魔力抑制の装飾品
「話が持ち上がったのが、その兄の方じゃなくて良かったな?」
九十九が意地悪そうな顔をして笑う。
「あ~、ヴィバルダスさまは確かに苦手だね。さっき言ったことに加えて、金遣いも荒いらしいし、会話もできないし、女性好きってとこもマイナスかな。何より、婚約者がいるのに会ったばかりのわたしに向かって『側妻になれ』とか……、正気を疑う」
いくら、女性好きでも程があるだろう。
自分に婚約者がいるのに、実弟の婚約者候補に向かって言って良い台詞だとは思えない。
「まあ、阿呆だからな。仕方ない」
「辛辣だね」
その言葉からも、九十九も苦手な人のようだ。
ちょっと安心した。
男の人からの視点だと受け入れる人だっているだろう。
実際、ヴィバルダスさまの言動を、第三王子殿下はそこまで咎めていないようだし。
「お前に無礼を働いた男だからな。しかも、オレや兄貴にも粉をかけてきやがったぞ」
「へ?」
粉?
「それは物理的な意味ではなく、慣用句的な意味でしょうか?」
「物理的に粉を掛けられたら、それを被るのはオレや兄貴じゃねえな」
九十九は楽しそうに笑った。
つまり、ヴィバルダスさまから口説かれたってこと?
「屋敷で遭遇した時、全身を舐めるように見られた上、『気に入った。弟に仕えるより俺の愛人になれ』とか抜かしやがったから、目撃者ともども、昏倒させた」
「節操ないな~」
つまり、女性なら誰でも良いらしい。
まあ、ルーフィスさんとヴァルナさんはわたしよりも美人さんであるけどね。
「いや、お前に対しては『側妻』。オレや兄貴に対しては『愛人』だから、ある意味、礼節は弁えている」
結局のところ、見境なく女性を口説いているのに、礼節とは一体……。
「ああ、その後、水尾さんと真央さんにも言い寄ったらしいが……」
「命知らずな!?」
「ブチ切れたトルクスタン王子から、兄貴が引くほどの制裁を加えられて、オレが治癒魔法を使うことになった」
「しかも、トルクスタン王子が!?」
切れるなら、水尾先輩だと思ったが、違ったらしい。
しかし、雄也さんが引くほどの制裁って相当じゃない?
「水尾さん曰く、『出遅れた』と」
「それは、水尾先輩にしては珍しいね」
即断、即決、即魔法の人なのに。
「殺さないように出力調整する必要があるからな。尤も、その準備よりも早く、トルクスタン王子が殴っていたらしいから、どちらにしても水尾さんが魔法を使うことはなかったと思うぞ」
「魔法国家の王族は本当に大変だ……」
どんなに怒り狂っても手加減をしなければならないのか。
「だけど、本当に女性好きな人って、見境ないんだね」
話には聞いたことがあるけど、実際、目の前でやられると本当に嫌な気持ちになる。
「それも人によると思うぞ? 女好き、色好みと言われるヤツでも、相手の顔、体型、性格、言動、地位のどれかに拘るヤツもいるし、全く拘らないヤツもいるらしいからな。それらにしても、許容範囲については、個人差があるし、オレには理解できんから何とも言えん」
「九十九が理解できなくて、良かったよ」
心の底からそう思う。
「まあ、あの男は魔力が強い人間に惹かれているようだから、精霊族の血もあるかもしれん」
「へ?」
「言い寄っている相手の大半が、自分よりも魔力が強い女だ。顔、体型、性格は関係ないようだから、あの男の好みの基準が、魔力の強さなんだろう」
魔力の強さが基準。
それなら、分かる気がする。
「でも、わたしも、水尾先輩や真央先輩も、魔力を抑制する装飾品を付けて、今は付けてないけど、あの時は付けてたよ?」
だから、わたしの魔力が弱いと誤認したヴィバルダスさまは魔法勝負を仕掛けてきたんじゃなかったっけ?
「だから、精霊族の血なんだろう? 深層魔気……、身体の奥にある魔力を嗅ぎ取ったんだと思う」
「ほへ~」
そんなものがあるのか。
「それより、魔力を抑制する装飾品……、オレが持っている分だけでも付けとけ。後で追加購入しておく」
「あ、ありがとう。助かる」
わたしはモレナさまによって、この城下の森に連れて来られたのだが、装備品ゼロというRPGゲームでも稀な状態にされていた。
せ、せめて、下着ぐらい着せてくれていたら、この兄弟たちの前で、あんなに恥ずかしい思いを何度もする必要はなかっただろう。
だが、モレナさまが言うには、人工物を何も身に着けていない状態の方が、その時のわたしにとって良かったと言われてしまったので、なんとも言えない気分になる。
わたしの体内魔気……、魔力の強さは、この城下の森から出なければ分からないだろうけど、出てしまえば自力で押さえ込むしかないのだ。
でも、雄也さんは何故、御守りの相談をした時に何も言わなかったのだろう?
「幾つあったかな」
そう言いながら九十九は次々と装飾品を取り出していく。
だけど……。
「多くない?」
予備として持つとは思えない量の装飾品が出てきた。
「最近、水尾さんと行動するようになって知ったんだけどな。あの人、大きめの魔法を使う時、抑制石をぶっ壊すことが増えたんだよ」
「ほげ?」
それは、抑制されていないのでは?
「だから、いつ壊しても良いように、抑制石付きの装飾品を持ち歩くことが増えたんだが……」
「つまり、これは水尾先輩のための装飾品の予定だったってことだね?」
わたしのための予備ではなく、水尾先輩のための予備。
そう思った途端、自分でも嫌な感じの声が出てしまった。
ああ、分かりやすい焼餅だ!!
水尾先輩が悪いわけでも、九十九が悪いわけでもないのに、わたしが勝手に嫌な気持ちになっちゃってる!!
「いや、違うぞ」
「へ?」
だけど、九十九は不思議そうな顔でわたしを見た。
「これはオレがお前のために選んだ装飾品だ」
九十九がそう言いながら、その中の一つだけを取る。
「手を出せ」
「えっと……、でも、さっきは……?」
そう言いながら、わたしは右手を差し出す。
「あのな~、オレは水尾さんのために準備した装飾品をお前に付けるなんてことはしないし、その逆もありえない」
九十九はわたしの右手を取って、手にしていた装飾品……腕輪を嵌める。
「双方に失礼だろ?」
そう言いながら、九十九はその黒い瞳をわたしに向ける。
「そ、そうかな? 無駄にしないから良いのでは?」
「アホか。オレが嫌なんだよ」
節約を口にしたら、アホ呼ばわり。
わたしの護衛は食材とかの値切りはするけれど、ケチではない。
寧ろ、質の良い物に関しては、しっかりとお金を使う人である。
「でも、こんな装飾品って安いものじゃないよね?」
「まあ、王族の魔力に耐えられる石を探すのは大変だし、確かに高いことは否定しない」
そう言いながら、次の腕輪を嵌める。
握られている手が酷く熱い。
これは、抑制石の効果?
それとも、別の要因?
絶対に別の要因が大多数だよ!!
「だけど、お前の身を護る大事な物だからな。妥協もしたくないんだ」
恥ずかしい!
逃げ出したい!!
でも、この護衛から逃げられる気がしない!!
「自分で付ける!!」
「いや、着けた直後の効果を見たいから、全部、オレに着けさせろ」
「え? これ……、全部を?」
一体、幾つあるのでしょうか?
これ、予備じゃなく、最早、フル装備では?
「魔石は相性もあるからな。大丈夫な物を選んだつもりだが、お前の体内魔気に染まった後変質して、反発を起こす可能性もある。一つずつ、様子を見ながら付けたい」
「でも、報告書……」
「これを付けるぐらいの時間なら何も変わらねえよ」
九十九は真面目な顔でそう言う。
そこに他意はないのだろう。
だけど、腕輪を二つ付けるだけで緊張した。
雄也さんに自分の気持ちを言ったせいだろう、前以上に意識してしまっている。
「えっと、お願い……、します?」
だけど、九十九がわたしのことを考えてくれているのに、恥ずかしいからって断るのは絶対に違うよね?
緊張はするけど、嬉しい気持ちも確かにある。
「なんで、疑問形なんだよ?」
そう言いながらも九十九も嬉しそうだった。
でも、同時にちょっとひっかかりを覚える。
―――― 水尾先輩にも、こうして付けてあげたの?
腕輪を付けた後、わたしの背後に九十九の気配を感じた時、ふと、そんな醜い疑問を抱いてしまったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




