増える異名
暗闇の中にたった一人。
それを淋しいと思ったことはなかった。
同じ暗闇にいた母親とその友人がいたから。
それはワタシを導き護ってくれる強くて眩しい光。
眩くて眩くて、近くにいるだけでも自分まで焦がされてしまいそうで。
だから、その二人は自分のモノではないとなんとなくは気付いていたのだ。
だけど、ワタシは自分だけの明かりを知ってしまった。
その光が優しく温かいことを知ってしまった。
一度は、それを失ってしまったけれど。
もう一度、光たちを手に入れた時は、どんなことがあっても絶対に手放さないとそう思っていたのに。
その光たちを失ってしまったら、今度こそ耐えられる気がしなかった。
だから、ワタシは自分自身の意思でそれを手放すと決めたのだった。
****
「わたしの照明魔法って、雄也が使った照明魔法の真似なんだよね」
わたしがそう言うと……。
「兄貴の?」
「俺の?」
そんな風に同時に返す仲良し兄弟。
「うん。暗くて絶望的な状況で目が覚めた時に見た光だったせいかな。凄く安心する光だった」
昔、ゲームで見た「照明魔法」の方が、印象は強いかなと思ったのだけど、やはり現実の方が目に焼き付いたのだろう。
そのためか、わたしが使う照明魔法は、あの時の照明魔法によく似た柔らかいけど温かな光になっている。
真っ暗な中、目を覚ました時に見たとても安心する光。
「絶望的な状況……、だと?」
九十九はそう首を捻るが……。
「ああ、カルセオラリア城だね」
雄也さんはすぐに思い至ったようだ。
あの時は、九十九が傍にいない珍しい状況だった。
だから、九十九が知らないのはおかしなことではない。
「はい。目が覚めた時、真っ暗な中、変に揺れていた時、わたしの名を呼ぶ雄也の声を聞いて、それで……」
思いっきり、何かに頭をぶつけたことを覚えている。
ああ、そうか。
今にして思えば、アレは魔名じゃなかった。
―――― 栞ちゃん
だけど、聞き慣れた声と言葉を聞いて、酷く安心したことを覚えている。
「わたしは、まだ生きているって思ったんですよね」
そして、その後、その姿と照明魔法の光を見たんだ。
綺麗な光と、綺麗な男性。
機械国家の第一王子殿下を背負いながら、その顔も身体も傷付いてボロボロだったのに、それでもわたしを気遣って笑ってくれた雄也さん。
「あの時見た綺麗な照明魔法が、わたしの照明魔法の元となっています」
あの時のことを何度か思い出す。
地獄に仏。
絶望的な状況での雄也さんはかなり心強かった。
あの時、あの場所に、この人が現れなければ、わたしの意思を尊重した上で、さらにわたしを助けに来てくれなければ、わたしは生きていなかっただろう。
だから、九十九が言う通り、わたしの照明魔法は変わらない。
「光れ」
わたしが一言、そう口にすると、浮かび上がる小さな光球。
良かった。
さっきみたいな眩しい光にも大きくもならず、いつもと同じ優しい光。
ああ、良かった。
あの日、わたしが見た光景は、しっかりわたしの中に根付いている。
「大丈夫でした」
わたしがそう言うと……。
「大丈夫そうだぞ」
「そうみたいだね」
九十九と雄也さんもわたしの掌に浮かんだ小さいけれど、周囲を照らす程度の明るさを持った光球を見る。
「兄貴の照明魔法に、似ているか?」
「照明魔法に、そこまでの差異を感じた覚えはないな」
「まあ、あまり他人が照明魔法を使う現場に立ち会わないからな」
検証大好き兄弟は、そう言いながらまじまじと、わたしの手の上に浮かんだ光を覗き込んでいる。
凄く当たり前だけど、美形兄弟は遠くから見ても、触れられるほど近くから見ても、やはり美形である。
兄弟だけあってとても似ているけど、その細部がちょっとずつ違うことがよく分かる。
この二人が並んでこんなに近くにいるのはかなり珍しい。
九十九が傍にいて、雄也さんが少し後ろでその様子を観察していることは多いけどね。
折角だ。
この機会に、この目にしっかりと焼き付けておこう。
眼福、眼福、っと。
「ところで、何故、これまでの経緯説明書を見ていたはずの栞ちゃんが、魔石を使って魔法を暴発させることになっている?」
「ああ、栞が記録を読んでいる間に、抑制石の装飾品を付けていないことに気付いてな。その流れで魔石の付いた指輪の話になったんだよ」
「指輪? ああ、指輪か」
九十九の話を聞いて、雄也さんがわたしの指を見た。
その指輪はぐらぐらと揺れている。
「抑制石が付いた指輪は、栞ちゃんにはあまり意味がないからね。石を目立たせては意味がないし、指輪だと取り付けられる場所も限られている」
九十九と似たようなことを言われた。
やはり、指輪は難しいらしい。
いや、九十九はもっと実用的な部分も言っていたか。
「抑制石はこの森にいる間は要らないと思っていたけど、ないと不安かい?」
雄也さんがその指輪を見ながら、そう確認する。
「いえ、そこまで気になっていたわけではないので、今だけならば、なくても大丈夫です」
確かにあの大量の抑制石は、わたしの体内魔気の強さや質を他の人に気付かせないようにするためのものである。
この場所にいる限り、わたしの気配は漏れない。
さらに、この森を自由に行き来できる人間は限られている。
万一、誰かに気付かれたとしても、ここは自然結界の効果で、方向感覚が狂ってしまう森なのだ。
だから、気配を頼りにしても、ここまで辿り着くことはできないだろう。
そして、その限られた数少ない人間であるこの二人は、わたしの体内魔気をよく知っているのである。
何も問題はないね。
「それに、気高く美しいモレナ様が言うには、栞ちゃんはまだ回復中だ。変に体内魔気を変化させない方が良いだろう」
そう言いながら、雄也さんはわたしの前に跪くと……。
「だから、悪いけど、これらは外させてもらうね?」
足の装飾品から外していく。
これはさっきも見た構図。
だけど、雄也さんの手付きで、凄く丁寧に足に触れられて、装飾品を外す仕草にドキドキする。
「言われてみれば、そうだな」
「へ?」
雄也さんの言葉に九十九が同意したかと思うと、わたしの手を取り、先ほどよりも丁寧に装飾品を外し始める。
こ、これは……っ!?
お姫さまの図!?
美形な従者たちに傅かれて、自分が身に着けている物を外されているって場面はお姫さまとかお嬢さまにしか許されないのではないだろうか?
いや、彼らから身に着けている装飾品を外されることはよくあるのだ。
装飾品の構造が複雑すぎて、わたしが自分で外せないという情けない理由があるためである。
だが、二人同時にそれを行うというのはかなり珍しい。
それだけ早く外した方が良いということか。
まあ、よく考えなくても、わたしは王族の血を引いているわけで、公式的な身分はなくても、それを知っている彼らからすれば、立派にお姫さまなのかもしれない。
「ところで、栞ちゃんはどこまで読んだ?」
「わたしが外に出た後の会場の様子ですね」
「その辺りは、トルクから聞いたものが多いから、分かりにくかっただろう?」
そうだったのか。
確かに彼らはわたしが外に出てから、そんなに間を置かずに近くにいた。
そうなると、王族たちの様子が細かく描写されていたのは、トルクスタン王子がそちらを気にしたからだろう。
九十九も雄也さんも、会場の人たちを誤魔化す手段として魔法を使用している。
王族なら、それらを見破ることもできるかもしれない。
トルクスタン王子はそれを警戒してくれたのだと思う。
尤も、王族の誰もできなかったみたいだけど。
あの夜、わたしたちがいた露台に他の人間たちは現れなかった。
わたしとライトは最後まで誰に邪魔されることなく、会話ができたのだ。
それはわたしの護衛たちが、完全に、邪魔しそうな人たちを防いでくれたのだと思う。
「それなら、また続きを読んでくれるかい? それを読み終わってからじゃないと話ができないからね」
「承知しました」
つまり、これからの話は、あの夜にあったことを前提とした話となるのか。
それなら、しっかり読まなければいけない。
九十九も急がず読み込めって言っていたしね。
「お前はこっちを読め」
「あ?」
雄也さんはさらに九十九にも課題を渡すようです。
わたしが手にしている2冊の冊子よりも分厚い冊子が6冊?
「主人宛に届いた手紙だ。それぞれの思惑、言い分を理解しろ」
「分かった」
「ちょっと待ってください? それ、全部、手紙ですか!?」
九十九が平然と受け取っているのが信じられなかった。
「そうだね。いろいろな所から届いた手紙だよ」
「初っ端から、心が折れそうな文章が並んでいる気がするんだが?」
一瞥した九十九がげんなりとした顔をする。
「ああ、一番上の束は主人宛の美辞麗句が並んだ神官たちも苦笑してしまうような詩が散りばめられた恋文だからね」
「こっ!?」
いや、それ以上に神官たちが苦笑してしまうような詩って何!?
あの神を賛美する物を超えるってことですか!?
「『白き歌姫』宛にも届いただろ?」
「いや、こんなに数はなかったよ?」
そして、その名前は止めて欲しい。
「ああ、全部は見せていなかったからね。今度の通り名はアンゴラウサギ仮面様が名付けた『紅き花』らしいよ?」
さらりと言われたけど……。
「通り名が増えた!?」
「あの国、異名が好きだよな」
そんな名前に見合わないのに。
「俺もまだ全部は読み切っていないから、皆で一緒に閲覧でもしようか?」
雄也さんはそう言いながら、何故か楽しそうに笑ったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




