どの国にも血生臭い歴史はある
「話を続けようか? そして、ローダンセに戻された中継ぎの女王は、自国の有力な……、薄くあったがローダンセ王族の血を引いていた年嵩の貴族と、二度目の婚姻を結ぶことになる。その貴族は女王の配偶者になるから、王配だね」
雄也さんがわざわざ「年嵩」と言った以上、その王配となった貴族はそれなりの年齢なのだろう。
「王配は幾つだったんだ?」
「選抜戦にも混ざれない年齢だったことしか記録に残っていない。だから、少なくとも六十代以上だろうな」
九十九の質問に対して、雄也さんがそう答えてくれたが、正直、聞かなければ良かったと思うほどである。
女王となった女性は、25歳以上だとは思うけれど、それでも親子ほどの年齢差があるだろう。
もしかしなくても、わたしと情報国家の国王陛下の年齢差よりもあるかもしれない。
初婚でなかったことが救いと言えば、救いと言えなくもないけれど、それはそれで、前の夫と比べてしまったとも思ってしまう。
だから、そういった意味でも、断りたかったのかもしれない。
でも、国の都合で振り回される……。
それが、あの国の王侯貴族として生まれた女性の立場ということはよく分かった。
「そして、それから10年後。女王陛下は跡継ぎを産むこともなく、末王子は25歳になったと同時に、女王だった姉とその王配を排除して、王の座に就いたという話だよ」
「うわあ……」
あの男尊女卑の国で、中継ぎとはいえ、女王が即位していた時期があることにも驚いたけど、王配の年齢を考えると、もともとそのつもりだったのだろう。
だから、子供を生すことが難しい年代の相手を押し付けた。
そして、その末王子の行動にも驚きを隠せない。
分かりやすい形ではあるけれど、それでも、いろいろ酷過ぎるとも思ってしまう。
一応、血の繋がった姉なんだよね?
どの国にもいろいろな歴史はあるだろうけど、ローダンセのその話はまだ120年前……、日本で言えば、明治時代だから近代と言っても差支えがない時代である。
つまり、そこまで遥か昔の話でもないのだ。
「ローダンセの男尊女卑の傾向が強くなったのはそこからだよ。それまでは確かに、男子優先ではあったけれど、女性が女王になった例がなかったわけでもなかった。子は授かりものだからね。性別は選べないし、さらに昔は選抜戦などなく、長子最優先だったことも理由になるかな」
「男尊女卑の傾向が強くなったって、女であることを理由に退位を迫ったってことか?」
九十九がそんな一般的な疑問を口にすると……。
「いや、姉王に罪を着せて処刑し、末の王子が合法的に簒奪したらしい」
かなりとんでもない答えが返ってきた。
合法的な簒奪とは一体……。
「想像以上に酷えことをしてやがるな」
顔を顰めながらそう言っている辺り、九十九も同じことを思ったようだ。
「王族が率先して身内の、それも自分よりも身分が高く年長である女性を貶めたわけだ。まともな神経と倫理観を持っている人間には、容易にできることではない。そのためか、それ以降、女性には何をしても良いという風潮になってしまったらしい」
王族がやったなら、自分がやっても構わないだろうと、後に続いたということなのだろう。
本当に頂点がおかしいと国が乱れるという良い見本だと思った。
「そして、選抜戦の在り方も見直されたが、結局、その数十年後に、新たな玉座を置いた『青玉の間』でも似たようなことが起こった。その時は王族の血よりも、その周囲の貴族たちの血が大量に流れたと記録されている」
どの国にも、王族を守るために側近たちがいる。
その中に、もしも、わたしの護衛たちのように身を挺して主人を守るような人たちがいれば、流れる血の量の多かったことだろう。
「その50年前の政変で活躍した人間たちの子息が、今、この国に残っている大多数の貴族の当主となっている」
つまり、その活躍した人間の子息の一人が、ロットベルク家の現当主であるエンゲルク=サフラ=ロットベルクさまなのか。
そして、現宰相であるアストロカル=ラハン=フェロニステさまも同じ政変を生き延びた人の子だと思う。
「まあ、そんな風に度重なる政変によって、国王に必要な知識、いや、下手すれば王族に必要な知識すら継承されていないのだろうと推測する。特に120年前の王位は簒奪に近かった。そのどさくさで神から賜ったという神弓『ウォブ』も失われたらしい」
「え? 神弓『ウォブ』って、遥か昔、弓の神『イライツァ』さまから頂いた弓ですよね? それを持っているから、ローダンセは弓術国家として長く中心国であり続けていると雄也から渡された史書にあった気がするのですけど?」
その史書には、神さまの名前は書かれていなかったけれど、弓の神さまならイライツァさまで間違いないだろう。
「そうだね。だけど、今のローダンセ王家は、その神弓『ウォブ』を所持していないらしい」
それはセントポーリア国王陛下のようにローダンセ国王陛下が収納しているために見つからないってだけではないだろうか?
「収納魔法を使った人間が命を落とすと、その所持品は二度と取り出せなくなる。他の人間も同時に魔力で印付けをしていない限りね」
「そうなると、120年前の政変で亡くなった国王陛下が持っていたということでしょうか?」
それなら、失われたことは間違いないだろう。
「ところが、その収納魔法にも例外がある。神気を帯びた道具に関しては、持ち主が亡くなると、その持ち主の想いが一番残っている場所に現れるそうだよ」
「ほえ~」
神さまから頂いた神器と呼ばれる道具は、人類の手によって作られたものではない。
神さまの手によって作られたために神気と呼ばれる力が込められているらしい。
……神力とは別ってことだよね?
「神器は、所有者だった人間の残留魔気に惹かれるってことか?」
「恐らくな。事例が少ないが、セントポーリア国王が持つ神剣『ドラオウス』は、一千年ほど前、所持者が若くして亡くなったために、そのまま共に消えてしまうと思われていたが、葬送の儀の最中に、その妃の頭上に現れたらしい」
それだけ、お妃さまを愛していた国王陛下だったということだろうか?
「頭上?」
だが、九十九はそこに疑問を持ってしまった。
持たなければ、美談で終わった話だったのに。
「そのまま、妃に向かって真っすぐ落ち、その身体を刺し貫いたそうだ」
「ひえっ!?」
「は? 剣で頭蓋骨を貫くって相当だぞ?」
わたしは純粋にそのホラー展開に驚いたというのに、九十九はどこか別の部分に驚いている気がするのは気のせいか?
「その亡くなった国王は、何者かによって毒殺されたらしい」
「犯人、確定してるじゃねえか」
「まあ、自分の息子が25歳になる直前まで待っただけ、ローダンセよりは救いがある話だな」
いやいやいや!
全然、救いはありませんから!!
「だが、結局その息子は即位することができなかった。妃がいなくなったことにより、一つ上の兄王子が、問題なく後を継いだようだ」
「「は? 」」
わたしと九十九の声が重なった。
上の……、兄王子?
「王族にありがちな、継承権争いだな。先の王妃が産んだ長子とそれから一年と経たずに継妃となった女性から生まれた次子。まあ、継妃としては、我が子を跡継ぎにと押していたのだが、セントポーリアは長子継承が基本だ。その結果、ということらしい」
「うわあ……」
認めてくれない国王陛下を毒殺して、継妃の後ろ盾がある第二王子を継がせようとしたということだろう。
でも、いろいろ切なくなってしまう話だ。
そして同時に、やはり、どの国にも血生臭い歴史はあるということはよく分かった。
「現役の国王が亡くなれば、暫く葬送の意味もあり、一年は催事を控える。人間界でいう喪に服す期間だな。その間に第二王子は25歳となり、即位可能な年齢に達する計算だ」
「えぐい……」
それは残された第一王子が気の毒だし、そんな形で母親を失った第二王子もある意味被害者だろう。
そして、その第一王子はわたしの遠い祖先ということにもなるのだ。
そう考えると、いろいろ複雑な気分になってしまうのは仕方ないよね。
「まあ、どの時代、どの国にも阿呆はいるということだね」
雄也さんはそう言って笑うのだが、わたしにはとてもじゃないけれど、笑うことができないのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




