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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟暗躍編 ~

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当たり前の幸せ

 ゾクリとした。


 直後、低く、低く、それはもうすっごく低すぎると言えるほどの冷えた重低音が耳に届く。


 私がこの気配と声を間違えるはずがない。


「九十九……」


 雄也さんの身体に隠されて、まだ姿が見えないもう一人の護衛の名を呟く。


 でも、姿や表情が見えなくても分かる。

 九十九がかなり怒っていることに。


 え?

 なんで、こんなにも殺気に似た気配を漂わせているの?


 しかも、その対象はわたしではなく、雄也さんに向けられている。


 直接、わたしに向けられなくても、分かってしまうぐらい肌に突き刺さってくる鋭利な刃物のような気配。


 わたしの姿に怒るなら分かるのだ。

 素っ裸なのだから。


 でも、それを隠してくれている雄也さんに怒りを向ける理由が分からない。


 あれ?

 もしかして、九十九は何か誤解している?


 わたしが服を着ることができなかった経緯を知っているのだから、雄也さんが無理矢理、姿を隠していた場所から引っ張り出したと思っているとか?


 いやいやいや、わたしが勝手に抜け出したのだ。

 わたしがそう言おうとして……。


「ああ、()()()


 落ち着いた声がそれを阻んだ。


「丁度良い。()()()()()()()()()()()()ところだった」

「あ?」


 殺気を向けられた側とは思えない雄也さんの言葉に、九十九は怪訝な声を出す。

 まるで、おつかいでも頼むかのように。


「急いで栞ちゃんの着替えを一式出せ。俺は全てを預かっていない」

「あ?」

「へ?」


 さらに続けられた台詞に、九十九とわたしの声が重なる。

 その言葉の意味を理解したのは当然ながら、九十九の方が早かった。


「袋の指定をしろ」


 雄也さん越しに聞こえる声に対して……。


「へ?」


 わたしは先ほどと同じように、間の抜けた声を出すしかなかった。


 いや、袋?

 袋って?

 袋とはなんぞや?


()()()()()()()()()()()だよ」


 そこまで言われてようやく意味を理解する。


「ああ。えっと、黄緑、青、赤で」


 ローダンセで自室を与えられてから、自分の私物を九十九から出してもらうこともなくなっていたから、反応が遅れた。


 下着などを含めた普段着は部屋の箪笥に収納しているし、登城する時の衣装は、雄也(ルーフィス)さんの更衣魔法か、九十九(ヴァルナさん)が準備してくれる。


 だが、今回、雄也さんが更衣魔法を使わなかったのは、わたしが下着を預けていなかったからだろう。


 更衣魔法は持っている服、触れている服のみ、その効力を発揮するらしい。


 雄也さんが所持しているわたしの服の中に、ドレスの下に着用する補整下着(コルセット)腰枠(クリノリン)はあっても、普段使いの下着はなかったのだ。


 そして、九十九には下着が収納された袋を預けているが、流石にそのものは預けていなかった。

 だから、わたしが口にしなければどの色の袋に下着が入っているかは分からないだろう。


 尤も、何度もわたしの所持品を出し入れしてくれている九十九のことだから、いちいち指定しなくても、もう覚えているとも思っている。


「そこに着替えができる場所を出したよ」


 わたしの近くに指定した袋が下ろされる気配があって、足元に三色の袋が並ぶと同時に雄也さんがそう言ってくれた。


「ありがとうございます」


 以前、九十九も、ここで試着室みたいなものを出してくれたけど、雄也さんも似たような物を持っていたらしい。


 でも、ちょっとデザインが違う。


 九十九が出したのは、普通に周囲を囲っているだけだったけれど、雄也さんは(姿見)付きである。


 つまり、人間界の洋品店や洋服売り場にある試着室そのものだった。


 しかし、彼らは本当にどんな事態を想定していたのだろうか?

 いや、実際、役に立っているのだから、何も言えないのだけど。


 だが、下着も何も身に着けていない状態で(姿見)に自分の身体を映すのはちょっと恥ずかしい。


 だから、迷うことなく最優先で下着を着用した。

 これだけで安心感が違う。


 防御としては頼りないけれど、下着って身に着けると落ち着くよね?


「うわあ……」


 さらに、袋から適当に取り出した服に手を通すと、別の感情が湧く。


 服を着るというごく自然なこと。

 だけど、それだけのことがとんでもなく嬉しく思えたのだ。


 手を合わせると音が鳴り、頬を叩くとぺちぺちと音がする。

 両腕で自分の身体を抱き締めると温かい。


 そんな当たり前のことが、こんなにも幸せに思えてしまう。


 訳が分からないまま、モレナさまに精霊界に連れて来られて、まさかの素っ裸で放置。


 そして、そこでどれぐらいの時間を過ごしたかが分からないけれど、気が付けば、二人の護衛が傍にいた。


 わたしの姿が視え、少しだけ声が聞こえた九十九と、声だけがはっきり聞こえる雄也さん。


 二人の姿を見て安心したのは確かだけど、同時に、彼らの声は聞こえないし、触れることもできなかったのが、酷くもどかしかった。


 だけど、同時に疑問も湧く。

 わたしは本当に戻ることができたのだろうか?


 戻ったとしたら、何故?

 単純に時間経過しただけ?


 教えて、偉い人(モレナさま)


『魂の定着に時間はかかるよ』

「ふぎゃああああっ!?」


 いきなり、目の前の()()()()()()()()()、わたしは奇声を上げてしまった。

 久しぶりのホラー要素!?


『教えてって言うから答えただけなんだけど、叫ぶなんてなかなか酷いねえ』


 鏡の中のわたしから、モレナさまの声がして叫ばずにいられる人なんていないと思う。

 だが、()()()()()がわたしを襲う!!


「栞!? ()()()()!!」


 外から、有能な護衛が外から声をかけてきたのだ。

 さっきの悲鳴のせいだろう。


「ストップ!! 待って!! 着替え中!!」


 思わず、試着室の入り口を両手で押さえた。

 有無を言わさず開けなかっただけ助かったと言って良いかもしれない。


「今の叫びは!?」

「大丈夫!! ()()()()()()()()()()()!!」

「全然、大丈夫じゃねえ!!」


 それでも開けるのは留まってくれたらしい。


 いや、ほとんど着替えているから見られることは大丈夫だとは思うのだけど、まだボタンが中途半端なのである。


 どうせなら、着替えた完成品を見て欲しい。


 いや、そこじゃなくて……。


「大丈夫だから、開けるの待って!!」


 わたしがそう叫ぶと……。


「本当に、大丈夫なんだな?」

「うん。後で話すから、少しだけ待っていてくれる?」

「…………分かった」


 九十九はそう言って引き下がってくれた。


『おやおや? 助けを呼ばなくて良かったのかい?』

「今、この場に第三者が現れたら、モレナさまは()()()()()()でしょう?」

『へえ?』


 鏡の中のわたしは含みのある笑みを浮かべる。


 自分の顔を客観的に見るって結構、辛いものがあった。


 わたし、()()()()()()()()()()()んだな……。

 気を付けよう。


『そうだね。今代の聖女が考えているとおり、()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()よ』


 鏡の中のわたし……、モレナさまはそう言った。


 やはり、そうか。


 わたしと初めて会う時に、護衛が全くいない状況を望まれた。

 多分、必要以上に人に会いたくないのだろう。


 今の姿は鏡の中のわたしの姿だけど、その意識はモレナさまのものだ。

 よく分からないけれど、何らかの制約があるのかもしれない。


『ワタシは必要以上、人類に接触するのは好まない。本体は当然だけど、力を分けた分身や力から作られた幻影であっても、その相手にどんな影響があるか分からないからね』


 今回のような幻影はともかく、分身もできるのか。

 世界各地で「盲いた占術師」の目撃だけが残るわけだ。


 でも、わたしの前に姿を見せたのは何故だろう?

 わたしにも多少なりとも、影響はあるはずだよね?


『流石にあのままじゃ、説明不足だろ? ちょっとだけ補足しておこうと思ってさ』

「ありがとうございます」


 確かに「魂の定着に時間がかかる」って言葉だけで姿を消されてしまっては、何のことか分からないままだった。


 恭哉兄ちゃんなら分かるかもしれないけど、複雑な顔をしながら説明される気がする。


『暫くは今代の聖女の夢に渡ることも難しそうだからねえ。悪いけど、()()()()()()()()()()よ』


 モレナさまはわたしの夢に入ることができる。

 だが、今は入れないらしい。


 ここがセントポーリアだからだろうか?

 どこかの聖女の意思とかが、優先されてしまうのかもしれない。


『でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かな。あの様子だと、いつまで『待て』ができるか分からないね』


 そう言いながらもわたしの姿をしたモレナさまは楽しそうに笑った。


 でも、その言い方だと、九十九が犬みたいで嫌だな。

 かなり複雑な気分になってしまうけど、そこがモレナさまの狙いだと思う。


 わたしを怒らせようとしているのか、それ以外の感情を引き起こそうとしているのかは分からないけれど。


『いやいや、結構、結構。じゃあ、話してあげようか』


 モレナさまは嬉しそうに、話の続きをしてくれるのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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