順位発表
「あの夜、あの場からお前を攫った犯人は、絶対に捕まらないってことだな」
九十九はそう皮肉気に笑う。
実際に、わたしを攫ってローダンセから連れ出したのは、ライトではなく、モレナさまだった。
そうなると、ライトはあの方から罪を着せられたようなものである。
「でも、王家主催の催し物で誘拐事件が発生した時点で、かなりの大ごとじゃないの?」
かなり、お金のかかる催し物だった。
生演奏、招待客の数、世話役、警備、護衛……。
会場に食事はなくても、休憩する場所や食事できるような部屋もあったらしいから、かなり、予算を必要としたと思う。
それなのに、一人の令嬢がその場から姿を消して、えっと、5日も経過しているのだ。
立派に事件だろう。
「仮面舞踏会で、円舞曲を共に踊って意気投合した若い男女が、その雰囲気に酔って、顔を隠したまま、人目を避けるように会場から出て二人きりになろうとする行為に、事件性を覚えるヤツなんていねえよ」
「おおうぅ」
それはどこをどう切り取っても、密会、逢瀬をする二人ですね。
だけど、九十九の視線が冷たい。
わたしの迂闊さを咎めているのはよく分かる。
仮面舞踏会で良かった。
普通なら、婚約者候補がいながら、別の男性と二人っきりになるなんて、浮気としか思われなかっただろう。
いや、わたしの正体はバレバレだったみたいだから、どちらにしてもアウトか?
「ついでに言えば、常識に照らし合わせるなら、そんな二人を追おうとするのは下世話な目的があるとしか思えん。あれだけ、お前たちの後を付けようとする人間が多かったのが異常なんだよ」
「下世話な目的?」
意味が分からず、わたしが問いかけると、九十九の目が更に鋭くなった。
「一位、覗きや盗み聞き目的。二位、素性調査。三位、男が攫った獲物の横取り。四位、男と獲物の共有。五位はその他ってところか? 兄貴なら別の目的も気付くかもしれんが、オレはこの程度しか思い浮かばん」
そのままつらつらと順位発表される。
「一位と二位は逆じゃない?」
そして、それ以降の言葉はどうかと思う。
まあ、あのライトから獲物を横取りなんてできないとも思うけど……って、この場合の獲物ってわたしのことだよね?
そして、共有ってどうやるの!?
「二人きりになろうとする見知らぬ男女の後を急いで追うなんて、大半は覗きや、密談の聞き耳を立てる以外はねえよ」
九十九は溜息を吐く。
まあ、出歯亀行為はともかく、内緒話だと思って盗み聞きをしようとする人がいるのは理解できる。
そうなると、追ってきたのは情報国家の人とかかな?
「素性調査なら、すぐ後を付ける必要はねえ。城から自宅へ向かう時にこっそり目印を付けて追うのが一番、やりやすい」
「目印?」
「簡易印付け……、自分の魔力を付与した魔石の粉が一番、分かりやすいな」
「へ~」
自分の所有物に魔力を通すようなものか。
まあ、他人の身体に自分の魔力を付与するわけにはいかないもんね。
他人の身体に魔力を通したりするのは、補助魔法でもない限り、加減をしないと反発も凄くなるから、相手に気付かれないようにするのはかなり難しいと思う。
「三位の獲物を奪うって……、かなり乱暴な考え方だよね?」
「そうか?」
だが、九十九はきょとんとした顔をする。
あれ?
わたしの感覚がおかしい?
それとも、男女の差?
わたしが首を捻っていると……。
「別にその方法が力尽くとは限らん。口説いている横から口を挟んで、自分の方へ振り向かせるってだけなら、かなり平和的だろ?」
九十九がそう解説してくれた。
「あ、奪うってそういうことなのか」
つまりは、純粋な魅力勝負!
確かに平和と言えば平和かもしれない。
まあ、それで後から来た人との会話が弾んでしまうと、先に話していた方はかなり複雑な気分にはなると思う。
でも……。
「ライトと話している時に、全く知らない人から話しかけられても嫌だな~」
素直にそう思った。
特に、ライトと話す機会はかなり少ない。
その割に、あの人は話好きなようで、割と、いろいろなことを教えてくれるのだ。
その時間を見も知らぬ人に邪魔されたくはない。
「ナンパする男側には、女の都合なんか関係ねえんだよ」
「ナンパ? ああ、そうか。ナンパになるのか。ちょっと珍しい円舞曲を踊っただけなのにね~」
でも、ナンパなら尚のこと、相手の気持ちを理解しないと成功率が下がる気がするんだけど、違うのかな?
「その珍しい円舞曲だけど、お前、なんで踊れたんだよ?」
「え? ライトの指示通り、ステップを踏んだだけだよ?」
「あ?」
「いや~、雄也さんがステップの種類を教えてくれていたから良かったよ」
そうじゃなければ、トルクスタン王子のように、わたしは何度、あの人の足を踏むことになっただろうか?
「アイツ、あの振り付けを自分で考えたのか?」
それはあの時、わたしも考えたことだった。
「それは分からないけど、少なくとも、『ナチュラルスピンターン6』とか、『シャッセフロムPP6』みたいな用語を知っている人だったよ」
「それなら、付け焼き刃じゃなく、本格的に指導を受けている可能性はあるな」
九十九は唸るようにそう言ったが……。
「でも、わたしも付け焼き刃みたいなものだけど?」
「お前は兄貴だけじゃなくて、リプテラでちゃんと講師からも指導を受けただろうが」
「あ~、そう言えば、そうだった」
ダンスの講師さんから習った印象が薄いのは、その講師さんたちはほとんどトルクスタン王子や水尾先輩と真央先輩にかかっていたからだろう。
特にトルクスタン王子から目が離せなかったようだし。
だから、わたしは基本的な用語と動きを習った後は、ほとんど護衛兄弟と踊っていた気がする。
いや、雄也さんは講師さんたちより動きが良いし、教え方も上手だった。
九十九もその雄也さんから叩き込まれているだけあって、ちゃんと踊れる人だった。
だから、わたし自身は、円舞曲に関して講師から習ったというより、護衛兄弟たちから指導されたとしか思っていなかったのだ。
「ゲーム音楽からの円舞曲は、兄貴も網羅していなかったみたいだ」
「人間界の社交ダンスの教室も、有名なアニメとか映画音楽、クラシック音楽は使っていても、ゲーム音楽は少なそうだよね」
ある意味、かなりマニアックだとは思う。
「あと、四位の共有ってどういうこと?」
「あ? ああ、その二人を追いかけた先で意気投合して仲間に入れて、一緒に話し込んだり、どこか別の場所に行って遊んだりする……、かな? まあ、あんまりねえと思うけど」
九十九もあまり深く考えていなかったのか、整理しながら話している印象だった。
「友人になりたいってこと? でも、あの仮面舞踏会のように顔を隠しながらだとなかなか難しそうだね」
もともと友人だったならそれはなんとかなりそうだけど、わたしはともかく、ライトはローダンセの人間でもないし、人間界に行っていたらしいけど、誰かと一緒ってイメージはあまりない。
「ヤツの手の者が後を付けた可能性はあるかもな」
「それこそないと思うよ? ミラージュの人たちって証拠や痕跡を残さずに動くことを信条としているでしょう? そんな露骨にライトとの繋がりを見せることはしない気がする」
多分、隠すだろう。
わたしたちの後を付けるなんてことをしたら、目の前にいる護衛や、別室にいる護衛が絶対に動く。
実際、見守られたみたいだからね。
そして、それをライトも考えているだろうから、仮に部下や友人があの場にいたら、絶対に繋がりを見せるなと厳命してそうだ。
「まあ、そんなことを考えるより、早く続きを読め」
「おお、そうだった」
今はわたしたちの後を追おうとした人たちのことを深く考えても仕方ない。
それよりも、彼らの報告書をしっかり読まなければ。
そして、わたしはさらに読み進めるのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




