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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟暗躍編 ~

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精神安定剤

「失礼するよ」


 雄也さんはそう言いながら、わたしを抱き締める。


 これは生存確認とか、存在確認の意味がある行為だ。


 それは分かっている。

 分かっているのだけど……。


 ―――― ふぎょわおうっ!?


 魔気の護り(自動防御)は出なかったけれど、わたしの口から変な声は出そうになった。

 また九十九から「残念な女」扱いされてしまうところだったことはよく分かる。


 だけど、なんというか?

 自分と違う体温って、変な汗が出るよね?


 ううっ、ここまでくっつくと、雄也さんの身体が、しっかり鍛えられた肉体ってことがよく分かってしまう。


 ああ、今、雄也さんの上腕二頭筋が、大胸筋が、腹直筋が、わたしを締めているのだ。

 そんなどこか変態的な思考になってしまうのは何故だろう?


 いや、円舞曲(ワルツ)でも引っ付いているけど、雄也さんと九十九は、アーキスフィーロさまのようにしっかり引っ付かないのだ。


 少しだけ隙間が空くような、ゆとりを感じる紳士的な張り付き方なのです!!


 だから、雄也さんから改めて抱き締められるのは、かなり久しぶりで、かなり恥ずかしい!!


 え?

 この場合、どうするのが正しい?

 わたしもぎゅっとするべき?


 でも、それは何か違う気がする。


 これは再会を喜ぶ抱擁ではなく、健康診断的なものなのだ。

 だから、抱き返すってなんかおかしいよね?


 でも、両腕を下げているのも何か違う。

 いろいろ考えて、わたしの両腕は変な位置に浮いてしまっていた。


「生きているね?」


 手の位置について悩んでいると、雄也さんから確認が入ったので……。


「はい」


 あまり、考えることもなく答えを返した。


 少なくとも、今のわたしは幽霊ではないと思う。


 雄也さんの体温とか、腕や胸の硬さとか、服越しだというのに、ここまでしっかり分かっているのだから。


「本物だね?」

「勿論」


 偽物……、その可能性は考えてすらいなかった。

 でも、雄也さんの立場からすれば、その確認はすっごく大事だと思う。


「痛みは?」

「ないですね」


 魂がどうとか聞いていたけど、痛みは全く感じていない。

 目を覚ます前については分からないけれど、少なくとも、今のわたしの身体に痛みはなかった。


「苦しくない?」

「大丈夫です」


 雄也さんは優しく抱き締めてくれている。

 抱き締められるというよりも包まれている感じだから、苦しさは全くない。


 恥ずかしさと言うか、照れ臭さがかなりあるけどね。


「生きているんだね?」

「はい」


 先ほども確認されたけど、もう一度、確認される。

 でも、これも大事なことなんだろう。


 そう思って、わたしは返事をすると……。


「キミが無事で、本当に良かった」


 雄也さんはそう言いながら、その両腕に少しだけ力を込める。


 普通なら、その行為にときめきを覚えるのだと思う。

 だが、わたしは違った。


 うわあああ!?

 正直、顔が見えなくて良かった!!

 声だけで、その美声だけで、わたしの腰から力が抜ける所だった!!


 なんて、甘くて優しい響きのある声を出してくれるんですか!?

 口説かれているようにしか聞こえない!!

 護衛じゃなければ絶対に誤解する!!

 

 そんな阿呆な思考でいっぱいだったのだ。


「心配かけて、ごめんなさい」


 阿呆な思考に呑まれつつも、わたしはなんとかそんな声を絞り出した。


 実際、雄也さんにも九十九にもかなり迷惑をかけただろうし、心配も掛けてしまったことだろう。


 その挙句、貧相な主人が裸を披露するとか……。

 最早、罰ゲームだよね?


 そんな風に考えていると、雄也さんがわたしの背中に回した両腕を下ろした。

 確認作業が終わったのだと判断して、わたしは、雄也さんから離れる。


 自分以外の体温を感じた後って、その相手から離れた時に少しだけ淋しさを覚えてしまうのは何故だろう?


 人肌が恋しくなるってこういうことを言うのだろうか?


 そんなことを考えている時、()()()()()を感じて、そちらを向く。


 ―――― なんて顔をしているの?


 九十九が酷く不安そうな顔をしていたのだ。


 まるで、迷子が親を探している時、涙を零すのを懸命に我慢しているような、見ているだけで落ち着かなくなってしまうそんな表情。


「九十九も確認してくれる?」


 そんな顔をさせたのが、自分だと思うと、胸が痛くなる。

 どれだけ心配してくれていたのだろう?


「ちゃんと、わたし、生きてるよね?」

「オレに聞くなよ」


 九十九は素っ気ない返事をする。


 彼は時々、素直じゃない。

 だけど、そんな所もわたしは嫌いじゃないから、困るよね?


「わたしの状態は九十九に確認してもらうのが、一番だからね。確認してくれる?」


 そう言いながら、わたしは九十九に向かって両腕を広げる。

 こうすれば、彼は断れない。


 こんなやり方や言い方は卑怯だって分かっているけど、その九十九の不安そうな顔を少しでも落ち着かせたかったのだ。


 勿論、ちょっとだけ下心もある。

 九十九から、抱き締められると、心臓はバクバクと落ち着けないのに、心の方が妙に落ち着くのだ。


 まあ、つまり! 健康確認という名目で、抱き締められたいのです!!


 理由がない限り、九十九がわたしを抱き締めることはない。

 そして、今後はもっとなくなってしまうだろう。


 これは浮気心ってやつかもしれない。

 でも! 女として!!


 好きな人から抱き締められたいと思って何が悪い!?


 なんだっけ?

 立場を利用したセクハラ行為のことを、モレナさまがパワハラとか言っていた気がする。


 あるいは、わたしって、もしかしたら、本当に痴女なのかな?


「分かった」


 真面目な護衛は、そんなわたしの邪な思いに気付かず、そう答えてくれた上で、抱き締めた。


「うぐっ……」


 久々の九十九からの抱擁は、力強い。


 ああ、うん。

 これは包むではなく、締め付けるだと思う。


 予想外の力に思わず、声が出てしまった。

 中身が出なかっただけマシだろう。


 これは、もしかしなくても怒っている?


()()()()()()な」


 だが、九十九はそんなことを口にした。


「その表現はどうなの?」


 突き抜ける予定でもあったような言い方じゃないか。

 でも、先ほどの力では、そこまでではないと思う。


数時間(数刻)前のお前は、()()()()()()()()()()んだよ」


 そこで気付く。

 これは、雄也さんとは別方向の確認なのだ、と。


「あ~、幽霊みたいだったんだね」


 わたしが、彼らに再会した時、何枚も重ねられた羽毛布団に、文字通り埋まっていた。

 布団から人体が突き抜けるというホラー演出だったのだ。


 九十九には、その時の印象が強いのだろう。


「浮遊霊みたいに、壁の通り抜けもできちゃったのかな?」

「壁どころか、オレが出した羽毛布団も、通り抜けていたな」

「あははっ。アレはやっぱり、九十九が出したんだね」


 衣服を身に着けていなかったわたしの姿を隠してくれるために。

 それは、わたしの姿を視ることができなかった雄也さんにはできない気遣いだ。


「生きてるよ」

「ぬ?」


 不意に九十九が口にした台詞に、わたしは変な返しをしてしまう。


 これは好きな人に抱き締められている乙女が発する言葉としてはどうなのだろうか?

 自分でもそう思ってしまう。


「ちゃんと栞は生きて、この世界にいる。オレが触れられるし、声も聞こえる。体温も感じるし、鼓動も聞こえる」


 だが、九十九は気にせず、言葉を続ける。

 わたしの欲しかった言葉を。


「そっかぁ……」


 その具体的な言葉に実感する。


 わたしは、ちゃんとこの世界に戻ってきたのだと。


 九十九に、もっと触れたくて、もっと声を聞きたくて、もっと体温を感じたくて、その鼓動を確認したくて、わたしも彼をぎゅっと抱き締め返す。


 安心させるつもりが、安心させられてしまった。

 本当に、この護衛は、わたしの精神安定剤だ。


 ―――― どくん、どくん


 胸元に耳を付けると、服越しでも確かに聞こえる力強い(せい)の音。

 わたしも生きているし、彼も生きている。


 そのことが本当に、嬉しくて……。


「わたしはちゃんとこの世界にいるのかぁ……」


 そんな言葉を口にした気がする。


 だけど、わたしが覚えているのはここまでだった。


 折角、好きな人から抱き締められていたというのに、どこまでも、わたしは残念な女らしい。


 でも、自分から離れることはできなかったのだから、ちょうど良かったと、そう思うことにしたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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