【第129章― 動乱、青嵐 ―】判定は如何に?
この話から129章です。
よろしくお願いいたします。
「ん?」
九十九と雄也さんによる共同編集された経過報告書を読みながら、ふと気付く。
いつの間にか、セヴェロさんとアーキスフィーロさまがその中に登場していたのだ。
アーキスフィーロさまならば、城にいたのだから分かるけど、セヴェロさんは仮面舞踏会に参加できるほどの身分を持っていない。
アーキスフィーロさまのお供として登城することは許されているが、本来、平民は城内をあちこちすることはできなかったはずだ。
わたしも平民であるが、でびゅたんとぼ~るはアーキスフィーロさまの相方だったし、今回の仮面舞踏会は招待状が届いていた。
なんで、セヴェロさんが城に来ることができたのだろうか?
今、読んでいるのは、わたしの意識が吹っ飛び、モレナさまから抱き抱えられた後の話。
……モレナさまって意外に力持ち?
そんなことを考えていた矢先だった。
モレナさまとわたしが姿を消した後、そこに現れたアーキスフィーロさまとライトが何故か、魔法バトルに突入したらしい。
アーキスフィーロさまの強力な魔法を涼しい顔で対処していくライト。
この辺りは、雄也さんが書いたのだろう。
その様子がありありと分かる見事な描写である。
アーキスフィーロさまの魔力は確かに強い。
でも、多分、対人戦にはあまり慣れていない印象があった。
ローダンセ城の契約の間で、ルーフィスさんやヴァルナさんが第二王子殿下の従者たちと模擬戦闘をする時に巻き込まれることが増えたが、明らかに連携慣れはしていないし、動きの予測も苦手なようだった。
でも、魔獣退治で怪我を負うこともないというのだから、魔獣と人間では当然ながらその動きが違うのだろう。
そして、その逆でライトは対人戦に慣れているはずだ。
自国でも敵が多い王子さまは、強くならなければ生き抜けなかっただろうから。
だけど、魔法バトル後半の文章が気になった。
これって、専門用語が並んでいるけれど、アーキスフィーロさまの得意分野を考えれば、それが何かは考えるまでもない。
―――― 弓道
日本と呼ばれた国で磨き上げられた武道の一つだろう。
この専門用語は、雄也さんなら知っていてもおかしくはない。
アーキスフィーロさまとルーフィスさんは流派の話で盛り上がれるほどだったから。
わたしは弓道を見たことがあっても、用語を知るほどの興味は持っていなかった。
だから、そのほとんどは分からないけれど、「残身」ぐらいは聞き覚えがある。
確か、弓道の最後の決めポーズだ。
だけど、驚くべきはそこではない。
アーキスフィーロさまだけでなく、ライトもその動きをしたと書かれているのだ。
つまりは、ライトも弓道経験者ってことになる。
わたしが知っている限り、アーキスフィーロさまやローダンセの第五王子殿下は弓道を嗜んでいた。
それ以外の弓道経験者の知り合いといえば、他校に通っていた来島だ。
そして、彼はライトの縁者でもあった。
そうなると、同じように弓道を学んだか、ソウの動きを盗み取ったか、それ以外の理由から弓道を知ったのだと思う。
円舞曲すら踊れるのだから、わたしの護衛たちのように、人間界の知識や技術を貪欲に吸収している可能性もあるのか。
そこで、ライトの弓道を使った魔法から、アーキスフィーロさまを庇うかのようにセヴェロさんが登場したらしい。
しかも、この内容から、魔法バトル突入前からアーキスフィーロさまの傍にいたっぽい。
そうなると、わたしにとって問題となるのは、この二人が、いつから、この場にいたのか? という点だった。
わたしは、護衛二人が見守ってくれている気配には気付いていた。
だけど、アーキスフィーロさまやセヴェロさんの気配は分からなかったのだ。
まさか、あの場にいたなんて考えもしなかった。
ああ、一体、どこから見られていたのだろう?
ライトから連れ出されて告白されたことも、キスされてしまったことも、その後も平然と会話していたことも、全部見られていたのだろうか?
見られていたと考えるべきかもしれない。
九十九や雄也さん、トルクスタン王子が人除けの対処をする前にその場所まで来ていたなら、そうだろう。
……なんとしたことだ。
わたしはライトがあんな人だって知っている。
だけど、アーキスフィーロさまはそうではないのだ。
アーキスフィーロさまから見れば、婚約者候補とした女が、見知らぬ男と勝手に人気のない露台へ出た上、キスされるという状況。
仮に相手が異性の友人だったとしても、キスはアウトだろう。
許せて抱擁……、口付けは手の甲、髪、頬ぐらいまでならギリギリセーフ?
でも、ガッツリ口だった。
短くても、言い逃れができないほど口だった。
それに許せる、許せないは、人によって尺度は違う。
だから、ここで雄也さんと九十九に聞いたとしても、参考程度にしかならない。
九十九にも見られていたわけだ。
この経過記録書には、そのことは書いていない。
雄也さんも九十九も、ライトからの告白とキスについては全く触れていないのだ。
だけど、あの瞬間にも間違いなく、あの二人の気配はあった。
だから、見ていないはずがない。
これは個人的なことだから、記録することを避けてくれたってことだろうか?
だけど、思い出す限り、九十九の気配はほとんど変わらなかった。
雄也さんの方が変化したほどだ。
まあ、つまり、九十九は本当にわたしを友人としか見ていないんだって事実に改めて気付かされる。
雄也さんの変化は護衛魂からだろう。
意外と九十九以上にそういったことに厳しそうだ。
キスをわたしに対する危害と考えれば、不自然でも何でもない。
わたしの怪我とか傷については、九十九も過保護だけど、それ以上に雄也さんもかなり気にする人である。
雄也さんは治癒魔法が使えないってこともあるだろうけど、カルセオラリア城の崩壊以降、特にそれが分かりやすくなったのだ。
護衛兄弟は厳しいけど甘い。
それもドロドロ甘々なのだ。
正直なところ、自分自身としては、今更、友人からのキスぐらいで傷付くほどの衝撃はないらしい。
既に、九十九からは「発情期」の時に、数えきれないほどされたことがあるし、ソウからも何度かされているためだろう。
だが、それだけで、わたしが軽い女だってことがよく分かる。
ライトからは、頬はあった気がするけど、口は今回が初めてだったと思う。
だけど、その行為に対して怒りはするものの、それはこちらの意思を無視されたからこその怒りであって、キスされたことに対しては、衝撃があったし、混乱もしたけれど、割と受け入れていた気がする。
ソウと同じように、先に告白されていたからだろう。
結局、返事をできなかったけれど、次に会う時はちゃんと答えを用意しておかなければいけない。
ミラージュにも「伝書」って届くのかな?
雄也さんに相談してやってみようか。
わたしは伝書に魔力を込めることがかなり苦手だけど、これは自分だけでやらなければね。
いかん、思考が逸れた。
今はわたしの感情よりも、アーキスフィーロさまのことだ。
先に「妻として愛することはできない」と宣言されているとはいえ、やはり、あれは不貞に入ってしまう行為だろう。
他の殿方に全裸を見られてしまうのと、どっちが悪いだろうか?
どっちも悪い。
そして、わたしの場合、そのどちらもなのだ。
つまり、婚約者候補として最悪な女だ。
尻軽だ!
うぐぐぐ……。
雄也さんはプラトニックな恋愛まではこの世界でも許されると言っていたけど、キスという行動がある以上、もうそれはプラトニックな恋愛ではない。
そうなると、肉体的な恋愛?
だが、別にアレはわたしの方に恋愛感情は伴っていなかった。
それって、もっと悪くない?
俗に言う「身体の関係」ってやつになるのでは?
いや、そこまではないのか。
キスだけで「身体の関係」、「肉体関係」には多分、ならない。
でも、アーキスフィーロさまの基準ではどうだろう?
ああ! 分からない!!
どこまでセーフ?
どこからアウト?
審判を! 誰か、主審や塁審を呼んでください!!
アウトかセーフの判定をお願いします!!
わたしに対する審判は後で、二人に聞いた上で、アーキスフィーロさま自身にも確認しよう。
結局、それしかないのだ。
そんな阿呆な方向に思考を飛ばしながらも、わたしはさらに読み進めていくのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




