身内からの苦言
―――― おおう
わたしは心の中で戸惑った。
口には出さない。
口にしてしまえば、小声であっても、護衛兄弟は反応してしまうことが分かったから。
彼らは次々と紙を捲っている。
その表情は、読めない。
わたしはかなり表情に出しているのに、この兄弟は全く表情に出ないのだ。
体内魔気の方は、九十九が結構、揺れ動いている。
これは、わたしが彼の気配に過敏な体質だからだろう。
雄也さんは微かな変化だ。
もしも、「嘗血」をしていなければ、その微妙な変化も分からなかったとは思う。
しかし、何故、わたしの部屋で彼らは密談を行っているのだろうか?
これって、そういうことだよね?
【勝手に借りたぞ】
【ごめんね】
そんな兄弟の走り書きから、この経過記録は、記録書というよりも、始めからわたしに見せるために書かれたということは理解した。
それにしても、この文章からも雄也さんが、わたしとアーキスフィーロさまの契約について、あまり良く思っていないことがはっきりと分かる。
アーキスフィーロさまのあの宣言が効いているようだ。
婚約者候補として出向いたわたしに向かって「妻として愛することはできない」とはっきり言った。
わたしとしてはそれでも構わないと思っている。
嘘を吐かれるよりも良い。
だけど、雄也さんにとっては良くなかったらしい。
しかし、セントポーリア国王陛下や、母もわたしの婚姻相手の条件みたいなものがあったのか。
前、会った時には何も言っていなかったのに。
いや、これまでに何度も会っているというのに、一度もそんなことを聞いたこともなかった。
わたしの意思で愛すると決めた人で、何においてもわたしを愛してくれる人。
無理じゃないかな?
それって俗に言う相思相愛ってやつだと思う。
だけど、人の心が変わることも知っている。
永遠に変わるものなんてないってことも。
だから、無理だ。
わたしにそんな相手が現れるはずがない。
まあ、自由恋愛を認めてもらっているってことなのだとは思うし、王族とかそんな立場を気にするなって話でもあるのだろう。
でも、確かにその条件ではアーキスフィーロさまは当てはまらない。
アーキスフィーロさまは他に想い人がいて、わたしも九十九のことが好きなのだから。
―――― 双方、婚前から浮気か?
そんなライトの言葉が蘇ったので、それを振り払うように、思わず頭を振ってしまった。
これは浮気ではない。
だけど、限りなく浮気に近い想いだ。
つまり、わたしの気持ちはライトにもバレバレだったわけである。
そして、雄也さんの理想は意外にもそのライトらしい。
う~む。
でも、ライトが相手では、幸せになる未来は思い描けない。
あの人、すぐに諦めるし。
……わたしは諦めが悪い人が好きらしい。
気付かなかった。
自分の気持ちでも未だによく分からないことがあまりにも多いね。
だが、何故、胸囲の話になるのでしょう?
殿方ばかりだから?
この部分の文字は九十九のだった。
何故、こんなどうでも良い話を記録しているのか?
そして、雄也さんはそういった冗談がお好きではないようです。
とりあえず、セヴェロさんがわたしの胸部よりも九十九の胸回りの方が大きいと認識していることは理解した。
確かに九十九の胸筋は凄い。
だが、言いたい。
女性の胸の大きさは数値ではないのだ。
確かに胸回りを実測すると負けているかもしれないけれど、九十九よりは膨らんでいる!!
トップとアンダーの差はわたしの方があると信じたいのだ!!
そう主張したい!!
ああ、だけど、それをどこで主張をしろというのか?
だが、それから一転して真面目な話へと変わる。
専属侍女たちと一緒にいることができる期間とか。
いろいろなことからアーキスフィーロさまとわたしの契約を進めるしかないとか。
セントポーリアのお国事情とか。
いや、これは、確かにアーキスフィーロさまにとっては迷惑な話だ。
自分の都合ばかりでそっちは全く頭になかった。
セントポーリアの王位継承権が万が一問題になっても、それは放棄するつもりだったというのもある。
だけど、本当に2,3年で解決しなかった時に、全くわたしの配偶者となる人が巻き込まれない保証なんてどこにもないのに。
そして、わたしの話になる……と見せかけて、モレナさまの話だ。
え?
モレナさまって、アーキスフィーロさまの命を救った女性だったの?
あの方、どれだけ人の命を救っているの?
大神官である恭哉兄ちゃんに対しては、接することができない事情もある。
わたしはあのモレナさまが、自分の息子である恭哉兄ちゃんのことをどれだけ想っているのかを知っている。
わたしの頭のイメージを見て、それだけでも嬉しそうにしていたのだ。
自分の目で見ることができないって分かっているから。
恭哉兄ちゃん自身もそれを受け入れている。
そのことに触れるとかなり口が悪くなるけど、それも年相応だし、人間らしいよね?
そして、今度こそわたしの話。
アーキスフィーロさまは現在、婚約者候補に逃げられた状態……らしい。
これって、すぐ戻った方が良いのではないだろうか?
でも、療養ってことでアーキスフィーロさま自身は承知してくれているってことだよね?
それなら、万全な状態で戻った方がよい気がする。
それから、何故か「お互いに利用し合った方が良い」という結論になった。
何故に?
いや、結局、共闘関係になるってことだから?
記録書を読み落としたのか、前後の繋がりがよく分からない。
まあ、これまでの記録も要約されたものだった。
彼らにとって都合の悪い部分があって、それらをごっそり削られていたとしても、問題はない。
わたしは、彼らが伝えたいことを教えてもらって、わからないことがあれば聞けば良いのだ。
そして、ここから二冊目に入るらしい。
まずは、セントポーリア国王陛下に会った雄也さんの記録からのようだ。
これまでの報告と、セントポーリア国王陛下視点からの見解が書かれている。
かなり、長い文章ではあったが、要約すると、今回のようなことは二度とするな、ということのようだ。
何でも、魂を削る行為というのは、魔力だけでなく生命力とかそう言ったものも消費し、寿命まで縮めてしまう禁忌の術になるらしい。
普通の人間にはそんな行いはできない。
神の加護が弱い人間だったならば、魂を削る前に意識を失うほどのことだと聞いた。
いや、それ以前に魔法力が追い付かないらしいけど。
だが、幸か不幸か、わたしには強靭な加護と、かなりの魔法力を持っていた。
だから、魂を削る一歩手前の場面でも、意識を落とすがなかったのだろうという話だ。
改めて、奇跡の重なりの果てにあの結果があったのだと思う。
結局、直後に意識を落としたというのはそういうことだろう。
そして、母からは直筆で……。
【命を懸けるに値する友人だとしても、もう少し、やり方を考えなさい】
とだけ書かれた手紙が差し込まれていた。
見慣れたはずのその文字が、いつもよりも少しだけ歪んで見えたのはわたしの気のせいではないだろう。
あの時は、あの方法以外考えられなかった。
でも、その結果、セントポーリア国王陛下からも、母からも苦言を呈されている。
勿論、これから護衛たちからもそういった種類の言葉を頂戴するのだろう。
彼らはわたしの護衛であり、あの状況の目撃者でもあるのだ。
渦中にいたわたしよりから、少しだけ離れた場所からそれを見ていた。
だから、客観的にいろいろ見たことだろう。
だが、心配をかけてしまったのは自分だ。
彼らの忠言こそ、しっかりとこの心に刻み込む必要がある。
それにしても、雄也さんとセントポーリア国王陛下の話はそこまで多くの紙面を必要としなかったようだ。
だが、この冊子にはまだ厚みがある。
つまり、九十九と恭哉兄ちゃんはそれだけの話をしたということだろう。
今回のことは神が絡んでいるせいだろうか?
恭哉兄ちゃんは大神官だ。
だから、いろいろと看過できないこともあったのかもしれない。
だが、わたしはまだ知らなかった。
九十九と話したのは恭哉兄ちゃんだけではなかったことを。
そして、護衛兄弟たちの急な方向転換のきっかけとなったのが、この冊子の後半に記録されていたことを、この時点では予想だにしていなかったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




