本質を見失わないように
「クレスノダール王子殿下のお忍びそのものは、日常茶飯事だからそれほど城下も関心があるわけじゃないみたいだ」
それはそれで、王族としていかがなものなのか? と、わたしは思う。
「ただ、城下の者にとってはそうでも城にとっては勿論、違う。それで、兵たちが探しているってことらしい。特に今は時期も良くないからね」
雄也先輩はそう言いながら、肩をすくめる。
「もしかして……、その辺にいてバッタリ会っていたりして……」
なんとなく周りを見回してみるが、そんな高貴そうな人は見当たらなかった。
でも、水尾先輩のようなタイプだったら、確かに会っていても分からない気がする。
「その可能性もあるけど……、栞ちゃんも九十九もあの方の顔を知らないから、気付かないだろうね」
まあ、確かに相手の顔を知らなければどうしようもないのか。
「水尾先輩は会ったことがあるんですよね? 雄也先輩は?」
「俺も何度か遠くから拝見したことがあるよ。仮にも王族だから、近くでお会いしたことはないね」
「どんな人なのですか……? その脱走王子さまって」
雄也先輩と水尾先輩に尋ねてみる。
捜す気があるわけではないが、特徴ぐらい、知っていた方が良い気がした。
「変なあだ名を付けるなよ。オレの事を言われているわけじゃないのに何か嫌な感じになってくるじゃないか」
九十九が自分の胸を撫でながら、奇妙な顔をする。
そんなにおかしな名前をつけた覚えはないのだけどね。
「クレスノダール王子殿下か。俺が見た限りの外見的特徴として、銀色の長い髪で、空のように青い瞳をしていたな」
「え!? 銀髪碧眼なんですか?」
思わず反応してしまった。
「な、なんだ!? その食いつき」
九十九がどこか呆れたように言うが、わたしは気にしない。
銀髪に蒼い瞳なんて……、ゲームキャラや漫画で好まれそうな外見だ。
わたしも最愛のキャラは長い髪ではないが、銀髪碧眼キャラだったりする。
そして、魔界人ってことは、当然ながら魔法使い。
さらには王子さまという社会的な地位まである。
それで美形なら完璧だね!
「まあ、顔は整っていた方かな。なんか人懐っこい犬みたいな印象で……。ああ、なんか軽そうな感じだったのは覚えている。最後に見かけたのは6年ぐらい前だけど、あの性質はそんなに簡単には変わってねえだろうな」
ぬう?
軽いタイプなのか。
でも、その外見ならクール系が好みだなあ……、キャラクターとしては。
「軽そうって……兄貴みたいに?」
「待て、弟?」
九十九の言葉に雄也先輩が反応する。
確かに弟から軽いと言われたくはないのだろう。
「いや、先輩とは違うかな。なんていうか軽さの質が……。先輩は、自分から手を出さず、相手が罠に嵌るまで待つような周到さがあるだろ?」
「ちょっと、後輩?」
水尾先輩は問いかけている体をとっているけど、内容的には明らかに雄也先輩を落としていた。
「外れてねえじゃねえか」
弟である九十九が言う辺り、説得力がある。
「対して、あの王子は自分から手を出し、少しずつ相手を罠に追い込んでいくような印象だった」
「どちらにしても、罠に嵌めるんですね、二人とも……」
「目的は一緒だからな」
そんな包み隠さない水尾先輩の言葉に、雄也先輩は心底、複雑そうな顔をしていた。
でも、そこまで激しく否定する様子もないのは何故でしょうか?
「オレにはその差が分からない」
「要は……、雄也先輩は『泣かぬなら泣くまで待とうホトトギス』タイプで、王子は『泣かぬなら泣かせて見せようホトトギス』タイプってことですか?」
わたしはどこかで聞いたことがある川柳を思い出す。
そうなると、「殺してしまえ」系はどんなタイプなのかな?
始めから奇策を使わずに強引に迫る……とか?
「それは近いけど……。先輩は、女性に直接声をかけずに、相手からかけさせるんだ。すれ違う時に物を落とす……みたいな」
「うわ! 姑息だ、兄貴!」
「いやいや、やってない、やってない」
それまでは落ち着いて突っ込んでいたが、内容が具体的になっただけに、流石に慌てて否定する雄也先輩。
「まあ、そんな古い手を使わずとも、思わせぶりな雰囲気や仕種とかで興味を引くという点では間違っていないと思うが?」
あ、雄也先輩が黙った。
そしてその場面はわたしにも容易に想像できる辺り、大きく外れてはいない気がする。
雄也先輩は、特に何かをしていなくても、人の目を惹き付ける。
未だに近くにいると、緊張してしまうほど顔が良いというのがあるけれど、水尾先輩が言うように表情とか、仕種とかのせいもあるのだろうか?
普通に話している時でも、割と笑みを絶やさずに、安心させるような雰囲気を醸し出している。
さらに、困った時にはさりげなく出してくれる助け船的な発言が、いかにも護られているって感じがする。
しかも、褒め方が巧いし、女心を擽るさりげない言動。
よく考えなくても、モテる要素盛りだくさんだった。
でも、不思議なことに人の多いところだとこの人を何故か見つけることができなくなってしまう。
もしかしたら、一緒に行動したくなくて避けられている可能性もあるけれど、オーバ村では待ち合わせの場所以外では会わなかったし、グロッティ村のような小さな村ですら、彼から声をかけられた時以外は、会うこともなかったのだった。
そんな兄に対して、顔は似ているけど弟である九十九はちょっと違うタイプだと思う。
彼は基本的に小細工を多用しない。
できなくはないけれど、基本的に対話は真っすぐな印象だ。
だから、人の懐に切り込むのはなんとなく九十九のほうが上手い気がする。
頑なな人の警戒心を解くとか、攻略の難しい相手に強そうな印象があるのだ。
ただ失言も多いため、残念な気分にはなる。
仲良くなるほどそれは分かりやすく表れるため、彼は異性に「お友だちでいましょう」と言われやすいかもしれない。
「なんだ、その目は?」
「いや……別に?」
わたしの視線で何かを察したのか、九十九は不機嫌そうな顔をした。
「で、対して王子様は、典型的なナンパ師だ。回りくどいことをせず、普通に声をかけ、女性の心を掴むような会話を繰り広げる」
「おお、正統派のナンパ師だ」
わたしは素直に感心した。
……というか、本当にそんな人っているんだね。
それは少年漫画の世界だけだと思っていた。
もしくは、当て馬のように出てくる少女漫画の脇役とか?
「それってある程度の顔と、度胸と話術がないと難しいよな。あと、自信」
確かに、どちらにしても九十九には向いていないと思う。
素直だし。
「……で?」
「え?」
「妙に詳しいけど、第二王子殿下に口説かれた経験でもあるのかい?」
お。
雄也先輩の反撃が来たかな?
「ねえよ。悪かったな。私じゃなくて、連れが骨抜きにされたんだ……。はぁ、だから、軽い男ってやつは嫌なんだよ」
「……そんな男にひっかかるのも軽い女だと思いますけど」
九十九も何か思うようなところがあったのか、そう口にした。
「そんなの見え見えじゃないですか。そんなのに掛かるのは女の方も軽かったって事でしょう?」
ま、一理ある。
一理あるけど……。
「分かっていても、長く会話を続けていると、本質を見失ったり錯覚を起こしたりしちゃうもんだよ」
わたしは九十九にそう言った。
長く会話を続けるってそれだけで好意的な感覚を引き起こす気はする。
嫌いな人間と長く会話はできない。
だから、逆に長く話し続けられるというのは嫌いじゃないって考えることはあるだろう。
「なんだよ、お前もそ~ゆ~感じなのか?」
九十九の目はどこか懐疑的だった。
そんな目で見られても困るなあ。
「分からない。今までにそんな口説かれ方をしたことがないから。ただね……」
「ただ?」
「今のわたしたちは間違いなく本質を見失っている状況だと思うよ」
「「あ゛……」」
わたしがそう言うと、九十九と水尾先輩はようやく思い出したようだ。
「はい。今度は良く気付きました」
雄也先輩はにっこりと微笑んだ。
「行き詰まると、現実逃避したくなるものですからね」
わたしもそう返事する。
テスト前に妙に部屋の片付けをしたくなったり、テスト期間中にお絵描きしたくなったりとかよくある話だった。
受験前にもカラオケに逃げたくなったなあ……って、気のせいか、テスト関係ばっかりだね。
でも、それすら、今となっては懐かしく思えてしまうものばかりなのだけれど。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




