【第128章― 乱調子 ―】クリノリン改2
この話から128章です。
よろしくお願いいたします。
夜も更けた。
いつもは夜更かしさんな彼らも、今日はここで、交替しながら眠ることにしたらしい。
だが、地面に直接寝るのはどうなのだろうか?
確かにこの場所は、ミタマレイルや他の草により、土汚れの心配はあまりなさそうだけど、せめて、寝袋に入るとかあると思うんだよね?
でも、いざという時に動けないと困るから、彼らは屋外で寝袋を使うことはもともとない。
だから、コンテナハウスを使うかと思ったけれど、わたしが使用できないなら意味がないそうだ。
今のわたしは、実体がないような状態に近いらしい。
わたしは、世界が微妙にズレているせいと聞いたのだけど、そうなると、逆に九十九だけに姿が視える理由とか、彼ら兄弟に声が伝わる理由とかが分からなくなるらしい。
しかも、兄弟でも聞こえ方には差があるようだから、ますます謎が深まる。
ただ、はっきり分かっていることは、わたしの姿は視えていても、物に触れることができないために、服を着ることも、それ以外のことも何もできない。
だから、コンテナハウスの使用どころか、布団に包まって寝ることすら許されないのだ。
それでも、彼らは布団をこの場所に何枚も重ねて置いてくれた。
わたしは、再び、そこに収まる……というよりも、感触がないために、布団にめり込んでいる感が強い。
地面も感触がなかった。
そのおかげで裸足だというのに抵抗なく歩けるのだけど。
まあ、地面にめり込むことがなかったのも幸いだ。
そんな状態だったら、一種のホラーだろう。
いずれにしても、今のわたしの状態は普通ではないことはよく分かる。
お腹も空かない。
仮に空いたとしても、今のわたしは物に触れることができない。
つまり、食べることができないのと同じなのだから、その点はありがたかった。
まあ、夕食時、彼らに気を遣わせてしまった気はするけど。
食べる時に、わたしに見せないように食べてくれたのだ。
そこまで気にしなくても良いと思うのだけど、彼らの気持ちは有難く受け取った。
そんな状態になっているわたしが、ゆっくりと身体を起こすと、クリノリン改から顔だけを出せるようになっていた。
布団の上に設置するために、このクリノリン改はその下部がかなり形を変えることになってしまったことは申し訳ない。
尤も、出番がないまま、ずっと収納されていた可能性もあったのだから、外に出せただけマシと言えなくもないのかな?
しかし、よく考えると、クリノリン改をさらに改造している。
そうなると、これは、クリノリン改2ってことだろうか?
そんなどうでもいいことを考えながら湖の方を見ると、雄也さんの姿が目に入った。
湖を見つめているその横顔は、ミタマレイルの花の光に照らされてかなり絵になっている。
いや、もともと雄也さんはそこにいるだけで周囲の目を引き付ける存在だ。
でも、当人は、実はそれがちょっと嫌なことも知っている。
目立つと動きにくいそうな。
そのため、認識阻害の眼鏡をアックォリィエさまから貰った時は、かなり嬉しかったらしい。
そう言えば、二人とも、今はその眼鏡をかけていない。
まあ、誰かが来る可能性が低い場所で、そんなものは必要ないってことだろう。
それでも、交替で休むことにしているのは、彼らがそれだけ用心深いってことかな。
でも、どんな場所でも警戒が大事なことはわたしでも分かっている。
だから、それについて彼らの考えに口を挟むようなことはしない。
湖から少し離れた所……、この広場の入り口に近い場所で九十九は眠っているようだ。
あんな場所で眠れるのかと心配になってしまうけれど、彼らはその気になれば、立ったまま眠ることができるとも聞いたことがある。
それを思えば、ちゃんと身体を横にできているだけマシなのだろうか?
そんなことを考えていた時だった。
湖を見ていた雄也さんがその視線を動かし、こちらに目を向ける。
少しだけずれている気もするが、わたしの方を見ていることは分かった。
そして……。
【寝ないのかい?】
そんな文字をわたしに向ける。
この世界に来て、わたしは筋力や体力がついたと思うが、この距離、明るさであの文字が読めるようになったということは、あまり意識していなかったけれど、視力も上がっているのかもしれない。
『よく分かりましたね』
【なんとなくね】
雄也さんにはわたしの姿は視えていないはずだ。
実際、少しだけ視点は、下に向けられている。
クリノリン改2の上部……、わたしの鼻ぐらいの位置かな?
わたしがどれだけ顔を出しているのかも彼には視えていないことがよく分かる。
いや、雄也さんでもわたしが首から上……いや、肩や鎖骨部分まで見える状態だとは思わないだろう。
これは、クリノリン改2に身体が当たらないからできることである。
わたしは少しだけクリノリン改2から突き抜けていた。
正座をしているから、少し高くなるのは仕方ないよね?
『そちらに行っても良いですか?』
文字は見えるけど、どうせなら近くで話したいと思った。
わたしの姿は雄也さんには視えていない。
そう思っての提案だったけれど……。
【それは】
雄也さんはそう書いて、少し考え込んだ。
【九十九が見たら、激昂すると思うよ?】
それはそうだ。
そして、雄也さん自身は気にしないらしい。
『ちょっと雄也とお話したい気分なのです』
わたしがそう言うと、雄也さんは笑って……。
【では、俺がそちらに行こう】
そう言ってくれた。
うむ、実に紳士な対応だ。
だから、彼が育てたも同然の九十九が、あんなに真面目な青年に育つのも分かる気がした。
【何の話をしようか?】
ドーム型の装置から顔を出しているという奇妙奇天烈な姿になっているわたしの正面に雄也さんが座る。
『わたしの声って、どれぐらい雄也には届いていますか?』
【いつもと同じぐらいかな。栞ちゃんの方で声の調整はしている?】
『いいえ』
そっか、わたしが声を潜めれば、届く声が小さくなる可能性もあるのか。
あるいは、声を張り上げれば大きくなる?
ちょっと試してみよう。
『この声も聞こえますか?』
わたしはちょっと声を小さくしてみた。
【うん。大きさは変わらないかな?】
ぬ?
声の大きさは変わらない?
じゃあ、さらに囁き声で……。
『この声は?』
【変わっていないかな。二回目は大きくした?】
『いえ、小さな声をさらに小さくしたつもりでした』
【なるほど。では、声の聞こえ方はどの大きさでも変わらないってことだね】
二回目は小さくしたはずなのに、それと真逆だった雄也さんの問いかけからもそれは理解できる。
【でも、栞ちゃんが声の大きさを気にするってことは、内緒話かな?】
『まあ、そんな所です』
ローダンセに戻る前に伝えておきたかった。
他の誰でもないこの人に。
【弟じゃなくて良いんだね?】
それは、まるで、わたしがこれから何を言おうとしているのかが分かっているかのような言葉だった。
『はい』
わたしは大きく頷く。
『九十九にこそ、言えませんから』
真面目な九十九には言うことはできない。
だけど、一人で抱えるには辛いのだ。
だから、ちょっとだけ誰かに甘えたかった。
そして、この人ならこれから先も、ずっと一緒に背負ってくれると、思ったから。
【それは光栄だ】
『光栄?』
【弟にも言えないようなことを、俺は告げるに値する人間だと信じてくれたんだろう?】
雄也さんはそう言って笑ってくれた。
『でも、声が絞れないなら困りますね。九十九に聞こえて欲しくないのに』
【多分、聞こえないとは思うけどね】
それは九十九に届いているわたしの声の大きさが、どれぐらい大きいかによるだろう。
普通の声なら聞こえない距離だと思う。
だが、九十九は普通ではない。
耳も良い有能な護衛なのだ。
『念のため、防音とか、遮音結界を張ってもらうことはできませんか?』
わたしがそう言うと……。
【弟なら、俺の魔法の気配で起きてしまうと思うよ】
そう苦笑されてしまった。
おおう。
魔法の気配に敏感な九十九だからその可能性はあるのか。
そうなると、聞こえる可能性を頭に入れて、雄也さんに話さなければいけないってことか。
別に絶対、話さなければいけないことでもないのだけど、雄也さんに聞いて欲しいと思ったのが今だったのだから、告げるべきタイミングも今なのだろう。
【栞ちゃんが話せないと言うなら、無理に話す必要もないんじゃないかな】
『大丈夫です!』
雄也さんが気遣ってそういってくれたことが、逆に、わたしが踏み出す一歩となった。
『聞いてください、雄也』
わたしは雄也さんに向かって、ずっと秘めていた想いを、ずっと隠すつもりだった気持ちを口にする。
『わたしは、九十九のことが好きです』
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