意識が持つだろう。一言ぐらいは何か言える……か?」
そして、九十九。
考えるべきところはそこじゃない。
「その『プレストゥプ=レンエイ=ナカザニエ』卿を『青玉の間』で貫いたとされる人間が、『フェルガル=デスライン=ロットベルク』卿という話だよ」
ちょっと待って!?
え?
その呪いはフェルガルさまに向かったってこと……?
「ああ、そこまで揃えたのか。そして、同じ魔眼、似た容姿と言われているロットベルク家第二子息……。まあ、思念体が人に取り憑いてその肉体を動かす事例があるのだから、『復讐の呪い』ってやつもあるかもな」
「阿呆。偶然をそれっぽく結びつけただけで、安易に『呪い』と簡単に言うな」
九十九が言った言葉を雄也さんはあっさりと否定する。
「第一、実際に、そう叫んだかも不明なのだ。それに、思念体……、残留魔気が向かうならば、その行き先はその対象者であって、それから三十年以上後に生まれたアーキスフィーロ様に矛先が向かうのは変とは思わないか?」
「思っているよ。だから、『そこまで揃えた』のかって言ったんだ。どこのどいつが仕組んだか知らんが、迂遠で面倒な手だ」
どうやら九十九は本当に「呪い」と思っているわけではなかったらしい。
ただ、ここまで組み合わせられてしまうと、確かにそれらを「呪い」を信じでしまう人もいるだろう。
「それで、アーキスフィーロ様は『黒公子』と呼ばれていたのですね」
50年前の政変で亡くなった人の「呪い」を受けた子息だと。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




