情報の共有は大事
どうやら、九十九は情報国家の国王陛下が恭哉兄ちゃんに向かって零した愚痴の記録も書いているらしい。
でも、意外だ。
あの情報国家の国王陛下は、他人に弱みをさらけ出すタイプには見えなかったから。
自身の弱みも一つの情報として恭哉兄ちゃんに渡したということだろうか?
でも、それもなんか違う気がする。
情報国家の国王陛下の弱みなんて、他の人ならともかく、恭哉兄ちゃんが持っていても意味がないものだろう。
そう考えながら読み進めていくと……。
【国王陛下には尊敬している兄がいたが、ある日突然、目の前からいなくなってしまった】
そんな一文が目に入った。
その言葉にドキリとする。
これを書いた九十九は、その兄の正体を知らない。
だけど、恭哉兄ちゃんはもしかして、そのお兄さんと九十九の関係に気付いているのかもしれない。
だから、情報国家の国王陛下から聞いたこれらの話を九十九にしたのだと思う。
いや、もしかしたら、情報国家の国王陛下からのお願いだった可能性もある。
直接、耳にするよりも、間接的に誰かの口からそれとなく伝えられる方がマシだと判断したのかな?
九十九と雄也さんが情報国家に関われば、これらの話題は何らかの形で彼らに届くことになっただろう。
特に、正妃だった人が、情報国家の国王陛下の双子の兄と共に幼馴染で、その兄の婚約者だったって部分は、国王陛下を中心として、その周囲に広まっている気がした。
なんとなく、情報を噂として周辺に流して、広めることが得意な女性だったような感じがするのだ。
だから、わたしの護衛兄弟たちに変な誤解をされたくなくて、恭哉兄ちゃんを通して、情報国家の国王陛下が真実だと思っている部分を伝えたのかもしれない。
そして、九十九も雄也さんもその内容の真偽に関係なく、情報国家の国王陛下から聞くよりも、大神官である恭哉兄ちゃんの口から出た言葉の方を信じる気がする。
よくよく考えたら、恭哉兄ちゃんが全く関係ない他人の私的な部分を口にするのも不自然なのだ。
だから、『大神官への報告』部分の話題は、情報国家の国王陛下の依頼と考えるか、単純に九十九と陛下の関係を知っているためなのか、あるいは、そのどちらもあるか……だろう。
でも、情報国家の国王陛下はお兄さんのことを尊敬していたのか。
それとも、兄弟仲は悪くなかったアピール?
【妻となった王妃殿下の愛情は王子殿下に強く深く注がれ続けた】
自分で育てたいと言って、国王陛下に関わらせなかったなら、父親視点ではそう受け止められる。
尤も、教育係もつけないのはやり過ぎだとも思った。
王妃という立場の方に、次期国王の教育なんてできないだろう。
王妃教育は受けたかもしれないけれど、その教養と、次期国王教育は全く違うものだと思う。
次期国王候補とそれ以外の王子、王女たちでも教育の質は違うのだ。
それはローダンセでも耳にしている。
だから、王妃殿下だけで、次期国王を育てられるとは、とてもじゃないけど、考えられない。
なんで、誰も反対しなかったのか?
それも、国王陛下自身まで。
いくら、王妃殿下達ての願いであったとしても、未来の国の行く末がかかっているのだ。
もっと子供を作る予定だったとしても、子供は授かりものなのだから、必ずできるとは限らない。
それに情報国家イースターカクタスは長子が王位継承権第一位となる。
それならば、現時点の最有力候補を抜かりなく育てるべきだろう。
王妃殿下一人に任せてしまったから、他国に来て救助活動の邪魔をしただけでなく、その要となっている人間を気に入ったという私情だけで連れ去ろうとするような、我儘で、状況の読めない、独断的な王子さまになったのだ。
その責任はちゃんと背負っていただきたいと思う。
【色ボケ王子は、大きすぎる父親から距離をおいて接している】
色ボケって……。
先ほどイースターカクタス国王陛下に対して「エロ親父」の表記といい、九十九は情報国家の王族たちにかなり含むものがあるようだ。
まあ、九十九はその王子殿下と面識どころか、攫われかけたのだ。
これでも表現は柔らかいのかもしれない。
でも、情報国家イースターカクタスの王子殿下は、母親から父親とは距離を置くように育てられたということなのだろうか。
その王妃殿下の考えも分からなかったし、今後も理解はできないだろう。
その王妃殿下はもう亡くなっているのだから。
そうどこかしんみりとした気持ちになっていた時だった。
【大神官は通信珠で情報国家の国王陛下との会話を聞いていたとバクロした】
これは、「暴露」の漢字が出てこなかったのかな?
時々、難しい漢字がカタカナ表記になっている。
いや、考えなければならないのはそこではなくて、恭哉兄ちゃんが二人の会話を盗み聞きしていた事実に驚きを隠せなかった。
【勿論、情報国家の国王陛下の許可を得た上らしい】
でも、九十九は知らなかったってことだよね?
それはちょっとあんまりではないだろうか?
【情報国家の国王陛下から、連れ去られないかを心配されたようだ】
「ほへ?」
思わず、声に出てしまった。
え?
九十九が、攫われる可能性があったの?
あの国王陛下がそこまでする……気がする。
いや、九十九の意思を確認はすると思う。
でも、息子の王子殿下は連れ去ろうとした実績があるのだ。
ああ、それを恭哉兄ちゃんは目撃してしまったんだったね。
カルセオラリア城が崩壊した日。
傷だらけで大聖堂に転がり込んだわたしの願いで、恭哉兄ちゃんはすぐに、カルセオラリア城下に向かってくれたのだ。
そして、そこには多くの人が止めるのも無視して、九十九を連れたまま、国へ戻ろうとする情報国家の王子殿下の姿があったと聞いている。
それは心配する。
父子だもの。
別の人間だし、異なる思考を持っていると分かっていても、同じような行動に出てもおかしくないと思ってしまうだろう。
そこまで恭哉兄ちゃんが警戒する相手。
そして、雄也さんもかなり警戒している。
それならば、用心に用心を重ねて接するべきなのかもしれない。
まあ、そんなこと。
九十九なら百も承知の話なのだろうけど。
【以上が、ストレリチアの大聖堂内で聞いた大神官と情報国家の国王陛下による世間話である】
そんな結びの言葉があり、記録はここで終わっていた。
そう言えば、そんな設定だったっけ。
でも、これらを世間話として受け止める人はいないと思うのですよ?
そして、わたしは分厚い冊子を閉じて一息ついた。
なんだろう。
ゆっくり丁寧に読み進めたせいか、たった2冊だけだというのに、何日もかかったような不思議な感覚がある。
ああ、でも、これは確かにさっさと読んではいけない気がする。
情報量が多すぎる。
こんな経験をした後に、彼らは、わたしを迎えに来てくれたのだ。
そして、さらにわたしがあんな姿となっていたわけで……、大変、申し訳ないと思う。
だけど、あの仮面舞踏会から既に、5日も経っていると聞いた。
その間のわたしの記憶は本当に朧気で、はっきりしていない。
最初に目を覚ました時は、セントポーリア城下の森によく似た場所だった。
モレナさまは人界ではなく、セントポーリア城下の森の風景を映した「精霊界」だと言っていた覚えがある。
それもよく分かっていなかったのだけど、あの試着室で、モレナさまが、姿見に映ったわたしの姿で話すのを見て、なんとなく、こういうことなのかと理解した。
精霊界は人界の鏡に映った光景のような世界なんだと。
その世界についても、雄也さんと九十九、後で会うはずの恭哉兄ちゃんにも伝えておこう。
雄也さんと恭哉兄ちゃんは既に知っているかもしれないけどね。
でも、情報の共有は大事だと思う。
相手が知っていると思って、報告を疎かにすると、すれ違いや誤解のもととなるからね。
だけど、それでも言えないことはある。
伝えない方が良いこともある。
だから、皆、悩み苦しむのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




