光る珠
わたしは手の中にある光る珠を見つめていた。
大きさは直径10円玉ぐらい。
手の中にすっぽりと収まるサイズのこの珠は、基本的には橙色の鈍い光をしているが、その光の強さと色合いが自然に変化する不思議なものだった。
「魔界の……、物なんだろうね」
こんな珠、今まで見たこともない。
一見、色が付いた水晶球のような感じなんだけど、水晶ともちょっと違う気がする。
いや、自分は鉱石の鑑定能力なんてないから正直、この価値もわからないんだけど。
本日、学校をサボって、九十九の家から帰る間際に ―――――。
『この珠を、肌身離さず持ってろ』
『何? これ?」
『御守りだ。お前に何かがあったとしてもそれがある限り、オレはお前の所に来る』
『どうやって?』
『文字通り、飛んで』
彼は笑顔でそう言いながら、この珠を手渡してくれたのだ。
「しかし、肌身離さずにも限度はあるよね~。お風呂とかは無理だし。お手洗いにいるとき九十九が来たら、もっと困るし」
ただ……、それでも……。
「これがある限り……、大丈夫なんだ」
そう思うと気分的にはなんとなく楽になる。
これさえあれば、今までの生活は保たれるわけで……。
「でも、魔界人……、か」
そう思うだけで、どうしようもない気分に囚われる。
九十九の話では、わたしの魔法の力とやらは強力な何かで封印されているらしい。
認めたくないけど、九十九その封印を解こうとしたことで、彼の手があんなにひどい状態になってしまった。
しかも、それをあんなにも間近で見てしまった以上、認めないわけにはいかない。
本当に認めたくはないのだけど!
でも、もしかしたら、明日にも、あの紅い髪をした人のような「魔界人」たちが次々と現れるかもしれないのだ。
わたしは、再度、珠を見つめた。
しかし、どうやって使うものなんだろう?
どう見たって、この珠に起動スイッチみたいなものは見当たらない。
そして、何故、光っているのかも。
本当に不思議な珠だとしか言いようがなかった。
それに、九十九が言っていた、「文字通り飛んで来る」って言葉もよく分からないままだ。
わたしが危機的状況になったら、自動的に救難信号が発信する……、とか?
でも、それでは発動条件も曖昧だよね?
「九十九……、ホントにこれで大丈夫?」
深く何も考えず、独り言のつもりでそう呟いた時だった。
、いきなり、その珠が眩しく光ったかと思うと……。
「呼んだか?」
その光の中から見たことがある黒髪の少年が飛び出してきた。
「う、うわああああああああああああああっっ!?」
突然のことで、思わず珠を投げて後ずさる。
そして、わたしが投げつけたその珠は、その少年にあっさりとキャッチされた。
「何だよ、ご挨拶だな。お前が呼んだから来てやったのに……。しかも通信珠、投げ付けやがって。これ、結構、高いんだぞ」
「いやいやいや! 呼んでない、呼んでない!」
その少年は勿論、九十九だった。
夜、自分の部屋に男の子がいるという、少女漫画みたいなちょっと心ときめくシチュエーションがこんな非現実な形で訪れるとは……。
いろいろとおかしい!
まるで魔法みたいだ! ……って、本当に魔法なんだけど!!
『栞? どうしたの?』
そして、このタイミングで母のノック。
ああ、なんてお約束な。
少年少女のドキドキハプニングでは定番だよね! ……って、ドキドキの種類が、わたしの読んできた少女漫画とかなり違いすぎませんか!?
「なんでもない。椅子から落っこちただけだよ」
『そう? 何か、とんでもないものに遭遇したような声だったから』
部屋の扉の向こうで、母が声を掛けてくる。
どうか、このまま、開けないでください!!
「いやいや、母さんの気のせいですよ」
「なら良いけど……」
そう言うと、思ったよりあっさりと部屋の前から母は立ち去ってくれた。
いや、あのままガチャリとドアを開けられても、かなり困るから助かったんだけど。
「はぁ~、無駄に疲れた」
わたしは、その場で両手を付いた。
「オレ……、とんでもないものかぁ?」
そんなわたしの疲労感とは裏腹に、九十九がのんきな声を出す。
自分にとっては、さっきの状況って、かなり大ピンチだったのに、彼にとってはあまり問題じゃないらしい。
これって男女の違い?
それとも彼が異星人だから?
「とんでもない者だよ。年頃の乙女の部屋にいきなり不法侵入してきたんだから」
「お前が呼んだからだろ。大体、誰が年頃の乙女だ? 今、オレの目の前にいるのはどう見ても、小学せ……」
「とっとと帰って!」
彼の言葉を遮り気味にそう言うと、近くにあった枕を構える。
「へいへい。でもこれで通信珠の力は分かっただろう?」
「通信珠?」
「この珠の正式名称。本来は無線機のように相互通信機のはずなんだけど、お前が持っているそれはちょっと特殊設定したやつらしい。オレからはお前を呼べないけど、お前からはオレに繋がる仕様になっている」
「へえ~、凄いね」
この不思議な珠はそんな通信機能があったのか。
だが、それならそうと始めに言ってくれたら、いきなりこんなことにはならなかった気がする。
「でも、もうちょっと説明してよ。九十九は言葉が足りない」
「そうかあ? オレなりに気遣っているつもりなんだが」
「本当に飛んできたけど、通信機能があるなんて言ってなかったよ」
うっかりお手洗いで呟いたら、かなりの悲劇だったことだろう。
いや、喜劇の方?
「ああ、悪い。確かに言ってなかったかもしれない」
九十九は少し考えてそう答えた。
素直に反省できるところって凄いと思う。
「じゃあ、何が知りたい? 但し、構造とかは分からん。それを製作しているのは機械国家だからな」
「機械……国家? 魔法の世界なのに?」
科学と魔法って仲が悪いイメージなんだけど……。
「魔界の機械は人間界の物とは少し異なる。でも、誰でも等しく使えるようにという考え方には変わりない。照明魔法が苦手な人間は照明道具を必要とするし、洗浄魔法が不得手なら洗浄道具を使う。伐採魔法とかなら代用できる魔法はあるけどな」
照明や洗浄は分かるけど……、伐採ってなんだろう?
まあ、確かに木を切るだけならいろんな魔法はありそうだけどね。
「小さな機器から大きな機械まで様々な道具を幅広く作り出す国だ。魔法だけでは不可能ことも、補助があればできることも増える。伝達魔法、呼応魔法、通信魔法が使えなくても、似たようなことができる通信珠もその技術の一つだな」
そう言いながら、九十九はわたしの手に通信珠を載せる。
「え? これって石じゃなくて機械なの!?」
思わず通信珠を見た。
でも、何度見ても、橙色には光っていて半透明なそれは、水晶とかガラス玉とかにしか見えない。
このどこにそんな高度な技術が隠れているの!?
この珠は覗き込むと、向こう側がほんのり透けて見えるのに?
「初めて見た時はオレも驚いたぞ。基本的には真っ白な蛋白石……、あ~、オパールと呼ばれる鉱物に似ているんだが、使用する時だけこんな風に半透明になるらしい」
「……使用する時だけって、これはさっきから半透明だけど?」
「オレの魔力が込められてるからな。常に起動状態ってことだ」
いやいや、ちょっとお待ち下さい?
「それって、おはようからお休みまで暮らしを見つめられるってこと?」
「どこの企業のスローガンだよ。これはテレビで言う待機状態。お前の呼びかけで電源が入ると考えれば良い」
なるほど……、その表現は分かりやすい。
「わたしが呼びかけると、呼ばれて飛び出るの?」
「オレから通信できないんだから、出向くしかないだろ?」
「えっと、うっかりお風呂で呼びかけちゃったら?」
「……呼ぶなよ。オレが困る。だが、非常事態なら仕方ねえ。我慢しろ」
どうやら、彼はそこまで気にしないらしい。
……覗く側だからか?
「分かった。お風呂には持っていかないようにする」
「いや、風呂こそ持ってけよ! 風呂と便所が一番、人間は無防備なんだぞ!?」
「便所って言うな。せめてトイレって言ってよ!」
「どっちでも良いだろ。風呂とべ……、トイレにも持っていけ。防水加工もされているから沈めても大丈夫だ」
「……お手洗いに落としたくはないな」
「オレは風呂のつもりで言ったが、何故、そっちで考えた?」
うっかり落としても拾いにくいよね?
防水加工してあるなら、洗えば良いのだろうけど。
とにかく、本当に肌身離さず持たなければいけないらしい。
呼びかけなければ大丈夫と分かっていても、その取扱いには慎重にならなければいけないようだ。
「丸いからうっかり落としちゃいそうなんだけど……。どこまでも転がりそうな形状だよね」
わたしはうっかりが多いからそう言う意味でも気をつけなきゃいけない。
「普通は自分の魔力で所有物の登録ができるんだが……、お前の場合、それができないんだよな」
「穴が空いていたら、身に着けられるのに……」
せめて、小さな袋を作ってぶら下げよう。
お守りっぽく。
それなら、首から下げていても不自然ではないだろう。
今は手頃な布がないから、買いに行かなきゃね。
「基本的には助けを呼ぶ時に使うって認識で良い?」
「そうなるな。ポンポン呼び出されたら、オレが辛い」
「……だよね」
確かに用もないのに呼び出されたらいい迷惑だと思う。
「他にも疑問はあるだろうけど、今回はこの辺にしとくか。一度にたくさんの情報量があってもお前が困るだろ」
「……そうだね。気になることはまだあるけど、この通信珠? これがわたし専用九十九呼び出しボタンってことは分かった」
病院のナースコールみたいなものって考えれば良いかな。
「もっと他の言い方はないのか? それに、別にお前専用ってわけじゃねえ。この珠に繋がってるのがオレってだけで、この珠を使うのはお前以外でも現時点では可能な話だ。だからしっかり持っておけ」
「それって、いつかわたし以外は使えなくなるってこと?」
「今の様子じゃ当分、先の話だろうけどな。所有者登録できれば完全にお前の意思で誰かに使わせない限り、使うことはできなくなると思う」
「所有者登録……ねえ……」
時間がかかるってことかな?
よく分からないけど。
「ああ、そうだ」
わたしの思考を中断させるべく、九十九が割ととんでもない発言をする。
「次、来る時は、もっと色気のある格好でもしていてもらいたいもんだな。そんなんじゃとてもじゃないけど年頃の乙女には見え……」
「悪かったな!」
九十九が言い終わる前に、手にしていた枕を投げつけたが、壁に当たっただけで、枕はそのまま落ちた。
「く~っ!」
次に彼が来た時は、絶対に当ててやる。
わたしはそう決意した。
いや、次なんてものはあるはずがないのだけどね。
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