不思議な言葉
祝・六周年
今後ともよろしくお願いいたします。
『時間はなさそうだから、手短に言うよ。今の今代の聖女の状態は、魂の修復が完了して、魔力を少しずつ身体に馴染ませているところ。ここまでは良いかい?』
「はい」
その話は、ここに連れて来られた時に聞いた。
だからこそ、このセントポーリア城下の森なのだとも思う。
まあ、正しくはわたしが連れて来られたのは、セントポーリア城下の森を映し出した精霊界だったらしいけど、今は、人界の方に戻って来れたことは、護衛たちからわたしの姿が見えたことからも分かっている。
『いつもなら問題ないのだけど、魂が少し弱った直後だからね。本来の魔力が身体に馴染んでからじゃないと、魔法力の回復が始まらないんだ』
「本来の魔力?」
魔力に本来もそれ以外もあるのだろうか?
『少し前まで、その肉体にあった今代の聖女の魔力と神力に、ちょっと別種の神力が混ざっていたからね。そのため、体内を巡る魔力がいつもと異なる性質になっているんだよ』
鏡の中のわたしはそう言いながら困った顔をして言葉を続けていく。
『ある程度、魔法力が体内に残っていれば多少混ざったところで、それでも回復できるんだけど、今回は完全に枯渇してしまっていたからね。肉体が魔力の変質を感じ取って慣らすことを優先しちゃって、魔法力の回復に時間がかかっているんだよね』
「別種の神力?」
いろいろ気になる所はあったけれど、わたしが一番気になったのはそこだった。
そもそも、なんで、そんなことになっているのだろうか?
『ああ、別種の神力は、あの紫の坊やの物だよ。接触した上に、神への言葉……、祝詞を合唱したせいだろうね。その時、ちょっと混ざったみたいなんだよ』
紫の坊や……、ライト?
「ライトは無事なんですよね?」
わたしの魂の修復が必要だったなら、あの人はどうなった?
最後に見たライトは、わたしよりもずっと大丈夫そうだったけれど、あの人は調子が悪くても隠してしまう人だ。
だから、無理していても、わたしが気付けなかった可能性はある。
『生きてるよ』
モレナさまの言葉にホッと胸を撫で下ろしかけて……。
『無茶した今代の聖女よりも、ピンピンでガチガチだよ』
「ガチガチ……?」
そんな不思議な擬態語を聞いた気がする。
いや、ピンピンは普通に元気ってことだよね?
でも、この場合のガチガチって何?
震えている?
それとも、筋肉が強張っている?
ああ、擬態語って、人によって解釈が違う言葉もあるから、本当に難しい!!
『死を覚悟していた人間が、いきなり、寿命が引き伸ばされたんだ。それも愛しい女の手で。生への渇望は深まり、己の欲望も高まり、自分じゃ制御できない日が暫く続くと思うよ。まあ、あの紫の坊やも若いから仕方ない、仕方ない』
モレナさまが解説してくれたことで思い出す。
そう言えば、わたしはライトから告白されたんだった。
自分の気持ちも整理しないといけないけれど、あれについても、ちゃんと考えなければいけないよね?
『反応が薄いね? もっと過剰に反応するかと思ったんだけど、予想外、予想外』
「過剰に反応?」
『紫の坊やのムスコが暫くの間、馬鹿になっていて、さあ、大変って話だよ』
そんな話だったっけ?
ムスコ?
……。
…………。
………………。
ああ、殿方の事情ってやつかな?
「馬鹿になるとどうなるんですか?」
『この純粋さが眩しい!? そこで待機している兄か弟かに聞けば教えてくれると思うよ』
鏡の中のわたしはからからと笑っている。
なんというか、違和感が凄い。
「弟に聞いたら怒られる気がします」
『兄に聞けばいいじゃないか』
「それはそれで気まずいんですよね」
その手の話は九十九の方が聞きやすい。
怒られるけど。
雄也さんに対しては、ちょっと慣れていないので話しにくいのだ。
いや、答えてくれるとは思う。
それも懇切丁寧に。
だから、余計に困るのだと思う。
『長くて5年だよ』
「え?」
告げられたのは何の期限か分からず、問い返す。
『紫の坊やの封印。まあ、たった数カ月程度しか封印できなかったクソ坊主よりもずっと凄いけどね。流石、『封印の聖女』の血だね』
モレナさまによって、明確な区切りを知ってしまった。
ライトの封印は長くても5年しかもたない。
それまでに、わたしは方向を考えなければいけないのだけど……。
「短ければ?」
モレナさまならば、それも視ているはずだ。
わたしが関わることだから、視えにくくなってはいるけれど、ライトの中にいる神は、本当に傍迷惑で周囲のことを考えない。
だから、ライトの肉体を利用して受肉したなら、自分の本質を思い出して、人界を破壊しつくしてしまうことだろう。
もともと破壊の神ナスカルシードさまは、その名前のとおり、目に付いたものを全て壊そうとしてしまう神らしい。
なんでそんなことをするのかは分からない。
通常状態で話が通じないらしいから。
あの「封印の聖女」と対峙したのは、その一部、中途半端な器に馴染む前の不完全な状態だったから、「封印の聖女」を破壊するに至らなかったのだと思う。
何度か過去視で、その存在を視たけれど、よく分からないモノだったことだけは覚えている。
そして、できれば、会いたくない種類の神だってことも。
だから、蘇らせたくはないし、何よりライトの肉体を使うなんて論外だって思っている。
そんな気持ちだけでなんともならないから現状があるのだろうけどね。
『短ければ、2年ぐらいかな。まあ、あの様子なら、紫の坊やは20歳までは持ちそうだ』
2年と5年ではかなり違うと思ってしまった。
だけど、数カ月先も怪しかった状況から、年単位の安心は保証された。
そう思うことにしよう。
『あの紫の坊やの心が弱ったり、自暴自棄になると、もっと短くなるかもしれないよ?』
何の保証もなかった。
でも、こればかりはあの人を信じるしかない。
わたしにできることなんて、祈ることぐらいだ。
『理解が早くて助かるよ。あんなものを何とかしてほしいとか言われても、困るところだった。ただでさえ、神々は、ワタシたち精霊族とはかなり相性が悪いからね』
その割にモレナさまが神力を使える気がするのは不思議である。
『精霊族は神の遣いであり、神の代行者でもあるからね。純血ならば神力をちょっと借りることはできるよ』
そう言えばそうだった。
特に上位の精霊ほど、神々からその力を借りることができる……、らしい。
恭哉兄ちゃんから聞いたことはあるけれど、その辺りはあまり勉強していない。
『まあ、ワタシから言えることは、今代の聖女はもう少し休養が必要ってことだね』
「どれぐらいでしょうか?」
あの日からどれぐらい時間が経っているかは分からないけれど、あまりローダンセから離れない方が良いよね?
トルクスタン王子や水尾先輩や真央先輩には事情が伝わっているかもしれないけれど、それ以外の人たちには話せないことが多すぎる。
何も知らないアーキスフィーロさまからすれば、わたしがいきなりいなくなったようなものなのだ。
だから、心配しているかもしれない。
『う~ん。精霊界と回復量が違うようだから、一週間から十日ぐらいかな? まあ、今代の聖女には魔法力がどれぐらい回復しているかを可視化できる護衛がいるから、彼に聞けば、ばっちぐ~だよ』
そう言いながら、鏡の中のわたしは右手を前に突き出して、親指を立てた。
「ばっちぐ~?」
『おおっ!? ここでまさかの世代格差!?』
いや、意味は分かる。
確か、「バッチリグッド」の略でとても良いとか、完璧っぽい意味だったはずだ。
久々に聞いたから、すぐに反応できなかっただけである。
そして、妙に頭に残る言葉だった。
『ああ、護衛たちがいるから感応症が働くのか。それならもっと早い、早い』
気を取り直したモレナさまがそう言った。
『二人に抱き締めて寝てもらいなさい。魔法力回復のためなら、嫌とは言わないはずだから』
「そんな立場を利用したセクハラは嫌ですよ」
『ああ、パワハラってやつだね』
「パワハラ?」
『ああ!! 時代が違うっていちいち会話が難しい!!』
よく分からないけれど、時代が違うってことは、古い言葉なのかな?
いや、セクハラの類似品なら、未来の言葉かもしれない。
モレナさまは未来まで視通せるため、時々、未来の情報が口に出ることがある。
前に言っていた「女子会」っていうのがその代表例だね。
日本語は常に進化し続ける言語だったから、今もわたしが知らない言葉が生まれているのだろう。
『そろそろ、護衛たちも痺れを切らしそうだから、退場するけど、その前に、ちょっと言っておこうかな?』
「なんでしょう?」
『今代の聖女じゃないよ。外で「待て」をしている忠犬たちにだね』
やっぱり犬扱いらしい。
『どうせ、聞き耳を立てているんだろ? そろそろ愛しいご主人様を返すよ。いろいろ悪かったね。3日の期限については、確かに今回のワタシは言っていなかった。ああ、主人を助けた礼なんか要らないから、このままさよならするよ』
一気にそんなことを言うと、鏡の中のわたしはさらに笑って……。
『またね、今代の聖女』
そう言った後、何も言わなくなってしまったのだった。
主人公は、パワハラって言葉が生まれる前に、この世界に来ているため知りません。
年代的には同時代になります。
そんなどうでもよい補足はおいておいて……。
とうとう、毎日投稿七年目に入ります。
毎年、ストックが割とギリギリとなっており、毎日投稿がかなり大変となりつつありますが、今年もなんとか頑張ろうと思います。
ここまでずっとお読みいただき、ありがとうございました。




