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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟暗躍編 ~

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確認作業

 ずっと言うつもりなんてなかった。

 それを口にしてたところで、迷惑な話だってことは分かっているから。


 だけど、一度、意識したら止まらなくなった。

 それでも押し込めようとしたけど、できなくなったのだ。


『わたしは、九十九のことが好きです』


 それがいつからかなんて分からない。


 気付いたら、ずっと九十九のことを考えていた自分がいただけ。

 何をするにも、考えるにも、九十九が基準となっていただけだった。


 それは前々からあったのだけど、ローダンセに行ってからより一層、酷く激しくなったのだと思う。


 九十九の姿を見なくなったからだろう。

 ずっと近くにいた彼の姿がなくなってから、酷く落ち着かない自分に気付いたのだ。


 この感情がどこから生まれたのかなんて分からない。


 思い込みかもしれない。

 刷り込みなのかもしれない。


 この世界に来てから九十九が一番、近くにいた男性だから、それで錯覚しているのかもしれない。


 ずっとわたしのことを助けてくれたことだって、あの人にとっては仕事でしかないのだ。


 だから、ずっと肯定と否定を繰り返してきた。


 だけど、もともと好みの顔なのです。

 さらに言えば、声まで好みなのです。

 もっと言ってしまえば、初恋の男の子なのです!!


 わたしって、単純なのだろうか?

 単純なんだろうね。


 分かっているんだよ。

 ずっと異性に縁のない生活をしてきたからってことも。


 でも、好きだって思っちゃうんだから仕方ないよね?


【それを九十九に言わない理由を聞いても良いかい?】


 雄也さんは暫く考えていたようだけど、わたしにそんな問いかけをしてきた。


 九十九を好きになった理由でもなく、雄也さんに気持ちを告げた理由でもなく、本人に言わない理由?


 そのことを不思議に思いつつも……。


『わたしが恥ずかしくて当人には言えなかった可能性は考えないのですか?』

【考えないよ】


 まさかの即答。

 まるで準備していたかのような筆記具の動きだった。


『本人から断られるのが怖かっただけかもしれませんよ?』

【それもちょっと違うかな】


 またしても、即答。

 雄也さんからの信頼が熱くて篤い。


【栞ちゃんは、そんな大事なことは本人に直接伝えると思っている。どんなに怖くてもね? だから、何故、本人に言おうとしなかったのかが分からないんだ】


 あれ?

 それって、雄也さんに告げた理由の方は予想しているってこと?


 困ったな~。

 わたしの考えって、そんなに読みやすい?


 そして、多分、九十九本人に言わなかった理由も予測しているのだろう。


 これはただの確認作業だ。

 他者の気持ちなんて、本当の部分では分からない。


 だから、推測して、それが間違っていないのかを知りたくなる。

 少しでも正しいことを知りたいから。


 いや、そうなることも分かっていた。


 相手は雄也さんだ。

 嘘や誤魔化しができるはずもない。


 何より、そんな人だから、わたしは信頼しているのだから。


『怖かったのは本当ですよ。以前、思いっきり否定されていますから』


 そこは事実として告げておく。


 あれはジギタリスにいた時だった。

 わたしがポロリと零した「九十九のことが好き」だという言葉を、彼は否定したのだ。


 いや、あれは拒絶だったのだろう。


『好きだと零した直後に、冗談だろ? と、言われ、さらに世迷言を抜かすなとも言われました』


 当時のわたしからすれば、芽生えたばかりの恋心に氷水をぶっ掛けられた気分だった。


 一瞬で、冷えた感情。

 仄かに抱きかけていた「好き」と言う感情は、一気にその真逆の「大嫌い」に変わったのだ。


『だから、また強く拒まれるのは怖いのです』


 それが押し留めている部分はある。


【それは、ジギタリスでのことかい?】

『はい』


 九十九は、雄也さんに報告をしていなかったのだろう。

 雄也さんは何かを思い出すかのような表情をしているから。


 まあ、個人の感情の話だからね。

 それに、あの頃の九十九はまだ今ほど記録を付けて雄也さんに報告していたイメージはあまりない。


 一体、いつから、あんなに頼りになる殿方に成長したのか?


 再会したばかりの九十九は、まだ同級生だったのだ。

 同じ中学三年生の男子生徒。


 だけど、この世界に来てから、わたしの側でどんどん成長していった。

 わたしが置いて行かれると何度も感じてしまうほどに。


『今は拒否されるのも仕方がないと分かっていますが、当時はかなりショックだったんです』


 わたしは主人で、九十九は護衛だ。

 だから、そこには明確な線引きが存在するのは当然の話である。


 でも、当時のわたしはそんなことすら分かっていなくて、この世界で誰かを守りながら生きていくってことは本当に大変だってことを理解できていなくて、多分、何度も彼らを困らせていたのだと思う。


 今も困らせているけど。


 だから、あの時、明確に九十九が引いた線の意味も分かっていなかった。

 ただただ拒絶されたのだと思い込んでいた。


 根が善人である彼が、あんな言葉を使った理由も考えることもしなかったのだ。


『九十九の立場からすれば、受け入れられないのは当然のことなんですけどね』


 わたしの方は、かつての同級生と言う関係をいつまでも引き摺っていたのだと思う。


 でも、九十九はこの世界に来てから、いや、わたしと再会した日から、守るべき対象としてしか見ていなかった。


 九十九は何処までもこの世界の人間で、わたしはどこまでも人間界の人間だったのに。

 その意識の差が、あの当時のわたしたちの大きな違いだろう。


 だけど、その後、お互いに意識が変わった。


 多分、わたしが「聖女の卵」となったことが分かりやすいきっかけだったのだと思う。


 わたしは九十九のことを「護衛」と口にするようになったし、九十九の方も「主人」と呼ぶようになった。


 互いに線を引き合って、それを守り合うようになったのだ。


 だけど、恋心と言うのは厄介なもので、その後も順調に育ったらしい。

 わたしが気付かないまま、自覚がないままに、ぐんぐんと成長してくれた。


 そして、迎えることになった九十九の「発情期」。


 わたしは、熱に浮かされ、自分の本能と戦って苦しんでいた九十九を受け入れることができなかった。


 だから、九十九のことをそこまで好きではなかったのだと思い込もうとしたのだ。


 だけど、それからもいろいろあって、それでも嫌いになれなかったどころか、すくうことができないほどの深みに嵌るだけだった。


 この感情は初恋の時とは全く違う。


 見ていただけで、言葉を交わせただけで幸せだった小学生時代。


 でも、今、この心に在るのは、もっと激しく醜いものだ。

 どんなに見ていても、話していても、全く足りないと感じてしまう。


 もっと、もっと、もっと!

 より多くを求める強くて身勝手な感情。


 それがわたしの中で渦巻いていた。


 尤も、それを確信できたのは、割と最近である。


 でびゅたんとぼ~るのあの日。

 ローダンセ城の外で、ヴィーシニャが舞い落ちる中、九十九と踊った時に、わたしは間違いなく思ったのだ。


 ―――― 貴方(Je)(te)欲しい(veux)


 雰囲気に流されたわけではなく、目の前の人を放したくなかったし、離れたくなかった。

 そんなことできるはずもないのに。


『今は、九十九がわたしの想いに応えられなくても、それは仕方がないことだと分かっているつもりです』


 勿論、本当の意味ではまだ分かっていないかもしれない。


 でも、少なくとも、三年前よりはずっと自分の置かれている状況も、九十九の立場もずっと理解はできていることだろう。


 自分自身が成長していることもある。

 だけど、それ以上に、この世界のことも学んできたから。


 そんなわたしの独り言に近い言葉を、雄也さんは茶化すこともなく、口を挟むことなく、真剣な顔で黙って聞いてくれた。


 雄也さんの立場からすれば、かなり複雑な気持ちになるはずなのに。


『護るべき相手から、そんな風に思われても迷惑だってことも』


 万一、お互いが想い合うような奇跡が起こっても、それが生涯続く保証なんてない。


 上手くいっている間は良いのだ。

 だけど、関係が悪くなった時、護衛の仕事にも支障が出ないとは思えない。


 いや、九十九の方はそれでも仕事をしてくれるだろう。

 基本的に手を抜かない人だから。


 でも、わたしの方は?


 感情的になりやすいわたしの方は、絶対、平気でいられないと思っている。

 触れられることも、言葉を掛けられることすら、拒んでしまうことだろう。


 確実にそうなると、分かっているなら、始めから行動を起こすべきではないのだ。


『だから、九十九には言えません。またフラれてしまったら、今度はもう、わたしの方が彼を拒んでしまうことでしょうから』


 あの時よりも、想いは育っているから。

 変に行動して、気まずくなってしまうよりも、このままの方がずっと良い。


『もう二度と九十九に向かって、「近付くな」って叫びたくないのです』


 あの「ゆめの郷(トラオメルベ)」で、「発情期」のことを謝ろうとした九十九に向かって、わたしがそう叫んだ直後の九十九の表情が忘れられない。


 だけど、止まらなかった。

 止まることができなかった。


 あの時、九十九の内側から、別の気配を感じたから。


 だから、感情のままに、「顔も見たくない」とまで言ってしまったのだ。

 わたしは、あの時、あんな激しく制御できない感情が自分の中にあることを知ってしまったのだ。


 今にして思えば、九十九に対してそんな感情を抱いてしまった時点で、わたしはとっくの昔に彼に落ちていたのだろうけど。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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