奇跡に期待したくなる
うぬう……。
やはり、来たかこの話題。
【世界のために「導き」を殺せるか?】
単純な話だよね。
破壊の神ナスカルシードさまの意識を持っている「大いなる災い」の本質は、無秩序な破壊だ。
だが、同時に導きの女神ディアグツォープさまの欠片を魂に持つ人間に執着している。
モレナさまが言うには「惚れた女の全てを手にして、自分の近くに置物として置きたい系の男」らしい。
それを知る人は一部しかいないだろうけど、情報国家の国王陛下は知っていると思っている。
そして、わたしの魂は、その「欠片」を持っていることも。
だから、「大いなる災い」を少しでもこの人界から引き剥がすために、わたしの魂が「欠片」を持ったまま「聖霊界」に送ってその後を追わせるという考え方に至るのは自然だろう。
すぐに露見しなくても、「大いなる災い」がわたしを探そうとすれば、いずれはどこかでそれが伝わってしまう。
神さまの時間感覚が人間と同じではないため、それでも数年から数百年の時間稼ぎにはなるだろうし、上手くいけば、そのままこの人界には戻ってこないかもしれない。
実際は、そんな単純な話ではないのだろうけど、一定数、そう考えてしまう人はいるだろう。
人間の思惑通りに神さまが動いてくれる保証なんてどこにもないのに。
読み進めていくと、情報国家の国王陛下は九十九を煽っているのだろうなということに気付く。
一般的に考えられることを口にしているようだが、情報国家の国王陛下自身の言葉とはちょっと違う気がしたのだ。
そして、情報国家の国王陛下から威圧を受けた九十九は反撃に出たらしい。
なるほど……。
雄也さんが以前、水尾先輩にやったことだ。
怪我などの肉体損傷の恐れがなければ、そして、恐怖や驚愕を感じる間もなく、懐に入り込めれば、体内魔気による魔気の護りは発生しない。
なんとなく、情報国家の国王陛下も武闘派なイメージがあったのだが、九十九の動きに反応できていない辺り、水尾先輩と同じように魔法専門か、防御の全てを「魔気のまもり」に任せてしまっているか、の、どちらかだろう。
いや、九十九の動きを咄嗟に目で捉えることができる人なんて、雄也さんか多分、恭哉兄ちゃんぐらいだろう。
ああ、セントポーリア国王陛下もかな?
この世界の兵士や騎士たちって魔法頼りが多すぎるため、奇襲、不意打ちに弱い印象があるのだ。
勿論、世界中を探せばいるかもしれないけれど、見たことはない。
荒事慣れをしている神官たちの動きを見ても、九十九の方が強いと思っている。
そして、九十九の動きの基礎はミヤドリードさんだったのか。
しかも、セントポーリアの守護兵団にいたとか。
母からも聞いたことはなかったな。
ミヤドリードさんも大概、謎が多い。
もう亡くなってしまったってこともあるけど、それを差し引いてもかなり不可解な存在なのだ。
なんで、セントポーリアにいたのか?
それも第二王子の乳母と養子縁組をして、「イースターカクタス」の名を捨ててまで。
さらに言えば、第一王子の乳母ではなく、第二王子の乳母だったことも謎なのだ。
タイミングとかそんなものもあったのかもしれないけれど、普通ならば、王位を継ぐはずの第一王子の方に寄った方が、良いと考えると思う。
まあ、ミヤドリードさんは情報国家の人間だった。
幾つの時に養子縁組をしたのかは分からないけれど、そこにはいろいろな思惑があったのかもしれない。
セントポーリア国王陛下が「剣術馬鹿」というのは妙に納得できる。
あれだけ、修練を重ねる人だ。
今もたった一人で、国の大気魔気の調整を担う王さま。
だから、「剣術国家」の名前を冠しているセントポーリアの王族として、幼い頃から鍛錬をしていても驚かない。
実際、動きは凄かった。
一気に距離を詰めて神剣「ドラオウス」を振るう姿は……?
あれ?
わたしの前で振るったことってあったっけ?
見たことがあるのは鞘付きの状態だった。
でも、九十九の雷撃魔法の剣に反応して、すぐさま鞘付きの神剣ドラオウスを召喚して防いだのだから、やはり反応速度は良いと思う。
だけど、わたしは、何故、セントポーリア国王陛下が剣を振るう姿を見たことがあると思ったのだろうか?
……って、セントポーリア国王陛下のお兄さんって、先代国王陛下の血を引いていなかったの!?
そして、何故、それを情報国家の国王陛下が知っているの!?
それが、情報国家の頂点だからか。
そう納得するしかない。
さらに、セントポーリア国王陛下のお兄さん……、わたしにとってもう一人の伯父だったはずのその人は神剣ドラオウスを抜くことができず、セントポーリア国王陛下は抜いてしまったとか。
……どこかで聞いた話だね。
そう思ったから情報国家の国王陛下も「歴史は繰り返される」と言ったのだろう。
わたしと、ダルエスラーム王子もそうだと。
つまり、情報国家の国王陛下は知っているのだ。
セントポーリア国王陛下の直系は現状、わたししかいないことを。
ああ、なるほど。
「大いなる災い」の意識に執着される魂ってだけじゃなくて、そういった意味からも神官たちやそれ以外の人間たちから狙われるようになる可能性があるのか。
王族の血を引き、神力所持者であり、封印の聖女の子孫というだけで、同じことができると思われてしまうという情報国家の国王陛下の考えは理解できる。
歴史は繰り返すと思い込み、考えることを放棄したり、少しでも外れないように積極的に歴史をなぞるように動く……、か。
そうなると、白羽の矢は「聖女の卵」……、わたしとオーディナーシャさまに立てられるってことになる。
現状、セントポーリア国王陛下の血を引いていることが知られていないけれど、それが周知されてしまえば、確実に、わたしだけがその矢面に立つことになるのだろう。
いや、それは構わない。
オーディナーシャさまは、もともとこの世界の人間ではない。
そんな彼女を巻き込むのはおかしいだろう。
だけど、わたしは記憶を封印しても、この世界で生まれたことに変わりはないのだ。
だから、犠牲になるなら、わたしの方が良い。
その神とは因縁もあるわけだしね。
つまりは、どうあっても、わたしはこの神さまから逃げられないらしい。
わたしは左手を見る。
この手首に宿っている神さまの意識。
魂に根付いている以上、この意識からは、絶対に逃げられないのだろう。
まるで、逃亡不可のラスボスのようだ。
8回「にげる」を選択したら、少しぐらい勝ち目は見えないだろうか?
そんな奇跡に期待したくなる。
それでも、九十九は情報国家の国王陛下からわたしのために世界を敵に回す覚悟を問われ、是と返答したらしい。
そのことは嬉しい。
でも、嬉しいけど、嬉しくない。
そんな覚悟なんか要らない。
わたしは……、わたしも世界の命運よりも、あなたに生きて欲しいから。
大体、これらの話は、九十九には全く関係のない話なのである。
いや、世界という大きな括りにしてしまえば、全く無関係ってわけではないのだけど、それでも、その神さまからピンポイントで目を付けられているのはわたしであり、ライトなのだ。
だから、九十九にはそんな世界から離れて、一分でも、一秒でも長く生きて欲しいって思ってしまう。
そんな風にどこか悲痛な気持ちにすらなっていた時だった。
ふと顔を上げると、護衛が二人とも、わたしを見ていたことに気付く。
心配させているなあ……。
表情も、体内魔気からも、わたしの精神状態は分かりやすかったのだと思う。
「大丈夫です。もう少しで読み終わるので、待っていてください」
近くにいる雄也さんにそう声を掛け……。
「後で、そちらも読ませてね?」
ちょっと離れた場所にいる九十九にはそう言った。
しかし、まだこの本のページは残っている。
九十九はどれだけ長い時間、情報国家の国王陛下と話をしたのだろうか?
そして、全然、世間話の立ち合いではなく、ガッツリ、九十九と情報国家の国王陛下の会話だと思うのはわたしだけだろうか?
さぞ胃の痛い時間を過ごしたことだろう。
情報国家の国王陛下と直接会話をしたのは、ストレリチア城で行われた世界会合の時期ぐらいだ。
それでも、大変、心臓に悪い時間を過ごした覚えがある。
普段は手紙のやり取りぐらいだから、大丈夫だけど、会話となると、かなり辛い気がする。
あの全てを見透かしたような青い瞳に射抜かれるのは本当に怖い。
そう思った直後……。
―――― でも、わたしの護衛たちほどではないか。
そう思い直す。
先ほど、わたしを見ていた二人。
心配そうに、でも、それでも何も口にせず、見守ってくれている。
彼ら二人のわたしを見つめる黒い瞳に比べたら、ただ見透かすだけの青い瞳なんて、まだまだマシだと思うのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




