魔法増幅効果の魔石
こうなることは必然だった。
魔法に慣れていたオレでも魔力の制御ができなかったのだ。
だから、オレよりも魔法に不慣れな栞はもっと大変なことになるだろう、と。
案の定、やらかしやがった。
一般的に「魔法の増幅効果」がある魔石というのは、もともと魔力が強い人間が使うようにはできていないらしい。
あるいは、「魔法の増幅」という言葉に対して、魔力が弱い人間が抱く理想と、魔力が強い人間が抱く希望では、その意味が違うのかもしれない。
「ひぎょええええっ!?」
色気のない悲鳴が栞の口から飛び出す。
パニック映画のゾンビに出会ったかのような叫びだった。
だが、栞が出会ったのはゾンビではない。
いつものように一言魔法で掌に小さな光球を浮かべようとした栞は、恒星のような眩しさを放つ大きな光を超至近距離で直視してしまったのだ。
何故、オレは同じ場所にいたのに、それを食らわなかったのか?
単純な話だ。
予想していたから、遮光眼鏡をかけただけである。
以前、ミタマレイルの光を覗き込む時に使ったのはサングラス……、色付き保護メガネだが、今回は、それでは足りないと思い、万全を期した。
太陽も直視できる遮光効果抜群の眼鏡など、日食の観察以外で使うとは思っていなかったが、何でも「備えあれば患いなし」ってやつだな。
「目が、目があっ!?」
どこかの悪役のようなことを言っているが、今回に限り同情はしない。
今回、オレはちゃんと忠告したのだ。
だが、それを全く気にせず、栞は行動に出た。
毎回、人の話をちゃんと聞かないこの女が悪いのだ。
「栞ちゃん!?」
兄貴が血相を変えて飛び込んでくる。
先ほどの光ではなく、栞の体内魔気の変化に反応したのだろう。
あの「暗闇の聖女」は、栞の魂を修復し、今は魔力の回復中だと言っていた。
そのためか、いつもよりも弱っているが、実体化した後はその存在を感じることができるようになっている。
だから、嘗血した兄貴も、栞の体内魔気の変化には敏感になっていた。
「何が……、あった?」
「自爆」
「は?」
兄貴はオレの言葉に理解不能という顔をした。
だから、オレはもっと分かりやすい言葉を選ぶ。
「栞の魔力が暴発した」
「「暴発!? 」」
オレの言葉に問いかけた兄貴だけでなく、目を押さえている栞も反応する。
だが、先ほどの現象はそう言うことだろう。
「魔石による『魔法増幅効果』の影響下にある状態で、『照明魔法』を使ったために、必要以上の魔力が魔法に込められたんだと思う」
だが、まさか、あそこまで大きくなるとは思わなかった。
精々、明るさが増すぐらいだと思っていたが、光球そのものも大きくなっていたのだ。
普段、どれぐらい栞が繊細な魔法の使い方をしているのかがよく分かる。
「お前の犯行ではないのだな?」
「犯行って……」
ちょっと酷くないか?
「栞、目に痛みは?」
兄貴は放っておこう。
「目が眩んだだけで、痛くはない」
ようやく回復した栞がオレの問いかけに対してそう答える。
よく見るとその瞳には涙が滲んでいた。
だが、痛みがないのなら、羞明や角膜炎などの目の疾患や眼精疲労の可能性はないと判断する。
涙を浮かべているのは、手っ取り早く、目に潤いを持たせるための生理的なものだろう。
つまりは、乾燥防止だな。
「めまいや頭痛は?」
「ない」
覗き込んでみるが、視線はしっかりしている。
この様子だと光による影響はほとんどないだろう。
直後はその眩しさで目が眩んだようだが、それだけで済んだ。
「そこまで心配してくれるなら、なんで、あの時、止めてくれなかったの?」
不服そうに桜色の唇が付き出される。
彼女の目の状態を目視確認するために覗き込んでいたこともあって、その距離はかなり近い。
思わず、生唾を呑み込みそうになるのを堪える。
ここで惑わされてはいけない。
「ところで、九十九」
そこで、天の声か。
悪魔の誘いか。
「なんだ?」
兄貴が声を掛けてきたことで、オレは栞から離れることができた。
だが、今回は閻魔の裁きだったらしい。
地獄の釜の蓋が開く音を聞いた気がした。
オレの襟ぐりを掴まれたが持ち上げることはせず、その顔を引き寄せられる。
「お前、責任はとれるんだろうな?」
「責任?」
何の話だ?
兄貴が小声で確認されたために、オレも思わず小声となる。
栞は聴覚を身体強化したことはないため、この大きさなら聞こえることはないだろう。
「主人の魔法だ」
「あ?」
「先ほどのお前の行動で、また主人の魔法が不安定になったらどうする?」
そこで兄貴が何を気にしたのかを理解した。
責任とはそういうことなのだろう。
だが、言おう。
それは杞憂に終わる、と。
「今回、栞の魔法の暴発は、明らかに『魔法増幅効果』のあった魔石によるものだ」
あえて、オレは栞に聞こえる声に戻す。
「そもそも、何故、そんな魔石をお前が持っているのだ? 必要なかろう?」
兄貴も同じ大きさの声になった。
「リプテラで目に付いたんだよ。これまで見たこともなかったし、実際、どんな効果かを見たこともなかったからな」
兄貴が言うように、オレには必要がないものだ。
だが、自分の魔法を増幅すると言われて、興味を惹かれない魔法使いはいないだろう。
店員も抑えられているオレの魔力を一般よりも弱いと感じたから、売りつけるためにそう説明したのだろうし。
市井に生きる庶民に魔力などほとんど必要ない。
魔法はあれば便利だけど、なくて困るものでもないのだ。
生活魔法と呼ばれるような補助魔法だって、それに代わる道具は山ほどある。
そして、庶民は、貴族のように魔力の強さが社会的地位に繋がるわけではない。
寧ろ、魔力があると暴発、暴走の危険があるため、ない方が良いぐらいなのだ。
それでも、リプテラにいた時は、町の管理者の別邸で世話になっていた関係で、出入りの商人たちから貴族に仕える人間と誤認されたのだろうなとは思う。
貴族に仕えるなら、その体内魔気に当てられる可能性もあるため、魔力が強いにこしたことはない。
だから、「魔法増幅効果」の魔石をオレが手にしても、ごく自然に受け止められたのだと思う。
「栞。さっき、魔法を使った時の状況を説明できるか?」
「眩しかった」
そりゃそうだ。
間近であんな魔法を見たら目も眩む。
だが、オレが確認したいことはそこじゃない。
「それは結果だ。その過程の説明はできるな?」
オレがそう問うと、栞は少し、考え込んで……。
「魔法を使う時の体内魔気の流れ、集まり? が、指や手ではなく、その魔石に勢いよく向かって行ったことは理解した」
そう自分の状態を分析した。
栞はアホな言動は多いが、馬鹿じゃない。
そして鈍くもないし、理解力もある。
オレと同じような現象が起きたなら、感じたこともそこまで離れてはいないだろう。
規模が違い過ぎるだけだ。
「ほう?」
兄貴も栞の言葉に興味を惹かれたようだ。
この様子から、兄貴はミヤドリードの忠告を律義に護っていたらしい。
オレたちはミヤドリードから、「魔法増幅効果」のある魔石を手にする機会があっても、絶対に使うなと言い含められていた。
その魔石はあくまでも、魔法が不得手、不自由で、魔力の弱い人間のためのものだと。
他人を傷つけることができるほどの魔法を使える人間は、一般的にも魔力は弱くないと判断される。
だから、幼いガキ時代に、王族から嫉妬を受けるほどの魔力を持っていたオレや兄貴の魔力が弱いとは思っていなかった。
その魔石は確かに魔法を増幅させるけど、それは、体中の魔力をその石に集めて一気に放出させるそうだ。
オレが試しに使った時も、その石に魔力を吸われていく気がして、魔法の発動を途中で止めたが、栞の場合は……。
「でも……、石が……」
指で揺れる指輪に付いていたはずの魔石は、綺麗サッパリ消滅していた。
多分、栞の魔力の出力に耐えられなかったのだろう。
それもミヤドリードから言われていたし、実際、実演された。
込められる魔力や流れ込む魔力が強すぎると、魔石の方がその出力に耐えられなくて粉になることも同時に教えられたのだ。
ミヤドリードが手にしていた魔石は、その指輪に付いていた魔石よりもずっと大きかったが、気付いたら粉となっていた。
あの時、ミヤドリードが使ったのも「照明魔法」だった。
この城下の森で、眩しすぎて目を閉じても、この網膜に焼き付くような強い光を放たれた記憶が、今となっては懐かしい。
しかし、栞の場合は粉にならずに完全に消滅している。
そのことはちょっと恐ろしい。
「魔石が栞の魔力に耐えられなかっただけだ。気にするな」
「でも……」
青い顔をしている栞を見ると、少しだけ罪悪感があった。
オレはこの結果を予測していたが、栞は知らなったのだ。
「無理矢理、魔石に魔力付与をしたようなもんだ。勝手にお前の魔力を吸おうとした石の自爆だ。お前は悪くない」
「魔力……付与なのか……」
栞は魔石に魔力を込めることが苦手だ。
それは水尾さんも同じである。
意外にももっと魔力が強そうに見える真央さんは得意である。
彼女は練習の成果だと笑っていたから、相当、魔力操作を努力したのだろう。
「魔石の効果で、無理矢理引き出された魔法なんて、自分の意思とは関係ねえよ。栞はそれぐらいで揺らがない。特に『照明魔法』に関しては明確なイメージがあるみたいだからな」
栞が初めて使ったのは目晦まし……、閃光魔法だった。
だが、その後に、照明魔法も使いこなしている。
その時点で、栞には光に関してしっかりした想像力が働いていることになる。
「イメージ? ああ、あるね」
だが、ここで栞は、オレだけでなく兄貴すら意表を突く言葉を吐いた。
「わたしの照明魔法って、雄也が使った照明魔法の真似なんだよね」
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