不遜な思い
誰かの魔法を参考にすることはあると思っていた。
主人の魔法は明確なイメージがあるほど、しっかりしたものに変わる。
実際、彼女が「朱雀」と呼ぶ大きな炎の鳥を意識した魔法が、魔法国家の第三王女殿下と引き分けるほど見事なものだ。
だが、その参考とする魔法の中に、まさか、自分の魔法が含まれているなんて思いもしなかった。
しかも、攻撃魔法でも防御魔法でもない補助魔法。
それも、生活魔法と呼ばれるほどありふれた魔法だった。
―――― わたしの照明魔法って、雄也が使った照明魔法の真似なんだよね
主人がそう口にした時、弟は分かりやすく顔を強張らせた。
だから、ヤツは気付かなかっただろう。
彼女の言葉が、俺にどれほどの衝撃を与えたていたのかを。
意識して照明魔法を使ったことはなかった。
そして、効果重視であるごく普通の魔法だと思っている。
魔法力もほとんど必要とせず、単純で分かりやすく、一般的にも知られた魔法。
師であるミヤドリードの立ち合いのもと、この城下の森の中で弟と同時に使ったことが最も古い記憶となるほど、幼い人間でも扱えるような魔法でもある。
だが、あの主人の瞳には、俺の照明魔法はあのように映ったらしい。
目に入れても眩しくなく、だが、周囲を明るく照らすことができる清らかで優しい光。
彼女が俺の照明魔法を見たのはただ一度だけ。
それも、主人が一言で魔法を創造できるようになるよりもずっと前の話。
それ以前やそれ以降に弟の照明魔法を見ていたはずだ。
だが、俺の魔法の印象が強かったと言っていた。
確かに絶体絶命と言える場面だった。
そのために、より強く深く印象付けられたとも思っている。
心理学でいう認知説の一つ、吊り橋理論に近い感情だ。
まあ、主人に生じた感情は恋愛とは全く別物のようだが。
それでも、自分の魔法を選んでくれた……、いや、それを覚えていてくれたことが嬉しい。
轟音と震動が響く暗闇の中で目を覚ました主人が、少しでも心細くないようにと、そんな気持ちを込めた覚えは確かにあったから。
上から天井が降ってくるという、人間界のパニック映画やアクション映画を思い出させるような状況だった。
流石に五体満足とは言えなかったが、共にいた三人が生きて大聖堂へと転がり込むことができたのは、奇跡としか言いようがない。
あるいは、運命の女神の導きか。
俺はともかく、少なくとも主人はあんな所で死んで良いはずがない。
他国の王族の馬鹿げた体裁、自信、そして、我儘に振り回され、巻き込まれただけだったのだから。
そして、また……、この主人は新たな国家事情に巻き込まれ始めている。
これが、王族故のことなのか、聖女の卵だからなのか、星の巡り合わせなのか、運命論なのか、単純に当人の性格に原因があるのか、皆目見当もつかないが、事実は事実として受け止める必要があるだろう。
楽観視などできるはずがない。
常に、最悪な方向を考えておく。
その上で、考え得る限りの、できる限りの手を尽くす。
それが護衛の仕事だろう。
その片鱗がここにある。
たった数日留守にしている間に、ロットベルク家宛に届いた大量の書簡。
恐らく、今後も届くことだろう。
主人のデビュタントボールとなった「花の宴」と異なり、先日の仮面舞踏会は文字通り、仮面を付け、その素顔を完全に隠していた。
仮面舞踏会はローダンセ国内で成人の儀を終えた……、近年ではデビュタントボールを終えた貴族とその子女たち全てに招待状が届けられている。
主人は小柄だが、令嬢の中には似たような体型、容姿の女性がいなかったわけではない。
だから、多少、派手なことをしても、すぐに正体が露見するはずがなかったのだ。
あの国王は、仮面舞踏会を開催するにあたって、「正体に気付いても素知らぬふりをしろ」、「参加者の素性を詮索するな」、「自分から暴露するな」などと招待状に明記している。
だが、随分と口の軽い王族がいたらしい。
―――― 国王陛下と踊った唯一は、「花の宴」にて「白き歌姫」と呼ばれた娘だ
その口から零れた言葉であっという間に、主人の素性が割れてしまったようだ。
尤も、素性と言っても、その「花の宴」にてロットベルク家第二子息の相方としてデビュタントボールに参加した黒い髪、黒い瞳の女性としか知られていないのだが。
その王族はそれを知った国王より叱責を受けたようだが、一度広まった話はもう閉じることはない。
結果として、その王族の言葉は真実と捉えられ、ますます人の口の端に掛かるようになってしまった。
そうなると、それまで興味を持っていなかった貴族たちも、噂になれば興味を示す。
何も知らなった人間も、知ることになる。
ロットベルク家第二子息の書斎は再び、多くの紙で埋まるようになったそうだ。
それらは、噂の真偽を問うものから、女性の素性を探るもの、第二子息との関係の詮索などの事実調査はマシな方で、下半身の緩い貴族やその子息が自分に献上しろという厚顔無恥な申し出も少なからずあった。
尤も、強制的な手段に出ることはないと思っている。
出ようとしたところで、現在、ロットベルク家にはその当人がいないのでどうしようもないだろう。
そして、ロットベルク家第二子息は国王陛下より再三、登城要請を受けるほど特別視されている立場にあり、その魔力は国内でも有数の強さを誇り、他国の王族の血を引いており、さらに言えば、「黒公子」と呼ばれるほど貴族から忌避される存在でもあったのだ。
ロットベルク家当主を脅そうにも、肝心の第二子息が当主の言葉を聞き入れないことは、登城要請を拒絶していた件からも明らかである。
さらに言えば、現在、ローダンセ国内……、件のロットベルク家には他国の王族が長期滞在中である。
魔力の強さから軽く見られることもあるが、各邸内にある「転移門」は、そのカルセオラリアによって維持管理をされている。
その気になれば、カルセオラリアは「転移門」の使用を止める権利を有しているのだ。
それも世界的に。
そして、カルセオラリアの第二王子殿下はその方法も王族として知っている。
「転移門」は、いざという時のために自壊システムを組み込んでいるのだ。
しかも、それは他者が知ってもどうしようもない方法でもある。
―――― カルセオラリア王族の血
基本的にカルセオラリアの王族が関わった機械のほとんどは、その自壊システムを王族の血で制御しているらしい。
だからと言って、それを俺に言うのはどうかと思うが。
あの男は、カルセオラリア城崩壊時に、俺が玉座の後ろに突き飛ばしたことも忘れているとしか思えない。
そして、その話は当然ながら叔母であるアリトルナ=リーゼ=ロットベルク様もご存じである。
いや、「転移門」に関しては、技術の根幹を握っている人間なのだから、トルクスタンすら知らないことも知っている可能性が高い。
そのためにローダンセ王家からは、ロットベルク家には手出し無用とまで言われているほどだ。
だから、ローダンセ国内の貴族たちはロットベルク家に何かを願う時は、書簡などと言う迂遠な手段を取るしかできないのである。
尤もその威光は今の当主世代までで、その子女たち……、若い世代にはあまり届いていないのが現状だ。
ロットベルク家……、いや、アリトルナ=リーゼ=ロットベルク様を怒らせることは、それぞれの邸内に設置されている王城へと続く「転移門」を使えなくなるという認識が全くないらしい。
あるいは、アリトルナ=リーゼ=ロットベルク様とロットベルク家第二子息の繋がりを軽視しているか。
まあ、何にしても、主人が厄介ごとに巻き込まれる公算が格段に上がったことは理解できる。
俺たちはそれを踏まえた上で、毅然としている必要があるだろう。
主人宛の手紙を読んだぐらいで、百面相している愚弟にも改めて言い含めておくことにするか。
尤も、それで全てを未然に防げるはずもないのだが。
それでも、カルセオラリア城の地下で主人の姿を発見した時のような思いを、もう二度としたくないと不遜にも思ってしまうのだった。
この話で128章が終わります。
次話から第129章「動乱、青嵐」です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




