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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 大樹国家ジギタリス編 ~

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商業樹の夜

 ジギタリスの商業樹にあった宿は、全部個室となっていて、それぞれしっかりした壁で仕切られていた。


 広くはないけれど、各部屋にバス、トイレはちゃんとある。

 まるで、ビジネスホテルのシングル部屋って感じ。


 いや、ビジネスホテルなんて実際に行ったことはないのだけどね。

 漫画で見たぐらいだ。


「水の出し方は……。良かった。セントポーリアのと同じだ」


 食事は、備え付けの通信珠を使って部屋から注文する形となっている。ルームサービスってやつだった。


 グロッティ村みたいに宿の中に食堂のような場所はないようだ。


 通信珠の使い方は分かるから……、問題はないだろう。

 多分。


 しかし、通信珠ってかなり高いものじゃなかったっけ?


 あの九十九が目を輝かせたスクーターと言い、本当にお金がある国なのかもしれない。


 窓は磨りガラス状でしっかり填め込まれて、開閉できないタイプだった。


 窓が開けられないようになっているのは、宿の直ぐ外に、露店が建ち並んでいるためかも知れない。


「……」


 毎度のことながら、一人になると途端に暇になってしまう。


 部屋に備え付けてある通信珠は、受付にしか繋がらないみたいだから、任意の人を呼び出すことができないようだ。


 明日の待ち合わせの時間まで、どうしようか。


「あ、そうか……」


 わたしにはもう一つ呼び出す方法があった。


 服に隠した小さな珠を取り出す。

 ここではあれだから、外に行こう。


 この場所は、魔法は使えなくても通信珠の方はちゃんと使えるってことだから大丈夫だろう。


「九十九、かも~ん!」


 外で呼び出す。

 でも、いつもみたいに彼はパッとは現れない。


「あれ?」


 すると、不機嫌な顔をした九十九が入口から出てきた。


 ここでは瞬間移動が使えないから、歩いてきたようだ。


「お前……、用もないのに呼び出すなよ」


 呼び出した時の声でなんとなくそう判断されたらしい。


「用はあるよ。ちょっとその辺りを歩きたいから、護衛をお願いしたかったの。近くなら迷わないでしょ。ここの宿、大きくて目立つし」

「……オレは犬か」

「九十九が犬なら、わたしは護衛を頼まないよ、絶対!」


 きっぱりと断言する。


 わたしは犬が苦手だから、確実に逃げ出す自信がある。

 走ってしまうと追いかけられると分かっていても、その辺は本能みたいなものなのだ。


「?」


 九十九は疑問を浮かべたようだ。


 あれ?

 彼に犬が苦手って言ったことなかったっけ?


 まあ、大したことじゃないから良いのだけど。


「良いから、行こう。夜の露店って昼とは少し違う雰囲気なんだもん。オーバ村では夜は外にいたし」

「オレには屋台が並んでいるようにしか見えないがな」


 樹の中だというのに、普通に夕方の色になり、夜の暗さになった。

 でも、お日様や月はやっぱり見えない辺り、何かの効果なのかも知れない。


 露店はちゃんとライトアップされていて、その効果なのか、昼間よりも良い物に見える。


 本来、夜の戸外で光を出すと、真っ直ぐ光の線が伸びると思っていたけど、必要なところ以外に光が伸びていない。


 不思議だ……。


「昼間と出ている店が違うな」


 言われてみると、昼間、喫茶店だったところが飲み屋みたいな雰囲気を出していたり、同じ店でも並んでいる商品が違っていたりするのに気付いた。


 そんな風にいろいろ見ている間、スクーターと何台かすれ違う。


「まだ……、見つからないのかな……、脱走王子さま」

「みたいだな」


 九十九はあまり興味がないような返答をする。


 でも、一体、どんな王子さまなんだろう?


 城は、本当に抜け出したくなるほどつまらないのか。

 それとも単にその王子が不良なだけなのか……。


「王族ってヤツはホントに個性が強いってことか……」

「そうなの?」

「セントポーリアの王子は強引で我が儘。ここの王子殿下は脱走の常習犯。水尾さんは、気性が激しい」

「ひどい言われようだね」


 それらを個性で片付けて良いのか、疑問は残るけど。


「それに……、一応、お前もだろ?」

「え?」

「非公式でも国王陛下の血を引いてるんだから」

「……自覚はないけど」

「そんなの、いきなり出るモンじゃないだろ。どちらにしろ、オレたち兄弟とお前たち2人は本来、住む世界が違うのは事実なんだけどな」


 ―――― ちくんっ


 あれ?

 何だろう……。


 今、少しだけ……、どこかが痛かった?


「どうした?」

「いや、なんでもないよ」


 気を取り直して歩く。


「ん?」


 ふと九十九が足を止めて、周りに視線を向ける。


「どうしたの?」

「誰か……、尾行(つけ)ている気がする……」


 九十九がポツリと言った。


「は?」

「少し、走れるか?」

「え? う、うん!」


 突然のことで混乱しているけど、九十九に手を引かれて走り出す。


「セントポーリアか、忘れた頃にミラージュのヤツらか。どちらにしても、あまり良くはないな」

「宿に向かったほうが良くない?」

「いや、兄貴も水尾さんもどこかに出かけているみたいだ。部屋に気配がなかった。それにできるだけ他人は巻き込みたくない」


 そうだった……。


 ミラージュのあの紅い髪の人はまったくわたしたちに関係ない他人を巻き込むことなんて平気だったんだ。


 わたしは、九十九の判断に任せることにした。


「じゃあ、どこまで?」


 わたしの体力は一般的な魔界人ほどないのだ。

 長距離になるとかなりつらい。


「とりあえず……。止まろう」

「え?」

「気配が消えた」

「消えた……?」

「勘違いだったか……、オレ()見失ったか……」


 胸がドキドキしてる。

 走ったせいもあるけど……、この状況に。


「お、悪い」


 九十九は繋いだままだった手を離した。


 それがなんか少し残念だった。


 ……ってなんで残念になんて思うんだろう?


 九十九がわたしの手を握ることなんて初めてじゃないのに。


「魔力感知もできやしないか……」

「でも、なんで尾行(つけ)られてるって分かるの?」

「あんまり馬鹿にするなよ。オレだって多少は兄貴に揉まれてるんだ。視線と気配と魔力は別物だ」

「そんなことまでスパルタ教育されてるんだね……」

「ああ。ちょっとした格闘術とかな」


 九十九は「スパルタ教育」部分は否定をしなかった。


「幸い、人間界にも剣道や空手、柔道ってのもあったし、兄貴以外から得られることもあったよ」

「そう言えば……空手やってたね。小学校の時……」

「おう! 黒帯持ちだぞ」

「は~」


 黒帯って確か、そこそこ上だったよね?

 それって柔道だっけ?


 空手はあまり良く知らないけど、自信に満ちた九十九の顔から低くはないのかなと思う。


「中学の部活は陸上を選んだ。瞬発力や体力を養うのに適していたからな。剣道場にも通った経験はある。柔道は……、ちょっと合わなかったから選ばなかったが、授業で少しだけやったぞ」

「常に鍛えていたのね」

「そう言うことだな」


 わたしがのんびりと普通の日常を送っている陰で、九十九や……、恐らく雄也先輩も常に己を磨き続けていたのだろう。


 いつか来るであろう、わたしの非日常に備えて。


 そして、今が……、その時なんだ。


「頑張ってきたんだね」

「おお。何度も死にかけたぞ~。兄貴はオレをいじめるのが趣味なんだ。根っからのサドだから」


 九十九の言う「何度も死にかけた」……。


 その言葉が比喩であってほしい。


「九十九が妹なら良かったのにね」

「……それは考えたことがなかったが……。身内には厳しそうだぞ、兄貴」


 そうかな?

 雄也先輩なら妹を可愛がりそうな気がするけど。


「もう大丈夫そうだな。……と、ここで待っててくれ」


 周囲を見渡していた九十九が、不意に何かに気付いたように言った。


「え?」

「そこのべ……、トイレ。分かっているとは思うが、知らない人に付いていくなよ」

「わたしは子どもか!」


 そう言って……、九十九はすぐそこの建物に行ってしまった。


「トイレには流石に……、ついていけないもんね」


 それに……、、トイレの前で待つってのもなんかイヤだし。


 そう言えば、少し前のオーバ村でわたしも同じことをしていた。


 今、思うと、ちょっと悪かったかな?


 仕方がないから戻ってくるまで言われたとおり、大人しく待っていよう。

 この喧噪をのんびりと眺めているのもいいかもしれない。


 そう思っていた時だった。


「嬢ちゃん、ちょっとええやろか?」


 突然、独特のイントネーションを持った声が聞こえたのだった。

関西弁については突っ込みは無しでお願いいたします。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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