世界を救う方法
身に余ることをした結果、わたしは長い休息を余儀なくされたらしい。
これは、その間に起きた話。
雄也さんはセントポーリア国王陛下の許へと向かい、今回の話を報告した。
そして、今度は九十九が大神官である恭哉兄ちゃんへの報告した時の話となるはずだが、その記録はかなり分厚い。
これまでの記録を読んだ限り、そこまで詳細な記録ではなく、要約されたものではあるのだが、ここからの記録は違うのだろうか?
この記録を見る限り、恭哉兄ちゃんは怒っていなかったご様子。
そのことだけでもホッとする。
いや、セントポーリア国王陛下からの話の記録部分では、雄也さんがまとめた文章だったはずなのに、妙な圧力を覚えたから。
あの御守りには、法珠だけでなく神珠と呼ばれるものも紛れ込んでいたらしい。
いつもより白さが増した珠がいくつかあったから、その中にあったのだろう。
わたしは恭哉兄ちゃんと違って、神力というものが分からない。
凄い力だなということは感じても、法力と神力の区別がつかないのだ。
魔法……、魔力は流石に分かるようになった。
だけど、自分の中にあるはずの魔力とは別種の力である神力は、全く判別ができない。
そして、一つだけ大きな問題がある。
今、わたしの左手首には、その御守りがないのだ。
雄也さんはいずれ戻るだろうって言っていたけど、それでは恭哉兄ちゃんに次に会う時に間に合わない気がした。
そうなると、新たな御守りが準備されてしまう可能性がある。
我が儘な自覚はあるけど、それは嫌だった。
しかし、恭哉兄ちゃんも「略拝詞」って単語を知っている人だったのか。
いや、「祓い給い清め給え」って言葉を知っている日本人は多いだろう。
でも、その先の「神ながら守り給い幸え給え」まで知っている日本人となると、一気に減る気がする。
さらに、その祝詞の名称となると、神道に興味がなければ難しいだろう。
そうなると、恭哉兄ちゃんは人間界の神道にも通じている?
恭哉兄ちゃんならば、略されたものではなく、「祓詞」を覚えていても驚かない。
だけど、それを聞くのは止めておこう。
「祓詞」は、神々の御神力によって穢れを浄化するためのものだ。
わたしは、これ以上、神に近付いてはいけない。
まあ、簡単に覚えられるような文章でもないんだけどね。
しかし、九十九のこの文章を読む限り、恭哉兄ちゃんにとっては、わたしとライトの「略拝詞」の合唱で、神さまを再び短期封印してしまったことは痛快な出来事だったようだ。
「楽しそうに笑う大神官」という文字からもそれが分かる。
恭哉兄ちゃんは、どれだけ、神さまが嫌いなのだろうか?
まあ、神さまって、本当に人間に対して碌なことしないからね。
その気持ちは分からなくもない。
そして、封印というより、休眠状態らしい。
それでも、モレナさまの話では年単位の時間稼ぎができたようなので、少しはマシだろうか?
尤も、数年後には再び稼働する、もとい、目が覚めて活動を始めるだろう。
そうなると、ライトはどうなってしまうのだろうか?
そこが、怖かった。
そして、「封印の聖女」とわたしの比較。
いや、あの聖女さまの思い込みを超えるって無理だよ?
周囲が全く見えていない人だから。
でも、日常的に魔法を使っていた様子は確かになかった。
強いて言えば、恋人に会うために城から脱走する際に、移動魔法を使っていたぐらいだと思っている。
模擬戦闘も多分、経験がない。
何より、「大いなる災い」を封印したのもほとんど奇襲だった。
確かに運が良すぎるお姫さまではある。
まず、「大いなる災い」へ向かう際の移動手段を提供してくれる友人がいて、さらに離れた場所からも自分の祈りを大幅に強化してくれる友人もいたのだ。
そして、恭哉兄ちゃんの言葉にもあるように、精霊族が魔法国家の王女を唆して魔力を吸い取った水差しも近くにあった。
その上、その神は受肉ではなく、精霊族が創った人形のような器に収まっていたのだ。
その器が「救いの神子」たちと同じように、神気が馴染むまでに数年単位の年月を必要とするのなら、完全に定着していなかったとは思う。
なるほど、確かに幸運だ。
全ての状況が、「封印の聖女」の味方をしている。
まるで魔王を倒すために存在する勇者のように。
だけど、今回は違う。
恭哉兄ちゃんが言うようにその神気は、闇の大陸神の加護を受けた王族の肉体に収まり、時間をかけて同調していった。
そして、六千年前、封印に使われたと思われる水差しも割れてしまったらしい。
電子ジャーに御札を貼って封印することはできないだろうか?
だが、残念。
この世界には電子ジャーがなかった。
仮にその水差しが残っていたとしても、その神さまは完全にライトの魂と融合してしまっているので、分離が難しいらしい。
ライトごと封印?
最終的にはその手段を取るしかなくなるとは思っているけれど、その前に、絶対に邪魔が入るだろう。
ライトの出身国であるミラージュは、国王を始めとして「大いなる災い」が復活するのを望んでいる国なのだ。
それならば、「封印の聖女」の血を引き、「聖女の卵」となったわたしは、確実に邪魔な存在である。
だから、余計に狙われるのだとライトも言っていた。
そして、ここに書いてある「神力の宿る肉体へ受肉目前の神の意識を引き剥がす方法」については、わたしは以前、恭哉兄ちゃんから聞いたことがあった。
肉体の所持者が、一瞬でも中にいる神の力を超えること。
これはライトが王族だから可能性がないわけではない。
一番良いのは、国王が退位してライトがその後を継ぐこと。
即位の儀を行えば、闇の大陸神の加護が格段に上がり、魔力が今よりもずっと強まるはずだ。
だけど、ライトの話では父親は簡単に後を譲るタイプではない。
その上、即位できる25歳までライトの命はもたないだろう。
だから、この案は却下だ。
神力の強化については、神々の力を借りることが前提の話となる。
気まぐれな神々は、創造神さまのように簡単に神の欠片を人界には送り込まない。
つまり、これは無理だ。
そして、最後の法力の強化。
これが一番、可能性が高くなる話だろう。
しかし、今の時点で高神官並の法力とか、どれだけ、あの人は複雑な出自なのだろうか?
いや、考えるまでもなかったか。
アーキスフィーロさまもかなり大変な境遇だったけど、ライトも相当だ。
この世界では環境に恵まれない子供が多すぎませんか?
神官たちが行っている「穢れの祓い」と呼ばれる行為を、ライトが行えば、法力は強化される。
それも神力所持者への性的暴行ならば、確実に、大神官並の法力を得ることができるというのが恭哉兄ちゃんの見立てである。
その中でも、同性で異性経験もない恭哉兄ちゃんと、同じく異性経験のない「聖女の卵」が相手であることが最も効果的だと言われた。
そして、それをライト自身は避けたいと思ってくれたことは、わたし自身も彼から聞いている。
だけど、ライトが最も避けたいと思っているその行動こそ、彼の命を救う可能性が高いなんて皮肉な話だろう。
そんな覚悟なんてわたしにはない。
それでも、知っている人が救えるなら? って、思ってしまうのだ。
尤も、そんなことをしても、ライトから一瞬だけ離れた神さまの欠片が、その近くにいる別の王族に取り憑いてしまうだけだろう。
あんな執念深い神さまが、引き剥がされた後、大人しく聖神界や神界に戻ってくれるはずがない。
そして、ライトが助かるために選ぶなら、その相手は恭哉兄ちゃんよりもわたしだと思っている。
そうなると、奇しくも、「大いなる災い」の望みが適ってしまうのだ。
わたしに取り憑いた後は、六千年前に止まってしまった破壊活動を再開することになり、わたし自身は「聖女の卵」から「破壊の神」にバージョンアップしてしまうことになる。
まるで、聖女が闇に堕ちて魔王になったかのようだ。
ファンタジー漫画としては面白そうだが、当事者としては全く楽しめない。
それどころか、破壊の衝動に目覚めた聖女として悪い意味で歴史に名を残せなくなるだろう。
いや、歴史に名前を残したいわけじゃないから、それは良いのだけど。
「大いなる災い」に取り憑かれたら、わたしの魂をシンショクしている方も一気に進むことは明らかだ。
恭哉兄ちゃんがしてくれた「神隠し」も意味がなくなってしまうだろう。
でも、一番の問題は、破壊の衝動に目覚めたようにしか見えないわたしが、最初に破壊しようとするのは何か?
すぐ近くの目に付いたもの。
それも、親しい人間である可能性が高すぎる。
それは、嫌だった。
だから、わたしにはライトを救えない。
木乃伊取りが木乃伊になるになる確率が高いと知っているのに、無謀なことをして、一番、助けたい人たちを巻き込んだ上で殺したくはなかった。
そう考えると、あの仮面舞踏会の行動がわたしの限界だということだろう。
そして、それではライトを救うことはできなかった。
関わらなければ良い。
でも、もう関わってしまった。
ライトの身体に取り憑いている破壊の神ナスカルシードさまを引っぺがすためには、一瞬だけでも、その神を上回る力を持つ必要がある。
上回ったその瞬間、その力を尽くして引き剥がすのだ。
その時点で大変な無理難題である。
この記録には、それ以外の方法についても書かれていた。
わたしの「神隠し」を先に解いて、こちらに神の欠片を移すという手段があるようだけど、それも意味はないだろう。
さっき考えたように、結局、ライトからわたしに対象が移り変わるだけで、この世界に害があることには変わりがないのだ。
そして、そのことは恭哉兄ちゃんも指摘している。
やはり、これも駄目ってことだ。
他の神さまに願う?
それこそ、絶対に無理だろう。
神さまは人間のために動くことはないから。
ただ、実現不可能だと分かっていても、動く可能性がある神さまはいる。
神さまは人間のために動かない。
だが、神自身に動く理由があれば、話は別だ。
その理由をなんとかして見つけ出すしかないのか。
この辺りは、恭哉兄ちゃんに要相談……だね。
しかし、そんな神さまを動かすよりも、王族たちの心を一つに纏める方が難しいと恭哉兄ちゃんは思っているらしい。
危機感はそれぞれだ。
そして、そう簡単には今の状況は理解できないし、利益、保身、その他諸々の事情もあるからそこは仕方ないのだろう。
そうなると、この世界が滅ぶような危機に陥っても、そう簡単には協力が得られないってことなんだろうなと思ったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




