国を守るために
「第一王子が25歳になるまでの期間、勝率が高い王族って言うけどよ。それって、若いヤツが不利じゃねえのか?」
雄也さんの言葉を聞いて、九十九は純粋な疑問を口にした。
ローダンセの王位は、その昔、玉座のあった『藍玉の間』で、王族たちによる模擬戦闘が毎年行われていたらしい。
その期間は、第一王子が25歳になるまでだという。
「年配有利だと思うか?」
「普通なら。仮にその第一王子が15歳、成人してから参戦したとしても、10戦ぐらいしかできないだろ? 先に生まれている王弟たちの方が有利だし、その後に生まれた第二、第三王子なんてその年齢によっては、勝ち目がほとんどなくなるんじゃねえか?」
ローダンセの王位継承権所持者は15歳以上の男子に限る。
それが、今と変わらなければ、国王選抜戦の始まった時期によっては、確かに若い方が参加回数も少なくなってしまうだろう。
そうなると、確かに回数をこなせる年上の方が有利と思えなくもない。
「それをひっくり返してしまうのが、直系王族の恐ろしい所なんだ」
そう言いながらも雄也さんは何故、わたしを見るのでしょうか?
「ああ、そうだったな」
そして、何故、九十九も同じような目でわたしを見ているのでしょうか?
「直系王族は、傍系王族と比べて大陸神の加護が段違いになりやすい。それは、国王が即位時に、大陸神と契約を交わすためと言われている」
直系は子や孫。
傍系は兄弟など、枝分かれした親族……だっけ?
「勿論、直系でも大陸神の加護が弱くなる王族がいないわけではない。大陸神から与えられる加護の強さは、直系王族であっても均等ではなく、同じ親から生まれても差が出てしまうのが現状だからね」
それも理解はできる。
カルセオラリアのウィルクス王子とトルクスタン王子は、両親が同じだけれど、ウィルクス王子の方がやや魔力が強かったと記憶している。
双子である水尾先輩と真央先輩にしても、お腹から出てくるのは数分しか違わなかったらしいけれど、真央先輩の方が明らかに魔力は強い。
単純に年齢の差もあるのだろうけど、双子でも違うのだから、その辺りは大陸神の気まぐれもあると思っている。
「そして、その選抜戦は、勝てば、相手の勝ち点を全て奪うことができるスタイルだ。しかも、繰り越し制。これまで何年も懸けて多くの勝ち点を手に入れたとしても、第一王子が25歳の年、つまりは、最終戦でその全てが奪われてしまう可能性もある」
「うわあ」
「それは、なかなか酷い仕様だな」
十年以上も懸けて得たものが、たった一戦で無になる。
それは悔しいだろう。
そして、第一王子が圧倒的に有利な勝負だ。
直系である限り、大陸神の加護は強く、しかもその選抜戦の過程は、魔力成長期の期間と見事に重なっている。
最初の年……、15歳で参戦してその時にはまだ勝てなくても、最終戦でその全てをひっくり返してしまう可能性が高い。
いや、最初にその勝負方法を考えた人はそのつもりだったのかもしれない。
我が子に王位を継がせるための策。
だけど、それがいつからか形を変えてしまった。
今は加点制で、それが奪われることはなくなっている。
しかも、魔法戦ですらなくなっている。
まあ、その方が平和だとは思うけどね。
「だけど、その方法だと不満が出ただろう? どう考えても最終戦で成長した第一王子が、掻っ攫う気がするぞ?」
九十九もわたしと同じように思ったらしい。
「不満が出たから、120年前、その選抜戦に集まった王族が『藍玉の間』で、たった一人を除いて皆、亡くなるという悲劇が起こったんだよ」
「おおう」
「ああ、その話がそこに繋がるのか」
そう言えば、最初はそんな話だった。
そして、雄也さんによって言葉を濁されているが、そこで何が起きたのかなんて、想像に難くない。
そう言えば、120年前は王位簒奪と言っていた。
本来、王位を継ぐことを周囲から認められなかったそのたった一人が、何かやった可能性が高い。
「その時にただ一人生き残った王族は、末の王子だったらしいけど、同時に国王もいなくなってしまった。成人年齢である15歳にはなっていたけど、即位できるのは25歳以降であることは、今も昔も変わらない」
「だが、10年も国王不在ってわけにはいかないだろ? 王族全滅した後はどうなったんだ? 15歳のその末王子が規定を破って即位したのか?」
九十九がそんなことを口にする。
「この世界ではどの国も25歳にならなければ即位できないのには理由がある。25回目の生誕の日を超えないと、大陸神と即位のための契約ができないそうだ」
「おおう」
「そうなのか」
わたしだけでなく、九十九も知らなかったようだ。
でも、なんで25回なんだろう?
神さまってあんまり数字に拘るイメージはないのに。
恭哉兄ちゃんに聞けば、その理由も分かるのかな?
「言い替えれば、25歳を超えれば、大陸神と即位のための契約することはできてしまうらしい。近年、直系王族でもない人間が国王となった国があるのは、そんな理由からだな」
「え?! そんな国があるのですか!?」
この世界では王族の血を引いているだけで、王位継承権を持つことが多い。
王族は、「救いの神子」と呼ばれる神子たちの血を引き、その大陸の大気魔気の調整に貢献できるほどの魔力の強さを持っているためである。
「ナスタチウムか」
「そうだ。ウォルダンテ大陸にあるナスタチウムは、九十二年前、国王の直系ではない者……、いや、王族ですらない人間が即位したようだ」
言われてみれば、先ほど読んだ記録にも書かれていた。
約90年前に、周囲に気付かせず、先代国王の血を全く引かない人間が即位したって。
だけど、読んだ直後だったためか、わたしの中で、それらが繋がらなかったのだ。
でも、九十九はすぐにそれらを引き出した。
この辺り、わたしとは全く違うと思う。
「まあ、大陸神と契約したところで、いきなり体内魔気が強くなるわけではない。ましてや、魔力成長期は既に超えている年齢であり、王族でないことを隠し、神をも謀ろうとした。その結果、ナスタチウムは大気魔気が大荒れに荒れて、今に至るというわけだな」
雄也さんは皮肉気に笑う。
「記録を読んで知ったのですが、ウォルダンテ大陸の大気魔気の荒れようは、ローダンセだけが原因というわけでもなかったのですね」
「大気魔気が荒れるのは本来、そこに住む人間全てに責があることだよ。だが、どの国も国民にそういった生活に直結する情報を隠しているのだから、本来は国が背負うべきものだと俺は思っている」
それは、これまでにわたしも何度か思ったことだった。
この場合の「国」は、各国の王族ということになるのだろう。
大気魔気が荒れると、環境にも影響する。
だけど、そんな基本的なことすら国民に伝えていないのだから、確かに責を背負うのは王侯貴族たちという考え方はそこまで突飛な話でもないだろう。
「それで、その120年前のローダンセはどうしたんだ? 傍系の傍系でも探し出したのか?」
九十九はそこが気になったらしい。
まあ、大事なことだもんね。
「いや、オキザリスの王族に嫁いだ女性王族が一人いたらしい。件の末王子から見れば姉だな。その姉を中継ぎの女王として、呼び戻した上で、即位させたそうだ。」
「嫁いだ先から呼び戻しって、そんなことができるのですか?」
ローダンセからオキザリス……、位置的に隣国でもないが、同じ大陸の国ではある。
隣国の王族ってことは、政略結婚だったとは思うけれど、王家の存亡がかかっているとはいっても、一度縁を繋いたのだから、そんな簡単に離婚することなんてできないのではないだろうか?
「普通はできないね。王族の婚姻は他国に行くことになれば、相手の国で婚儀契約の儀式をする。そうなると、簡単には破婚ができない。だから、オキザリスの王家を脅して、強制的に婚儀契約を破棄させた上で、ローダンセに戻させたと記録にある」
「それは酷い!!」
強制的ってことは、オキザリスのお相手、もしくはその元王女殿下は、一度は断ったのだと思う。
でも、ローダンセは中心国だ。
その当時のパワーバランスは分からないけれど、少なくともオキザリスよりも強かったということだろう。
「うん。酷い話だよね。でも、中心国の王家というのは、国を守るためという名目で、他国に対してそれだけ権力を振るうことがあるんだ。これは、大事なことだから、覚えていてくれるかい?」
その雄也さんの言葉に、わたしは先ほどの読んだ記録を思い出す。
セントポーリアのダルエスラーム王子殿下も、状況によっては、その権力を振るう可能性があるということだ。
だから、わたしは……。
「はい」
そう強く返答したのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




