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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟暗躍編 ~

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細かい所が気になる

 静かな空間の中、ぺらり、ぺらりと、それぞれのペースで紙を捲っていく音だけが響いている。


 オレたちは今、同じ部屋で、それぞれの場所を陣取って、自分が手にしている紙と向き合っていた。


 栞に渡されたものは、彼女がいないところで起きた出来事を纏めた紙を綴ったものだ。


 じっくり読み込むようにしているために、本を読んでいる時よりもゆっくりとした速度で紙を捲っていることが分かる。


 時折、首を傾げて少し前の紙へと捲り直したり、思いついたように兄貴やオレを見るが、それぞれが自分自身の目の前の紙と向き合っているために、声をかけることはしなかった。


 何か分からないことがあれば、聞けと言っているのに。


 兄貴も当然ながら栞の視線には気付いているようだが、彼女から声をかけるまで待つことにしたらしい。


 まあ、確認は大事だから、栞は後から纏めて聞く可能性があるだろう。


 兄貴は栞が寝ていた間に、ローダンセに一度戻り、オレたち宛に届いていた書簡を受け取ったらしい。


 城にある転移門ではなく、大神官から使用許可を得ている聖運門を使っての移動であるため、聖堂間しか行き来はできないという点はあるが、セントポーリア城下にもローダンセ城下にも聖堂はあるため、大陸を超えた移動であっても何も問題はない。


 栞が叫ぶまではその書簡を別室で精査していたが、()()()()()()目を離さない方が良いと判断したのか、同じ部屋の壁際で紙を捲っている。


 いつものように、それで本当に内容が頭に入ってくるのか? と、疑問に思いたくなるような速度で次々と紙を変えていくが、時々、顔を顰めているので、ちゃんと読んでいることはよく分かる。


 気に食わないことがあったか、書かれている文字が雑だったり、誤字脱字が多かったりすると、あんな顔をするから。


 そして、オレはというと……、入り口に近い場所に座り込んで、兄貴が先に目を通した書簡を読んでいた。


 だが、正直なところ、今、握っているこの紙の両端を固く握りしめて、何も考えず左右に強い力で引っ張ってやりたい衝動を抑える方が大変である。


 いや、この紙に限らず、先ほどから読んでいる紙のほとんどがそうだった。


 何も知らない野郎どもが、見た目だけで評価して、上っ面だけを飾った言葉だけを並べ立てているのを読まされるのは、かなりの苦痛を伴う。


 今、読んでいるのは主に栞宛に届いた書簡だった。

 貴族の子息からの物が圧倒的に多い。


 栞の名前を知らないためか、「白き歌姫」、「紅き花」、「麗しき舞姫」など、本人が知れば頭を抱えるような言葉が並んでいる。


 栞がロットベルク家第二子息と行動を共にしていなければ、「深窓の御令嬢」、「神秘の姫君」などの異名が追加されていたと思う。


 だが、なんとなく気付いていたが、ローダンセには色ボケ野郎しかいないらしい。


 ローダンセにいた時は、本人の前で読むことがなかったためにそこまで気にならなかった端々の細かい所まで妙に気になってしまう。


 ―――― その蠱惑的な唇で私を惑わして


 勝手に迷っとけ。

 そして、二度と出てくるな。


 ―――― 貴女には責任を取る義務があります。


 知ったことか。

 そんな義務、責務なんざ存在しねえ。


 ―――― 嗚呼、愛しい貴女はどんな声で私を呼んでくださるのでしょう?


 そんな未来はこの先も来ねえ。


 ―――― 黒公子などに仕えるなど人生を(なげう)つような行為です


 余計なお世話だ。


 ―――― 哀れな貴女を救いたい

 ―――― どうか我が手をお取りください


 お前は婚約者がいたよな?

 なんで、他の女を口説いているんだ?


 そんな風に一言ずつツッコミたくなってしまうため、恐らく、オレが一番、読む速度が遅くなっている。


 だが、許して欲しい。

 感情のまま、破り捨てる愚行を冒していないだけマシだろう。


 オレに渡された紙は綺麗なものだった。

 つまり、兄貴はオレのように紙を握りしめていないということになる。


 まあ、今の様子を見る限り、紙に八つ当たりしていないだけで、感情を乱すことなく、というわけにはいかないようだが。


 兄貴はそれぞれの思惑、言い分を理解しろと言って、オレにこれらを渡した。

 だが、腹立たしさが先立ってしまうのだ。


 せめて、感情移入できるほど情熱的な手紙があれば違ったかもしれない。

 まだ気分的にも楽だったし、共感もできた可能性もある。


 だが、栞に送りつけられた書簡のほとんどは、ローダンセには定型文でもあるのか? と、思うほど似通った文面なのだ。


 いっそ、同じ人間が考えたと言ってくれた方が気も楽になっただろう。

 だが、全部、筆跡が違うし、細部は違うのだ。


 つまり、皆、同じように頭がおかし……、同じような思考回路をしていると考えるより、決まりきった定型文(テンプレート)があると考えたかった。


 丸写しとは芸がないが、まさか、他の人間も同一の宛先に送っているとも普通は考えないか。


 深読みをすれば、意図的なものを感じなくもない。

 こんな所でも、栞はローダンセの人間たちに試されている……、とかな。


 だが、二回ほど参加した舞踏会や、それ以外の場所でローダンセの人間たちを観察、調査をしてきたが、どうも気が緩んでいるというか、どこか隙が多い印象があったのだ。


 近年のセントポーリアは文官も兵も緊張感が漂っている。

 国王陛下が能力主義になったからだろう。


 気を抜けば蹴落とされる危険性もある。

 尤も、蹴落とす側にも相応の報いはあるようだが。


 能力主義の国王陛下が、他者を蹴落とすような人間を評価するはずもないのだ。


 イースターカクタスは国全体が隙を見せてはいけないと認知されている。

 どこの国も情報国家の国民というだけで末端から王族まで全て油断することはないだろう。


 ストレリチアは、神官たちが常に自分よりも上位の立場にある人間から観察され、試されている。

 だから、常に気を張っていると言っても過言ではない。


 オレたちは立場上、貴族と接することはほとんどなかったが、あの若宮が相手をしたくないと思う程度には面倒らしい。


 カルセオラリアも緊張感はあった。


 貴族らしい貴族と接する機会はないが、隙を見せたら簡単に罠に嵌めてくるようなヤツらがいるし、何より、王族に仕えている人間たちは一癖も二癖もある。


 だが、それらの中心国と比べるとローダンセは明らかに格下だと思えてしまう。

 まるで、世界会合のクリサンセマムのように。


 歴史だけ見れば、カルセオラリアよりは古いはずだが、重厚さがなく薄っぺらなのだ。

 貴族だけでなく、王族もそうだ。


 国王陛下は流石に騙し合いに慣れているようだが、それ以外の王族はどうも緊張感に欠けている印象が強い。


 貴族たちも、仮面舞踏会で栞たちを分かりやすく追いかけたりする単純な人間が多かった。

 根回しはともかく、最低限の裏取りすら、行う様子がなかったのだ。


 普通に考えれば怪しむべきなのに。


 この世界において、舞踏会で円舞曲(ワルツ)を踊るような国はローダンセしか実施していない。

 いや、それどころか、楽器を使った演奏自体がかなり珍しいのだ。


 それが事前に仕込まれたかのように完璧な演奏、それも人間界の一部しか知らないような楽曲だったのだ。


 さらにそれに合わせて円舞曲(ワルツ)を完璧に踊る男女。


 どう考えても怪しさ満点だったのに、その部分を疑うヤツを全く見かけなかったのだ。


 ―――― ローダンセの人間は()めておけ


 どこかの国王陛下の声が蘇る。


 ―――― あの国ではシオリ嬢を護れない


 ああ、そうだ。

 あの国王陛下が言う通り、栞を悪い方向へと追い込む国なのだろう。


 単純で短慮な人間が多い国だからこそ、選び取る手段が限られてくる。


 そして、同時に、まともな倫理観……、良識があれば行わないことも平気でできてしまうのだ。


 それに栞が巻き込まれる可能性が多分にある。

 ローダンセの貴族だけでなく、王族にまで関わってしまったから。


 いや、状況的にロットベルク家第二子息に関わった時点で避けられなかったとも思う。

 それだけ、ローダンセの根幹……、いや、暗部に触れていた人間だった。


 事前にそこが分かっていれば、またオレたちの取る方法も変わっていただろうが、今更、言っても仕方がない。


 オレたちにできるのは、これまで通り、栞を護ることだけ。

 それ以上の……、国の浄化とか、断罪とか、幇助などは手に余るものとなる。


 だけど、栞がそれを望んだら?

 オレはどう動くべきなのだろうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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