言葉を失う
わたしは好きな人の兄に自分の気持ちを告白しました。
うん、いろいろおかしいことは分かっている。
でも、当人に告げることができないのだから仕方ないじゃないか!!
気持ちが受け入れられないのは良いのだ。
告白したところで両想いになれないことは始めから分かっていることなのだから。
だけど、好きな人から軽蔑されることは避けたい!!
それが、乙女心ってやつである。
それでも、やはり緊張はした。
彼らは兄弟だけあって、似ているのだ。
そのため、相手から自分の姿が視えないことは良かったと思う。
多分、お前は誰が好きなんだ? と思われるぐらいには顔が茹でダコ状態だっただろうから。
雄也さんが大人な男性で良かった。
茶化すこともなく、否定することもなく、普通に受け止めてくれたから。
いや、普通なら嫌だと思うのですよ?
自分ではなく、弟への告白。
本人に直接言えよと自分でも思う。
だけど、本人には言えないのだから仕方がないだろう。
それを雄也さんも理解してくれているから、安心して、その後、ちょっと余計なことまで言ってしまった気がする。
でも、九十九への気持ちを口にして、暫く経ってから、落ち着いてからの方が、自分の顔が熱くなっている気がするのは何故だろう?
いや、正しくはそんな感覚もないのだ。
だから、これは経験から来る錯覚なのだろう。
でも、熱い。
これは、頭を冷やすべき?
『雄也、ちょっと泳ぎます!!』
わたしがそう言うと、雄也さんが目を丸くしたのだけは分かった。
だけど、その返事を待たずに、湖に飛び込む。
いや、今のわたしには彼の声が聞こえないか。
水の中に飛び込んだ感触は、やはり全くなかった。
あの水の中にいる独特の感覚は、肌に感じない。
でも、それなのに不思議と泳げている。
水底に沈まず、かといって、完全に浮いてるわけでもなく、微妙な場所にいる状態を泳いでいると言っても良いかは迷うところであるが。
しかし、素っ裸で泳ぐなんて物心ついてからは初めてだ。
この前、この湖で泳いだ時は、水着ではなく、「神装」の一番下に着る「神衣」を身に着けていた。
あの時の記憶を頼りに進んでいくと、キラキラした小さな魔石っぽいモノが目に入った。
確か、この辺ならば浅かったはずだ。
これらの魔石は確か、前に見た彼らのお父さんが作ったと思われる魔法契約用の魔法陣の一部だった。
えっと、延滞魔法? だったっけ?
あの時、わたし自身は識別したその結果は覚えていないけれど、九十九が確かそんなことを言っていた覚えがある。
雄也さんも、少し前にこの魔法陣を見たはずだよね?
裸を見られてしまったわたしと、その直後に逃げ出してしまった九十九が気まずい状態になっていた時に、湖へと潜っていたはずだ。
何気なく、手を伸ばす。
この魔石たちは、底に固定されているために外れなかったはずだ。
そして、今のわたしには触れることもできない。
―――― コツン
あれ?
指先に確かな手応えがあった。
それを意識した途端……。
『うぐ……?』
妙に息苦しさを覚え、反射的に水面に向かう。
「ぷはぁっ!!」
跳ね上がった水飛沫が、球体に変化する。
それらが、ミタマレイルの花の光に照らされ、キラキラと反射して輝いたのが分かった。
「ふえ……?」
突然の、幻想的な光景に目を奪われながら岸に上がると、どこか茫然とした様子の雄也さんと目があった。
あれ?
目?
それを意識すると同時に、柔らかい物に包まれて、そのまま強く圧迫された。
「すまない。反応が遅れた」
すぐ傍ではっきり聞こえる声。
「えっと……?」
今、わたしは、雄也さんによってバスタオル? いや、この大きさならタオルケットのような物で包まれて……?
そこまで考えて、ようやく、気付いた。
―――― すまない
雄也さんが発したその言葉の本当の意味を。
「あ、あの、まさか……、雄也は今、わたしの姿が見えていたり……、しますか?」
わたしが震える声で確認すると……。
「すまない」
再度、言われた言葉は、肯定だった。
どうやら、わたしは無事、実体に戻れたらしい。
しかも、とんでもないタイミングで。
「えっと、もしかしなくても、見えました?」
「すまない」
そんな声ともに、包まれている力が強くなった気がした。
これって、雄也さんにタオルケットごと抱え込まれている?
下を見ると、自分の足と、自分を包んでいるタオルケットっぽい布の一部と、雄也さんっぽい足が見えた。
客観的にこの状態を見ることができなくて本当に良かった。
二重の意味で悲鳴が上がるだろう。
雄也さんは、わたしをタオルケットで頭から包みながら、同時に身体が見えないように正面から隠してくれている。
でも、言い換えれば、正面から抱き締められているってことだ。
こんな状態を第三者視点からみることなんて、とてもではないけど、できないだろう。
だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
先ほどまで水の中にいたせいか、身体が冷えてきて……。
「くしゅっ!!」
くしゃみが出てしまった。
体内魔気による環境適応能力が働いていても、やはり冷えは感じる。
「水から上がったせいか……。栞ちゃんは、動けるかい?」
少しだけ、圧力が緩んだ。
「はい」
そう返事したものの、そこで気付く。
わたしは上からタオルケットで覆われた状態である。
ここから、どうやって顔を出せばよい?
下手すれば、前か後ろのどちらかが、丸見えになってしまうだろう。
少し考えて……。
「少し、タオルケットを動かしますよ?」
そう言いながら、もぞもぞと動き始めると、タオルケットとわたしを拘束していた腕を緩めてくれる。
雄也さんの位置は正面だ。
それならば、前から顔を出した方が良いだろう。
少しずつ少しずつ、タオルケットの端を胸元で掴みつつ、頭が出るようにタオルケットの位置調整を行う。
頭を出す瞬間、少し引っかかりはしたし、左肩がずれたりもしたけれど、無事にタオルケットから顔を出せた。
そこで、わたしを包んでいた雄也さんの胸元が見える。
視線を少し上に動かすと、顔を逸らした雄也さんがいた。
あれ?
気のせいだろうか?
雄也さんの耳が赤い?
わたしがそのままじっと見つめていると、その視線に気付いたのか、雄也さんが離れながら……。
「これでは、弟のことを責められないな」
口を押さえながら、そんなことを言った。
「いやいや! わたしが、勝手に脱いだだけですから!!」
いや、正しくは隠してくれていた場所から抜け出して、水に飛び込んだのだ。
まさか、そんなタイミングで実体化するなんて思っていなかったから。
九十九の時は、わたしは悪くないって叫べるけど、今回は、いつ元の状態に戻るか分からない状況で、抜けだしたのだから、わたしが悪い。
雄也さんは被害者だ。
いや、厳密に言えば、九十九だって被害者なのだ。
「お目汚しを、申し訳ございません」
ああ、泣きたい。
こんな状況で泣くのは卑怯だって思うけれど、泣きたくなってくる。
「お目汚し?」
だが、何故か、雄也さんは首を捻った。
「先ほどの栞ちゃんのことなら、全然、そんなことないよ」
優しい雄也さんはそう言ってくれる。
「いや、わたしは少しばかり貧相なので……」
全くないとは言わないが、胸は大きくないし、世間一般で言う女性らしい身体つきではない。
九十九はそんなに女性の身体を重視していないみたいだけど、雄也さんみたいに経験豊富な大人の男性から見れば、貧相だって思うだろう。
「俺はそう思わなかったけれど……」
雄也さんが言葉を選んでいるのは分かる。
だけど……。
「先ほど、水から出た瞬間の栞ちゃんは言葉を失うほど綺麗だったよ」
改めてそんな風に言われてしまうと、恥ずかしく思えるのはなんでだろう?
気遣われているだけだって、社交辞令だって分かっていても、やはり「綺麗」だと褒められると嬉しく思ってしまう。
それを口にしているのが雄也さんだから?
彼が嘘を吐かないって知っているから?
だけど、そんなふわふわっとした気持ちはすぐに沈むことになる。
「何をしている?」
そんな低い重い声によって……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




