誰よりも互いを知る存在
さて、セントポーリア城下の森まで来ても、オレたちが暇を持て余すことはなかった。
主人がいない場。
そして、魔法が外に漏れない自然結界の中である。
そんな誰かにお膳立てされたような状況で、兄貴とやることと言ったら、一つだろう。
「さっきからマジ、ふざけんな!!」
「それはこっちの台詞だ」
兄貴の腹立たしい攻撃を躱すと、オレはすかさず反撃に出る。
無数の光線が高熱を伴ってオレに突き刺さる。
これが結構、熱いし、痛い。
辛うじて身体を貫通こそしないが、その光線の一本一本が全て、オレの魔気の護りをあっさり貫くほどの魔力が込められていることも腹立たしい。
光属性魔法限定の模擬戦闘など、これまでやったことはなかったが、意外にも互いの手数が多いことに気付かされた。
そして、改めて兄貴のその魔力の強さも分かる。
これまで、意識していなかったが、年齢差を差し引いても、光属性魔法に関しては、オレよりも兄貴の方がずっと強いだろう。
これは、父親の血か、生まれたタイミングの問題なのかは分からない。
だが、ないものを妬んだりしても仕方がないので、オレは自分の力量の範囲内で自分を磨くしかないのだ。
そして、同時に思う。
国王陛下はオレを養子にと望んでくれたが、兄貴の方がずっとその立場に相応しい。
魔力だけでなく、その気質も情報国家向きだからだ。
あの国王陛下と話している時に何度もそう思った。
まあ、兄貴だと、色ボケ王子よりも年上になってしまうから、いろいろ面倒になることも分かる。
情報国家イースターカクタスの王位継承権は、長子優先だ。
そして、それは、実子、猶子、養子も変わらない扱いとなるらしい。
そのことから、他国のように血筋を重視しないことが分かる。
尤も、本当の意味での他人を長子としたことはないらしいから、ウォルダンテ大陸にあるナスタチウムのように、王族が滅ぶと言うことはないのだろう。
いや、一度はイースターカクタスも直系の血は絶えかけたのだ。
六千年前、たった一人の王子を死地にやると決めた時に。
いや、多分、傍系血族を一人ぐらいは確保していただろうけど、そんな古い年代の王籍まで追っていないから分からん。
分かっているのは、六千年前のイースターカクタスの王子は他国との王族との間に子を作って、その子がイースターカクタスの直系の血を守ったことだけだ。
それも、栞が「聖女の卵」にならなければ知らなかったことである。
オレたちはいずれ、その情報国家に向かうことになるだろう。
そのために、光属性魔法耐性を強化しておく必要があると判断した。
尤も、そんなことをしても付け焼き刃でしかないということも分かっている。
生まれてから、ずっと光属性の大気魔気に包まれている人間相手に、光属性魔法に関して勝つことなどできないだろう。
それでなくても、オレたちは、主属性が風なのだ。
身に纏っている体内魔気が風であることからも、それははっきりと分かっている。
だからといって、今のままでは間違いなく、あの情報国家の国王陛下を相手にすれば、無様にやられる。
一年前に会ったその嫡子であるあの色ボケ王子殿下も、魔力が強いと感じたのだ。
あの親子に負ける。
それは、我慢できなかった。
兄貴も同じ気持ちだったのだろう。
オレが持ち掛けた勝負に即答したのだから。
いや、この様子だと、ストレスが溜まっていたのかもしれない。
ローダンセにいた時は、手加減をしなければいけなかったから。
ただでさえイライラする環境だったのだ。
魔獣退治でストレス解消ができていたオレよりも、たまにしか模擬戦闘ができていなかった兄貴の方がもっとずっと負担が大きかっただろう。
だが、今回、あの国での役割分担を決めたのは兄貴だ。
それならば、ストレス解消も自分でするべきだとは思う。
まあ、模擬戦闘を申し出られたら、受けるけどな。
ローダンセでも遠慮なくできる場所を探しておくべきだろう。
理想はローダンセ城の契約の間ではあるが、あの場所は、オレたちが二人同時に入ることは許されていない。
そうなると、模擬戦闘のためにたまに使用許可を得ているロットベルク家の遊戯室だが、あそこは精霊族の目があるから、全力は出せないのだ。
あまり手の内を晒したくないというのもある。
そうでなければ、兄貴もオレも一番得意な剣を使わないはずがないだろう。
手加減する意味もあって打撃武器を城内の契約の間ではぶん回しているが、やはり剣とは勝手が違い過ぎるのだ。
それでも、剣を振ることは忘れていない。
ミヤドリードには本当に感謝だ。
魔法だけの人間にならなくて済んだからな。
いくつも攻撃手段があるのはありがたい。
投擲はできなくはないけれど、ちょっと苦手だ。
弓術に至っては、魔法の補助がなければ絶対にできる気がしない。
兄貴は投擲も弓術も器用に使いこなす。
一体、どれだけの手段を持っているんだろうな?
「俺を相手に集中しないとは、随分となめられたものだな」
そんな声が耳元で聞こえたかと思うと、そのまま、光の棍棒で横殴りにされた。
声を上げる間もない。
すかさず、体勢を整えるために、場を離れる。
だが……。
「状況把握も、判断も遅い」
背後から声がして、背中に光弾を食らう。
移動魔法で距離を取ったが、そこを読まれたらしい。
「いい加減、移動魔法で距離を取る癖を直せ。魔力の気配で逆に行先が掴みやすい」
身体強化で速度を上げて移動する方が確実であることは分かっている。
だが、それも、兄貴は似たような速度で追尾できるのだ。
本当に嫌な身内である。
速度も技術も敵わない。
そんな相手にできることなど限られている。
「お?」
兄貴の声がした。
だが、もうその姿も見えない。
「雷撃魔法」
肉弾戦で不利ならば、より強い魔法で叩き伏せるしかない。
眩しさのあまり、周囲が見えなくなるが、互いに気配で居場所は分かるから問題はなかった。
問題があるとすれば……。
「雷撃魔法」
同じ魔法を使えば、魔力の強い方が有利ってことだろうな!!
兄貴もオレと同じ言葉を口にした。
だが、それは織り込み済みだ。
純粋な魔法勝負で勝てるとは思っていない。
「雷弾魔法」
光で視界が変化している間に、雷撃魔法を分散して連続で叩き込む。
「光壁反射魔法」
反射魔法を使いやがった!?
いや、反射魔法は栞も使う。
それなら……。
「光属性壁貫通魔法」
自分の手から、真っすぐに光の線が伸びる。
光壁ならこれで、よし! 反射されずに透過して……?
あれ? 壁が光り輝いて、強化された気配がしたぞ?
「超新星爆発魔法」
「は?」
思わず、声に出た。
同時に、森の中に放出される太陽よりも眩しい光。
反射的に光属性魔法の耐性を強化するが、それでも、オレの魔気の護りを容易く貫いてくる重力を伴った爆風。
……重力を伴った爆風?
「ぐあっ!?」
深く考える余裕も与えられなかった。
「阿呆」
聞き覚えのある声が上から降り注ぐ。
「俺が複合属性魔法を使うことを知っていて、光属性魔法耐性だけを強化してどうする? 俺の主属性は風だぞ? 最も攻撃力の高いものは風を使うに決まっている」
「決まって……ねえよ」
属性を組み合わせることは知っていたが、光魔法勝負主体だったこともあって、失念していたことは認める。
先ほどの魔法は間違いなく、光魔法だ。
だが、あんな目が眩むほどの光を放つ魔法が、それ以外の属性が主体なんて想像できるかよ!!
「さっきのは、いつ……?」
「二年ほど前だな。ストレリチア城で見つけた魔法書にあった」
兄貴は各国で日雇い文官もしている。
情報セキュリティ、どうなっているんだ? と、思いたいが、もともとセントポーリアでは使用人の立ち位置ではあったし、ストレリチアでは大神官、カルセオラリアではトルクスタン王子から一定の信頼を得ているのだから、驚くべきことではない。
それにそういった知識に対する貪欲な精神はこれまでのオレになかったものだ。
だから、兄貴が得たものを羨む気はない。
「オレにも、寄越せ」
「分かった」
魔法書は既に複製されているのだろう。
そして、もともとオレにも渡すつもりで、先ほどの魔法を見せたのだと予測する。
「だが、この魔法は俺にとって割に合わないな。それなりに魔法力を消費するが、お前を地に叩きつける程度しかできん」
確かに、オレは地に叩きつけられたが、兄貴にしては甘……?
動けん!?
「まあ、囮としては十分か。容易に地に貼り付けられるようだからな」
あの魔法の光に合わせて、「影縫魔法」を使われたらしい。
オレは自分の影ごと、地面に縫い留められてしまったようだ。
「あんな魔法を、囮にすんなよ」
身体は動かせないが、動きを止められているのは影の範囲であるため、口は動く。
「もともとお前に効果のある魔法ではないことが分かっているのだ。それならば、本命は別に仕込んだ方が良いだろう?」
これまで兄貴の魔力の強さをあまり意識してこなかった理由はこの辺りにある気がする。
派手で威力のある魔法を平然と囮にして、全く目立たない、本来なら補助魔法とするようなものを使うのだ。
ただ、よくよく思い起こせば、その補助魔法がかなりの確率で相手に効果があるのだから、相当、魔力が強いと気付くべきだった。
まあ、それだけ兄貴がオレの隙を突いているとも言えるのだが。
「この魔法も、もう少し研究の余地があるな。もう少し魔法力の消費を押さえられないと、実践では使えん」
オレを地に縫い留めながら、そんなことを呟く。
こんな男の弟を18年以上もやっているんだから、自信なんか簡単に持てるわけがない。
誰よりもお互いの性質を知っている相手。
だが、もしも、情報国家の国王陛下が言うように、この兄貴が敵に回った時、オレは栞を護り切れるのだろうか?
そんなことも思うのだった。
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