流れ星のような
「やはり、船が出ていないのは本当らしいな」
商業樹の一角にある喫茶店のような所で雄也先輩はそう言った。
この城下の宿屋というのは個室らしい。
それも犯罪防止のためとか。
だから、集まって話す時は、こういう所に来るしかないのだ。
貴族以上やそれに近い身分があれば城樹に行くこともできるらしいのだけれど、わたしたちの中では該当するのは水尾先輩だけ。
わたしにはそんな公式的な身分はないし、九十九や雄也先輩も同様だった。
「本当なら……、水尾先輩だけでも城樹に行けるんじゃないですか?」
「私だってないようなモンだ。アリッサムが崩壊してしまった以上、証拠がないし、信じてもらえないだろうな」
「この前の魔法とかを披露するとか……。あの七色の炎ってなかなかできるものじゃないでしょう?」
「阿呆か、お前は……。それは半分以上、脅迫に近くなってしまうだろうが」
わたしの言葉に九十九が呆れながらも突っ込む。
「……それ以前に、これだけ強力な結界内で王族を証明するほどの魔法は多分無理だろうな」
「う~ん。先輩の言う通り、私の魔法はかなり制限されているみたいだ」
なんでもここの結界は魔力や法力を帯びたモノに対して抑制力が働くらしい。
魔法の場合、魔気や魔力が高ければ高いほど、法力の場合は聖気や聖力って言うのが高いほど、その負荷は大きくなり、制限や圧力がかかるみたいのなのだけど、元々、魔力がないわたしは例によってそんなものは一切感じていない。
「……じゃあ、ここの兵……、騎士たちは……?」
魔法が使えないなら……どうするんだろう……。
「ああ。ここの近衛師団は法力や魔法は勿論使えない。だから、剣や槍、弓が主になる。馬術の心得がある者が少ないから、『騎士』とはちょっと言えないみたいだね」
そうなると、剣騎士、槍騎士、弓騎士ではなく、剣士、槍士、弓士、もしくは剣兵、槍兵、弓兵ってことか。
なんか、「騎」という漢字が一つ抜けただけでランクがやや落ちる気がするのは、字面のせいかな?
「だけど、この奥で事件が発生した時とかは、馬がないと移動がきついんじゃないか? 魔法で増強できる人間ばかりじゃないだろ?」
「元々、こんな狭い道で馬など乗り回せない。考えれば分かるだろう?」
九十九の言葉に雄也先輩は鋭く返す。
確かにここは広いけど、街道と違って店が所狭しと並んでいるために道路というより通路と言えるほど狭い。
「ここはスクーターがあるらしい。魔力が主動源じゃないものだから、制限は受けなくなるね」
「……スクーター……? 人間界みたいなのですか?」
なんとなく、道路の端を行く原付を思い出す。
あまり速度は出ないけれど、自転車よりは速い乗り物だった。
「ん~。似てるけど……」
「お。噂をすれば……だな」
「へ?」
チュイーンという電子音に近い音がしたかと思うと、すぐ近くを何かが通り過ぎていった。
「な!?」
「すっげ~! あれが噂の『エアロ=シューティングスター』か!?」
何故か九十九が大興奮。
わたしと言えば……、今、通り過ぎたものが何かも分からない。
人がいた気がするけど、何に乗っているのか分からなかった。
「今のが、そのスクーター」
雄也先輩が、通り過ぎた方向を向きながら言った。
「いや、何がなんだか……」
「あれだ。人間界でも子どもとかが片足で転がしてコロコロ~っと進むヤツがあるだろ? スケートボードにハンドル付けたようなヤツ。あれに似てるかな……」
水尾先輩がわたしにも分かるように説明してくれる。
「え……? スクーターって……そっち!?」
50ccバイクとかだと思っていたのに……、キック……いや、スティックボードの方?
「あんな玩具と一緒にしないでくださいよ! あの緻密な計算に基づく移動原理。あの速さなのに自分の好きなように動くことも可能で、しかも周囲の安全までちゃんと考慮されているんですよ!」
九十九が料理以外でここまで熱く語るのは珍しい。
「全く、男ってあ~ゆ~のが好きだよな~」
エアロ……シューティングスター……。
空気の流れ星?
「その軽さと、移動の原動力に空気を利用することから『エアロ』の名が付けられたみたいだね。詳しいことはオレも知らないけど」
「機械国家の技術だからな」
九十九と雄也先輩の言葉を聞く限りでは機械国家の技術が凄いってことしか分からない。
「……で、あの速さから『流れ星』ってことですか?」
「……らしいね。瞬く間だったろ?」
「交通事故が増えそうですね」
目に見える速度で走っている車だって、急に停まれないのに。
「でも、事故はまだゼロらしいよ」
「ドライバーが安全運転してるってことですか?」
あの状態ではどうしてもそうは思えないけど……。
「いや、あのスクーターが突然の障害物でも避けるらしいぞ」
「はあ……」
それはそれで事故に新たな事故に繋がりそうな気もしない。
急に停まると、慣性の法則というやつで、乗っている人の身体は吹っ飛ばないのだろうか?
ああ、でも、人間界の車でも電動制御とかあった気がする。
車に興味はなかったから、あまり詳しくないけど。
「でも、あれ……、高いらしいよな~」
九十九はずっと、スクーターとやらが去った方を見つめている。
この様子からすると、かなり憧れているらしい。
「どの国にもあるんですか?」
「一応、商品だからね。但し、九十九の言うとおり、かなり高額だから残念ながら簡単に乗ることはできないとは聞いているよ」
この様子では、普通の人は乗れないことが分かる。
「王族とか先程の兵たちぐらいですか?」
「本来は、近衛兵に与えるのも不思議なくらいなんだけどな……。割に合わないから」
割に合わない……。
金額的な意味かな?
「この国は、製造国である機械国家を除いて、魔界一あのスクーターを所有している国らしいからね」
「……お金持ちなんですね」
中心国であるセントポーリアよりも保有しているのか。
「あれだろ。今や魔界一の占術師。そいつのおかげでこの国が潤っているって話だ」
占術師……、確か人間界で言う占い師のことだ。
漫画とかでは見たことがあるけど、現実では見たことがない。
「魔法や法力を制限されても占いってできるんですか?」
「私もよくは知らないが、占術師の力は、魔法でも法力でもない未知なる力らしい」
いや……、魔法や法力も十分、未知なる力だと思いますが……。
「オレも詳しくはないが、その占術師ってやつは、各国から引っ張りだこらしいぞ」
「魔界人なら占いって普通にできないの?」
わたしには、そこがちょっと不思議だった。
魔法が使えるならば、人間界の占い師よりよっぽどか当たりそうなのに。
「占いの真似事ぐらいは出来るヤツもいるが……、あの占術師ほど高確率で確実に予見する者はいないだろうな」
「まあ、未来視が自分の意思で、意図する時期を視ることができるようなものだからね」
「未来視……」
雄也先輩の言葉に少し前に習ったことを思い出す。
魔界人は時々、不思議な夢を視ることがある。
そして、それは3つのパターンに分けられるらしい。
予知夢に当たる未来視、過去にあったことを視る過去視、そして、他人の夢に同調してしまう現在視。
全部の夢がそういうわけではないし、自分の意思で視ることが出来るわけじゃないからそれが確実ってわけじゃない。
それに、自分の身の上にこれから起きることやこれまでに起きたことばかりじゃなくて、見知らぬ他人の過去や未来を視ることもあるから結局それが真実かは分からないそうだ。
余談だが、わたしはまだ不明。
九十九は未来視で雄也先輩は過去視という話だ。
水尾先輩は……、そう言えば、まだ、聞いたことはない。
「占術師ねえ……。過去に視てもらったことがあるが……」
流石、王女さまだ。
「いろいろと言われた気がするが……、はっきり覚えているのは、過去の因縁に取り込まれるなと言われたことかな」
「は?」
そ……、それは一体……?
「過去の因縁って……、何かした記憶は?」
「それがありすぎてさっぱり……」
わたしの問いかけに水尾先輩はあっさりとそう言った。
既に、過去に何かしたってことでしょうか?
「まあ、一言で『因縁』と言ってもいろいろ意味があるから、悪い意味に取らない方がいいんじゃないかな」
雄也先輩はいつでも気遣いを忘れない。
「あまり気にしてるつもりはないんだが……、どうもその言葉だけがやたらと耳に残っているんだよ」
それを人は「気にしている」と言う。
「占いは忠告や警告の意味もあると言いますから、気になるようでしたらその時、注意してればいいんじゃないんですか?」
でも、水尾先輩の占い内容はともかく……、そんなことを相手に言える占術師ってどんな女性なんだろうね。
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