守るものが何もない
「ふみ……?」
どこか、見覚えのある天井が目に入り、今の自分の状況を思い出そうとする。
まず、ここは、コンテナハウスかな?
移動中とかに使ったし、セントポーリア城下の森でも、同じ天井を見て寝起きしていた。
「ああ、そうか……。ここ、セントポーリア城下の森だろうね」
わたしが眠りに落ちるまでの最後の記憶は、セントポーリア城下の森で護衛たちに抱き締められたところだった。
そう、抱き締められてしまったのだ。
それも、二人から!!
いや、どんなテンションだったら、そんな状況になるのか?
健康診断だよ!!
分かってるよ!!
わたしがモテているわけじゃないんだよ!!
だけど、正直、いろいろなところから、いろいろなモノが勢いよく、出そうになったよ。
息とか、心臓とか、魂とか!!
そして、同時に幸せな気分をいっぱい貰えた気もした。
わたしの護衛たちはわたしの心まで癒してくれるらしい。
だが、それはそれとして、わたしは婚約者候補がいるというのに、その人に内緒でこっそりそんなことをしているって最低ではないか!?
いやいやいや!
健康診断!!
そういうことにしておこう。
アーキスフィーロさまには、言わなければ分からない。
そして、わたしの護衛たちはそんな余計なことを報告しないだろう。
隠すことに対して、罪悪感がないわけではないけれど、全てを話せば良いというわけでもないことも、わたしは知っている。
ただ、アーキスフィーロさまの側には、他人の心を読めるセヴェロさんがいることがちょっと引っかかる部分ではあった。
リヒトほど心を読めるわけではないみたいだけど、それでも油断はできない。
その辺りは、雄也さんに話しておいた方が良いかな。
人間と精霊族でも、そういったことに対する感覚は違うだろうし。
「良し!」
方向は決まった。
昨日のことはアーキスフィーロさまに内緒にする!
そんでもって、今から護衛たちと話して、一体、何があったのかを確認する。
「……って……」
今、何時?
もしかして、夜?
それとも、昼?
わたしはどれぐらい寝ていた?
ああ、このコンテナハウスに窓がないから時間が分からない!!
いや、窓があっても、ここは城下の森だ。
つまり、日中でも薄暗い。
何よりも、わたしは外を見たところで、日中か夜かは分かっても、正確な時間など分かるはずもなく……。
「そうなると、通信珠で……」
そこで、自分の胸元を見て、はたと気付いた。
「通信珠が、ない!?」
いや、通信珠だけではなく、いつも身に着けていた三つ魔力珠が付いたヘアカフスとか、それ以外もないのだけど、一番困るのは……。
「楓夜兄ちゃんが作った御守りもない!!」
いつも左手首に身に着けていた御守りがないことだった。
アレは、楓夜兄ちゃんが作った鎖に、恭哉兄ちゃんが法力を込めた法珠があり、九十九がわたしに贈ってくれた特別なものである。
確か、わたしがその法珠の力を使い切ったらしいけれど、アレが左手首にあるかないかで、絶対的な安心感が違うというのに……。
「これは、至急相談しなければいけないことなのでは……?」
法珠付きの御守りがないからって、すぐにどうかなるわけではない。
だけど、この左手首に宿った「神さまのご執心」を隠すための補助の役割もあるのだ。
いや、そんな簡単に恭哉兄ちゃんの「神隠し」は消えない。
それは分かっている。
だけど、やっぱり怖い。
今のわたしには何も、護りがないから。
御守りも、通信珠も、魔力珠も、全部、わたしを守るための物。
そのどれもなくなるなんて、思ったこともなかった。
ずっと何もない生活を人間界で送ってきたのに、この世界に来てからは、常に誰かから護られていたことを思い出す。
ああ、わたしはどんなに魔力が強くなっても、神力を使えるようになっても、肝心な部分が弱いままだった。
誰かさんは、わたしの精神力が強いっていつも言ってくれるけど、やっぱり、そんなに強くないのだ。
せめて、通信珠の予備だけでも、もらえないだろうか?
だが、それを話そうにも、いつも呼び出すための通信珠がない!!
「ああ、どうしよう……」
今の時間が何時かも分からないから、九十九と雄也さんが寝ている可能性はある。
困った。
真っ剣に、困った!!
「うぐぐぐ……」
落ち着け。
何もないなら、どうする?
彼らを呼び出せないのだから……。
「あ、そっか」
呼び出せないなら、自分から向かえば良いのだ。
流石に部屋に突撃はしない。
二人がどこで休んでいるかも分からないし、このコンテナハウスの構造も分からない。
彼らは、コンテナハウスを何種類も持っているっぽいのだ。
信じられる?
人間界のキャンプ用のテントじゃないんだよ?
少なくとも、九十九は多人数用と、二人用を持っているのは確かだ。
その上、予備も準備している。
そうなると、雄也さんは倍ぐらい持っていても驚かない。
彼らは、かなり稼いでいる。
少なくとも、人間界に行ってからの十年間プラスこの世界に戻ってから三年ちょっとの間、ずっと稼ぎ続けている。
通常の、わたしのお守りに加えて、さらに、様々な所で仕事をしているのだ。
……休んでないよね?
ローダンセに行ってからも休みと称して、別の仕事をしていることも知っている。
絶対、休めてないよね?
そう考えると、変に動かない方が正解?
休める時に休んで欲しいとは思っている。
でも、呼ばなかったら呼ばなかったで、かなり怒られそうだとも思う。
「良し!」
いろいろ考えても結論が出なかった。
「良し」と言っておきながら、実は全然、良くない結論である。
まずは、お風呂に行って、ゆっくり考えることにした。
起き抜けの頭でいくら考えても良い結論なんて出ない。
だから、頭をスッキリさせた方が良いだろう。
この部屋には浴室がないようだから、共用ってことだ。
ここには、3人しかいないからね。
個室全てに付けると、割高になるだろう。
その浴室まで往復する際に、二人の内、どちらかに見つかれば、そのまま相談もできる!!
ちょっと他力本願だけど、呼び出すよりはずっとマシだろう。
わたしの気分的に。
そう思って、わたしはお風呂の準備をする。
部屋には、着替え用の袋もちゃんと置かれていた。
あれ?
もしかして、起きた直後にお風呂に入りたくなるところまで読まれている?
いやいや、単純に私物として置かれただけだろう。
だが、着替え以外の物がない。
いつもなら置かれている本もないのだ。
……考えたら駄目だということにしよう。
わたしの考えや行動が彼らに読まれるのは今更の話なのだ。
そして、扉を開けた直後……。
「あ、これ。絶対、起きてるな」
わたしはそう確信した。
何故ならば!!
ぐ~~~っ
わたしのお腹が誘われるぐらいの美味しそうな香りが、通路に広がっているからだ。
この世界では食べられる料理自体が本当に難しい。
同時に見映えや、香りも伴うとなれば、かなり高度な技術が必要となる。
そうなると、厨房はこっちかな?
わたしは、匂いの方向を見る。
明かりがついているから、やはり、誰かいるらしい。
でも、調理中なら、邪魔するのは悪いよね?
わたしはそう思って、もともとの目的地へ向かおうとしたのだけど……。
「ああ、栞ちゃん。そっちには今、行かない方が良いよ」
背後から聞こえたそんな声に呼び止められた。
「あれ?」
厨房と思われる方向から出てきたのは、雄也さん。
いや、雄也さんも料理ができる人だから別に驚くことはない。
だけど、自分の中で、料理は九十九のものってイメージが強すぎるせいか、厨房にいるのは彼だと思い込んでいたらしい。
しかし、兄弟揃って、料理ができるとか、料理って血筋も関係あるのかな?
アリッサムの王族二人は壊滅的だもんね。
「そっちに行かない方が良いって……」
わたしが今、向かおうとしていたのはお風呂である。
そして、雄也さんが厨房から出てきて、その先にはいかない方が良いという。
わたしは、今から向かおうとしていた場所に向かって意識を集中する。
「――――っ!?」
何故、気付かなかったのか?
いつもなら多分、気付いていたと思う。
寝起き?
寝起きだったから?
「今、九十九が汗を流しているはずだからね」
雄也さんが笑顔で残酷な事実を告げる。
「時間をずらします!!」
下を向いて、そう叫んだわたしは正常だと思う。
「見苦しいモノを見たくないなら、その方が賢明だね」
さらに、雄也さんはそんな酷いことを言って、笑うのだった。
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