不穏な表題
さらに読み進めていくと、情報国家の国王陛下は今のところ、積極的にわたしの敵に回るつもりはないらしい。
いや、この状態だと、保留というのが正しいかもしれない。
わたしを殺す方が、不確定要素が増えて今後の予想ができなくなるって理由だから。
そして、恭哉兄ちゃんは微妙な感じだ。
個人としては敵に回るつもりはないけれど、大神官として……となると、大聖堂の管理者として、いろいろなことがあるらしい。
だけど、意外なことが分かった。
破壊の神ナスカルシードさまの意識は、精霊族との契約に縛られてこの世界にいるらしい。
しかし、その契約は当人……、いや、当神の意思で破棄できるのか。
契約とは一体……。
いや、既に契約相手である精霊族が亡くなっているのだから、そこまで重く考える必要はないのかもしれない。
でも、その精霊族は余計な置き土産をしてくれたものだとも思う。
【神と精霊族の盟約は「世界の破壊」】
せめて、その契約を破棄してから亡くなってくれれば良かったのに。
この世界の他の歴史研究家たちもそう思ったことだろう。
しかも、それが履行? 果たされるまでは何度でもこの人界に戻されるってことは、わたしが聖霊界へ行き、それを追いかけてきたとしても、結局は戻ってきてしまうのだ。
本当にわたしが死んでも時間稼ぎにしかならない。
しかも、その時間が不明瞭なのだ。
時間単位なのか、暦日単位なのか、月単位なのか、年単位なのか、世紀単位なのか、千年紀単位なのか、それ以上の単位なのかも分からないってことはそういうことだろう。
しかし、暦日って何?
いや、字面から、一日単位みたいなものなのだろうとは思う。
そして、週単位はないのか。
他には四季単位とか?
うん、ちょっと九十九に張り合ってしまった。
彼は時々、変な言葉を知っているよね。
しかも、漢字で書かれているのだから、日本語としても存在するものなのだろう。
なんか、国語が得意だと思っている人間としてはちょっと悔しいと思ってしまう。
いや、そんなことはどうでもよいのだけど。
時勢によっては、情報国家の国王陛下と恭哉兄ちゃんが敵に回る可能性があるってことが分かっただけ、それを教えてくれただけ、かなり良かったのだと思う。
そして、話はここで終わらなかった。
中扉が再び登場したのだ。
【情報国家の国王陛下とのタイマンバトル】
しかも、こんな不穏な表題が書かれている。
タイマンってことは一対一ってことだろう。
恭哉兄ちゃんからのフォローがない状況。
九十九は頑張ったとしか言いようがない。
わたしだって、あの国王陛下と一対一で話すって無理だと思う。
呑まれる未来しか見えない。
普通の怖さとは別種の怖さを持っているのだ。
つまり、ここから先は彼の孤軍奮闘記録ってことだ。
気合を入れて読もう!!
そう思っていたのに……。
【精霊族の血を引く者は、フレイミアム大陸出身者を除いて調理の才能があることが多い】
いきなり、料理の話とか!?
いや、九十九らしいと言えば、そうなのだけど。
でも、料理!?
【だが、その話自体は前から聞いていた】
あれ?
そうだった?
【情報国家の国王陛下の真の狙いは、主人の近くにフレイミアム大陸出身者がいることを確定させるためのものだったのだ】
なんと!?
ああ、なるほど。
その話題を振って、九十九の反応を見て、そのことを確定させたのか。
導入から、酷い誘いだ!!
だが、その次の話はもっと驚くべきことだった。
【フレイミアム大陸出身者が、調理が苦手になる理由として火の神の加護が強いこと、フレイミアム大陸の一部の国が、精霊族の怒りを買う行いをしていたことが考えられるそうだ】
それって……?
先ほど読んだ1冊目の経過記録に書かれていた「トムラーム」という単語を思い出す。
精霊族を人工的に作り出し、その性質を変化させる行為。
それは、フレイミアム大陸の中心国の行いだった。
情報国家の国王陛下ははっきりと言い切らなかったようだが、恐らく、それがアリッサムであることも掴んでいるのだろう。
それがアリッサム城跡地を調べて知ったか、その前から知っていたかはこの文章からは分からない。
だけど、神官たちが真しやかに話している噂話ならば、情報国家はその真偽を精査しているはずだ。
だから、噂話、推測の体を取っていても、他者に向かって口にしている以上、情報国家は確信していると考えるべきだろう。
しかし、魔法と法力を使う人間たちの対立の話は恭哉兄ちゃんからも聞かされている。
だから、ワカの立場が微妙な扱いになっているのだから。
魔力重視の考え方は今も王侯貴族に根強く、それが国を支えているといっても過言ではない神官たちから冷たい目を向けられる結果へ繋がっている。
魔力を重視する王侯貴族。
法力を重視する神官たち。
どちらも国を支える存在であるために、どちらの意見も蔑ろにできない。
そんな話をワカからも聞いている。
そして、彼女の父親の厄介な性質も。
だが、情報国家の国王陛下が法力国家の男性王族と言い切っている辺り、身内に対して愛情過多になりやすいのは昔からってことになるのだろうか?
流石にワカから祖父、曾祖父、高祖父や他の親族の話まで聞いたことはなかった。
ワカもそこまで知らないかもしれない。
参考資料は兄と父だけだったから、まさか、男性王族全体に掛かるなんて考えもしないだろう。
さらに読み進めようとして、目も手も止まる。
【情報国家の国王陛下から「ローダンセの人間はやめておけ」と、忠告される】
そんな表題を目にしたから。
……。
…………。
………………。
この言葉は、情報国家の国王陛下からの厚意か罠かが判断できない。
だが、九十九は厚意と受け取ったのだろう。
だから、はっきりと記録している。
だけど、わたしは素直にそう思えなかった。
多分、わたしがローダンセの貴族子息であるアーキスフィーロさまの婚約者候補となった話なのだと思う。
でも、そのことは、ローダンセに行く前、具体的にはセントポーリア城下にいた頃にそんな話があると、情報国家の国王陛下にも伝えていたのだ。
その時は、ここまではっきりとした言葉の忠告はなかったと記憶している。
だけど、その3,4ヶ月の間に何かあった?
いや、情報国家の国王陛下はその期間に何かを知ったってことだろうか?
ぐるぐるした思考のまま、読み進めていく。
【最大の理由は、王族がその責務を忘れているため】
それはアーキスフィーロさまに何の関係もない。
【王城の契約の間が、大気魔気で満たされず、強い恨みつらみの籠った思念で澱むまで放置している国など、ローダンセぐらいだと言われる】
だが、契約の間に関しては、アーキスフィーロさまは無関係ではなくなる。
あの人は、わたしがいなければ、登城していないだろうか?
でも、そんな無責任な人とは思えない。
多分、文句を言っているセヴェロさんを連れて、なんとか頑張っていると信じたかった。
それにしても、恨みつらみの籠った思念?
それがルーフィスさんとヴァルナさんの掃除の正体?
わたしがライトにしたようにお祓いでもやっているのだろうか?
一度も、その状態を見ていないから分からないままだ。
【情報国家の国王陛下は「濃藍」の名を知っていた】
ああ、うん。
それは別に驚くべきことではないだろう。
ローダンセ城下でも「緑髪」さんと、そのお供である「濃藍」さんは有名らしいからね。
【城下や城内だけでなく、辺境にまでその名が広まっているらしい】
ありゃま。
それだけド派手な魔獣退治をしているってことだろう。
まあ、九十九はともかく、水尾先輩は魔法も激しいからね。
【ローダンセの大気魔気が少しだけ落ち着いたのは、「濃藍」、「緑髪」が現れたせいだと国内では思われているとも聞いた】
いや、それは違うでしょう。
アーキスフィーロさまが頑張って、登城し、契約の間にいるからだ。
しかも、最近では王族やその従者たちによる模擬戦闘も行われている。
だから、少しだけマシになったんじゃないかな?
でも、事情を知らない人たちにとっては、それも分からない。
だけど、原因は突き止めたい。
だから、目の前にある事実だけを繋ぎ合わせて、無理矢理、辻褄を合わせようとしているのだろう。
理由が分かれば、安心できるから。
ああ、そうか。
「大いなる災い」が執着する魂、「封印の聖女」の子孫、「聖女の卵」という肩書き、神力所持者、中心国の王族の血、チトセの娘など、一つ一つは大したことがなくても、それらが積み重なれば、全く知らない人たちが何かを勝手に期待し、押し付けようとするのも同じようなことだ。
人間、日々の生活には安心と安寧が欲しいのだ。
たまには刺激が欲しいってこともあるかもしれないけど、それは、日常生活がある程度保障されていなければ望まない感覚でもある。
だから、自分とは違った力を持つ「聖女」、「聖人」、「神子」と呼ばれる存在は、平常を脅かすような不穏な空気を祓うことができるかもしれないと、過剰な期待をしてしまう。
「神子」だって、ちょっと変わった力があるだけで、その心は普通の人間と大差はないのに。
怖い物を見たら、恐ろしいと思う。
自分より強く暴力的なモノに出会ったら、逃げようとする。
意味なく理不尽な目に遭ったら、悲しいと感じる。
大事なモノを失ったら、喪失感を覚える。
他者から痛みを与えられたら、泣き叫びたくなる。
そんなありふれた感情を抱くことに、変わりはないのにね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




