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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 護衛兄弟暗躍編 ~

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心惹かれる申し出

 湖に潜っていた兄貴が陸に上がった時……。


『今の雄也は良かったと思わない?』


 栞は興奮気味に、そんなことを口にした。


 その表情もその台詞も、普通に考えれば、半裸姿の兄貴に見惚(みほ)れていただけに見える。

 それ自体はおかしくもなかった。


 先ほどの兄貴は、男のオレが見ても、どこかのモデルを思わせたから。


 だが、違う。

 栞は見蕩(みと)れたのは確かだが、普通の女視点ではなかった。


 アレは、アイドルやモデルなどのタレントに憧れる目線ではなく、絵を描く人間の目と手の動きだったのだ。


 どこまで、この女は残念なのだ!?

 そして、お前の欲望に巻き込むのは、頼むからオレだけにしろ!!


「どうした?」


 状況が分かっていない兄貴が水を滴らせながら近付いてくる。


「せめて、身体を拭いて、何か羽織ってから近付け」

「ああ、悪い。俺には栞ちゃんが見えないから、うっかりしていた」


 そう言いながら、兄貴は自分の身体を乾かし始めた。


「栞が悔しがっている」

「どういうことだ?」


 身体が乾いたのを確認し、パーカーを羽織っていた兄貴が、オレの言葉に反応する。


「当人に聞け」

「そうする」


 オレが答えなくても特に気にした様子もなく、兄貴は横を通り過ぎた。


 兄貴に今の栞は視えない。

 だけど、声は聞こえるから、会話自体は成り立つだろう。


「栞ちゃん、そこにいる?」


 兄貴は声を出しながら、書いているのだと思う。


『はい、結構なものを拝ませていただいております』


 栞は何故か両手を合わせて頭を下げている。

 その姿は、兄貴には視えてねえけど。


「結構なもの?」


 一連の流れに知らない兄貴が首を傾げる。


『明るい所で、雄也の半裸を見ました』


 おい?

 それだと、明るくない所でならば、兄貴の半裸を見たことがあるようにも聞こえるぞ?


 ないよな?


「今は、そんなに明るくないと思うけれど」

『ミタマレイルの花の光があります』


 確かにもうあまり明るい時間帯ではない。

 でも、ミタマレイルの花が仄かに光っているため、湖の周りだけなら、そこまで暗さを感じない。


 兄貴自身も、先ほど照明魔法を使いながら潜っていたみたいだからな。


「もっと明るい所で、じっくりこの身体を見たいならそれでも構わないよ?」


 おい、待て?

 それはただの変態だ。


「栞ちゃんが望むなら、()()()()()()全部見せても良いかな」


 さらに続けられる言葉に眩暈がした。


「さらにオレを巻き込むな」

「阿呆。この場合、巻き込まれたのは()()()だ。彼女を見たなら、お前が脱ぐのは当然だろう? そして、お前如きの身体では足りないと思ったから、俺も追加するしかないという話になったのだが?」


 そう言われて、言葉を呑んだ。


 事故ではなくなるが、それなら釣り合いが取れる……か?

 全部ってことは、つまり、全裸か?


「だが、栞は記録するぞ?」

「そこはやむを得ない」


 もともと絵のモデルを欲しているのだ。


 いや、見せることは別に構わない。

 大したものではないが、貧相というほどでもないと思っているから。


 だが、間違いなく! 隈なく観察された上で、絵に残されるだろう。

 それにオレの精神は耐えられるだろうか?


 オレは、そんな風に葛藤していたのだが……。


『あ~、心惹かれる申し出ではありますが、それについては()退()します』


 意外なことに、栞は困ったような顔をしながら、断りを入れてきた。


【心ひかれるってなんだよ?】


 かなり変態的な申し出だというのに心惹かれるなよ!?


『いや、美形兄弟が文字通り、明るい所で一肌脱いでくれるのは正直、嬉しいし、純粋に興味や好奇心もあるけど、それはちょっと、違うかなって思って……』


 そう言いながら、栞は目を逸らして……。


『やっぱり、()()()()()()()()()()()()()から』


 婚約者候補の男の名前を口にした。


『ああ、九十九。大丈夫だと思うけど、一応、約束してね。アーキスフィーロさまには言わないでくれる?』


 さらにオレの方に顔を向けてそんなことを言う。


【何を?】

『事故だし、回避できなかったことだって分かっていても、他の男の人に身体を見られたことは、やっぱり知られたくないんだよね』


 そう言って、困ったように笑った。


『愛することはできないって言われているけど、一応、婚約者候補でしょう? だから、その辺りはしっかりしておきたいって思っているからさ』


 さらに照れたような顔を見せられたオレに何が言えるというのか?


【お前、オレがそんなに信用できないのか?】

『違うよ。九十九はそんなことは言わないって信じている。だから、これは単に気持ちの問題』


 これは栞の気遣いなのだろう。

 オレがそんなことを言うとは思っていない。


 でも、先ほどまでのことを少しでも和らげようとしているのは分かる。


 だから、わざわざ口にしてくれたのに……。


【大体、ロットベルク家第二子息とオレが会話する予定はない】


 オレは、そんな言葉を返すしかなかった。


『あ……、そっか』


 いつもと変わらない栞を相手に、オレはどんな顔をして、なんと言葉を掛ければ良いのか分からないまま、ほとんど脊髄反射のように深く考えない文章を紙に書き散らしていく。


 オレは何にショックを受けている?

 思ったより、栞が婚約者候補のことを考えていたことか?


 栞の性格上、相手に対して不誠実なことはしたくないと分かっていたのだから、そんなことは当然だろう。


 その表情か?

 他の男のことを想って頬を染める姿は、やはり良い気分にはなれない。


 だが、オレは知っていたはずだ。

 栞が、いずれ、あの男に惹かれることを。


 いつか、視た(未来)

 黄金色の穂が揺れるあの場所で、頬を染めた栞が、あの男に向かって告げる言葉を。


 ―――― わたし、あなたのことが……


 だから、今更、何に衝撃を受ける必要があるのか?


「栞ちゃん」


 そんな葛藤を理解した上で、オレの横にいた兄貴が栞に声を掛けながら、その注意を引くように手をひらひらとさせる。


 栞には兄貴の声が届かないから、会話に割り込むための行動だろう。


「水着姿ならどうだい?」


 さらに、そんな寝ぼけたことをぬかしやがったし、手に持っている紙に書きやがった。


『へ……?』


 そんな兄貴からの提案に、栞が奇妙な顔をする。


 どう判断して良いか分からないようで、オレの方をチラリと見た。

 兄貴には栞が視えていないのだから、その表情も分かっていないはずだ。


 だが、その短い言葉だけで判断したらしい。


「裸体は芸術の素材として珍しくないけれど、それを理解できる人間ばかりでもない。特に異性がモデルとなれば、尚更、抵抗を覚えることもあるだろう」


 兄貴は涼しい顔でそう言いながら、さらさらと言葉を書いていく。


「でも、水着など、身体に何かを身に着けた状態ならば、通常のモデルとなんら変わりはないと思わないかい?」


 確かに水着なら真っ裸とは違う。

 身体つきは分かるし、同じ半裸でも下着姿ほど抵抗はないだろう。


「それでも、抵抗があるなら、今の俺のようにパーカーやガウンを羽織った状態でも良いかな」


 あ、今の言葉で、栞が揺れた。

 分かりやすくグラついている顔になったのだ。


 モデルを欲する心と、それでも、何かが邪魔しているのがよく分かる。


 思い起こせば、栞はロットベルク家で部屋を与えられていても、そこで誰かをモデルにして絵を描くことがなかった。


 いや、絵を描くこと自体が減っている気がする。

 それは、あの男と過ごしている時間が増えたためだろう。


 その大半は、書類と格闘していた気もするが。

 最近では、円舞曲(ワルツ)の練習も入っていたか。


「彼女の位置は?」

「あのクリノリンに似た置物の中から首から上が見えている」

「なるほど」


 オレが逃げ出した後、いつの間にか設置されていた奇妙な鳥籠型の器具。


 まあ、あの形や素材から、本来、スカート下に仕込むクリノリンを流用したのだとは思うが、もっとマシなモノはなかったのだろうか?


 ねえな。

 こんな状況になるなんて思って準備しているはずがない。


 それに、あの形でなければ、栞があまり動けなくなってしまう。

 円筒形だったなら、既に、何度、()み出していたことだろうか?


 さっきもかなりヤバかったもんな。


 栞の場所を把握した兄貴は、そのまま栞に近付いて、何やら書いた物を見せる。


 そして、さらに、栞に顔を近付けて、何やら囁いたらしい。

 当然ながら、彼女にその声は届かない。


 それでも、耳の近くに兄貴の顔があることで、囁かれたと判断したのだろう。

 そのまま、顔を真っ赤にして、沈み込んだ。


「兄貴……。何をした?」

「この言葉を見せて、顔を近づけただけだが、どうなった?」


 そこには……。


【一度ぐらい俺もキミに描いて欲しいけど駄目かな?】


 そう書かれていた。


 兄貴の声が届いたわけではないが、想像力が豊かな女だ。

 先にその文字を見たことで、耳元で囁かれたような気分になってしまったのだろう。


「沈没した」

「そうか。返事は後から聞こう」


 オレの言葉だけで、兄貴も満足したらしい。

 水着姿から、普通の服に着替える。


「なんですぐに着替えなかった?」


 兄貴は着衣魔法も更衣魔法も使える。

 だから、一瞬で着替えることができるはずなのに、そうしなかった。


「この方が()()()()()()()()()だろう?」


 兄貴は意味ありげに笑う。


「ホストかよ」

「ホストでも、流石に枕営業中でもない限り、衣服は身に着けていると思うぞ?」

「口説くためって発想がホストっぽいんだよ」


 いや、兄貴の言い分も分かるのだ。


 栞は、水着姿の兄貴を見て、久しぶりに絵心を刺激されたのだから、その恰好のまま、説得することは理解できる。


 だが………………、すっげ~複雑な気分になるのはオレだけか?


 数分後、置物から顔を再び出した栞は……。


『筆記具が持てるような状態になってから、改めて返答します』


 と、消え入るような声で言ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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