目を疑う光景
夢だったのか、現実だったのか分からない世界から目覚めた後、兄貴と共に、城下の森の湖へと向かう。
いや、目が覚めたって時点で、寝ていたっぽいが、兄貴が言うには、アレは夢じゃなかったとのこと。
なんでソレが分かるのか? と、聞いたら、夢と現実では肌への感覚が全く違うらしい。
こればかりは自分の意思で他者の夢へ入ることができないオレでは分からないものだろう。
だから、兄貴の感覚を信じるしかなかった。
****
いつもの湖に近付く。
栞の気配はやはり点滅していた。
現れたり消えたりしているような変な気配だ。
まさか、これが魂の神格化が進んでいるってことか?
二人で森の中を進むなんて、何年ぶりだろうか?
オレはこの世界に戻ってきてから、栞としかこの森に来ていない。
最後に兄貴と一緒に来たのは十三年以上昔のことだ。
あの頃はまだ、ミヤドリードもいた。
そのせいだろうか?
なんとなく、落ち着かない気分になっている。
いや、これは栞の気配が不安定なせいか?
―――― 大事なのは愛だよ、愛
何故、今、あの言葉を思い出すのだろうか?
もっと考えるべきことは山ほどあるはずなのに。
―――― 坊やの方が気付かなくてもね?
あの言葉が頭から離れない。
だから、別のことを考えて、気を紛らわせたいというのだ。
そんな風にごちゃごちゃ考えながらも、湖のある広場に出る。
そこでオレが見たのは……。
「あ…………?」
我が目を疑う光景だった。
今は朝だ。
それは間違いない。
だが、何故だ?
「ミタマレイルの花が……」
兄貴の茫然とした声が耳に届いた。
ミタマレイルは朝も、昼も、咲いている。
だが、光っているのは夜だけだ。
そのはずだった。
それが、今、何故か光り輝いている。
だが、オレの目を奪ったのは、ソレじゃない。
夜にしか光らないはずのミタマレイルの花が光る?
そんな奇跡があったとしても、別に驚くほどのことでもない。
栞が関わったのだ。
ちょっとやそっとのことで、いちいち動揺していてはオレの身も心も持たない!!
「ちょっと待てえええええええええっ!?」
だが、これは良くない!!
良いはずがない!!
湖の側、ミタマレイルの花が光り輝く、その中心に、「聖なる女」が眠るように目を閉じていた。
それも全裸で。
深く考える間などなかった。
ほぼ反射に近い速度で布団を召喚し、その女の身体に向かって投げつけたが、何故か、それらは素通りしてしまう。
まるで、そこには誰もナニもないかのように。
それでも、7枚も掛ければ、その身体は文字通り、完全に布団の中に埋もれてくれた。
同時にその姿も完全に見えなくなってしまったのだが。
「まさか、主人がそこで寝ているのか?」
オレの奇行を暫く見守っていた兄貴が、ようやく口を開いた。
「おお」
目が覚めていたら、どうだっただろうか?
流石に慌てたよな?
栞はオレを寝具にするような女だが、慎みや恥じらいが全くないわけでもない。
「一応、確認するが、どんな姿だ?」
「兄貴には、見えないのか?」
「見えん。傍目にはお前が狂ったかと思った」
見えて……、ない……?
―――― 大事なのは愛だよ、愛
その声が再び、蘇る。
違うな。
これは愛じゃない。
「栞の身体がここに寝ている。但し、衣服を身に纏っていない」
オレの言葉に兄貴は少し驚いたようだが……。
「なるほど。それが、大神官の言っていたという、お前が『正視できない姿』ということだな」
そう結論付けた。
なるほど!!
でも、それを知っていたなら、ちゃんと言ってください!! 大神官猊下!!
ああ、それでも大神官も困っていた。
全てを伝えれば、あの精霊族がもっと余計なことをしそうだと。
それでも……、それでも!!
どんな状態でも、栞の全裸姿よりは絶対にマシだと思うのです!!
「見たのか?」
「見た」
見てしまった。
あの「発情期」の時すら、全部は見ていなかったのに。
いや、それでも、光っているミタマレイルの花に埋もれていただけマシかもしれない。
眩しい光って程ではないが、いや、却って、薄暗い森でその存在を強調しているだけじゃねえか!!
変に神々しく見えて、そういった意味でも正視できねえよ!!
ああ、でも、今、兄貴がこの場にいてくれて良かった。
自分一人では、どんな行動をとっていたか分からない。
「お前……」
兄貴の目線が痛い。
「いやいやいや! どう見たって、これは不可抗力だよな?」
まさか、こんな場所で無防備に、全裸で寝ているなんて思うはずがないだろう?
「それを主人の前でも言えるか?」
「言える!!」
だが、直後に軽蔑の視線は食らいそうだけどな!!
「しかし、何故、ここまで布団を出した? 主人が重いだけだろう?」
その時点で、兄貴には本当に全く視えていないことが分かる。
「重さは感じてねえと思う。出した布団は全部、栞に乗っからず、地に落ちているはずだ」
一枚目でそれが分かったから、埋もれるほど出したのだ。
羽毛布団だから、栞の身体を隠すのは5枚で十分だったが、それでも念のため、更に2枚追加した。
「透過するのか」
「そうみたいだな」
「残念ながら、俺には全く見えん」
そう言いながら、兄貴は布団を捲ろうとする。
「ちょっと待て」
だから、オレは兄貴を羽交い締めにして制止させた。
「なんだ?」
「それを捲るな、エロ兄貴」
「俺には何一つとして、見ることはできないのだが?」
確かにその言葉には嘘はない。
嘘はないのだが、オレの精神的なものだ。
「見えなくても、女に掛けられている布団だ。それを捲るな」
「布団は、主人の身体にかからず、地に接触しているはずだと言ったのはお前だった気はするのだがな?」
オレの分かりやすい態度に兄貴が苦笑した。
分かってんだよ。
でも、オレには見えるのだ。
だから、そう言いたくなる気持ちも分かってくれ!!
「布団は透過したと言ったが、ミタマレイルの花はどうだ? 人型には倒れていなかったから、やはり透過しているのか?」
「ミタマレイルの花も貫いて生え……? いや、さっき見た時は……?」
どうだった?
先に、栞の身体に目を奪われてしまったから、そこまで見ていない。
周囲の状況を見る余裕なんてなかった。
だが、確か……。
「栞の身体からは、生えていなかった」
栞によってミタマレイルの花が押し潰されているなら、人の形に倒れていることだろう。
それなら、兄貴もその異常に気付いたはずだ。
だが、ミタマレイルの花が栞の身体を突き抜けていたならば、逆に、オレはそっちの方に目が奪われ、布団よりも先に、状況確認をしたはずだ。
どう考えても異常事態だ。
人類の身体は通常、植物が生えてくるようにはできていない。
まあ、魔力を持った動物に根付いて栄養を取ろうとする植物もいるから一概にそうとは言えないのだが、ミタマレイルの花はそんな性質を持っていないことは分かっている。
「そこまでじっくり隈なく観察したと言うことだな?」
「そういう意味で言ってねえ。……ってか、あの時のオレに、見る暇があったと思うか?」
目には焼き付いてしまった。
だが、仕方ない。
あんなものを不意打ちで見せられて、目が固定されない半童貞なんかいるか!!
「暇はなくとも、目に焼き付けるには十分な時間があっただろう?」
そして、兄貴にはバレバレのようである。
いやいや、まだ挽回は可能だ。
「1枚目の布団を掛けた直後に動きを止めたよな?」
そっちもバレている!!
だが仕方ないだろう?
布団の上部に裸体が見えるんだ。
いろんな意味で釘付けになるのは当然だよな!?
「お前が開き直るのは自由だが、主人の前でもそんなに堂々とできるか? 不可抗力とはいえ、異性に自分の身体を隈なく見られたと知って、主人はどう思うと予想する?」
―――― 近付かないで!!
あの叫びが、蘇る。
―――― あなたの顔だって見たくない!!
オレはそう言われて、拒絶、された、のだ。
「あ…………」
不可抗力?
そんなの被害者には関係のない言葉だ。
傷つけられた結果がなくなるわけではない。
「ところで、九十九」
その一部始終を見た目撃者は……。
「俺は久しぶりに珈琲の味がする飲み物を飲みたいんだが?」
そんな交換条件を持ち出した。
―――― 黙っていて欲しければ、珈琲をいれろ。
そんな声が聞こえた気がしたから……。
「はい、お兄様」
オレはそう言って、頭を垂れるしかなかったのだった。
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