2名様、ご案内
「ここは……?」
気付けば、オレは透明感のある真っ黄色な地面しかない場所にいた。
黄水晶のような輝きを持つ黄色の床が、遥か遠くまで広がっていて、それがどこまで伸びているかも分からない。
何気なく上を見ると、やはり、頭上も同じような材質でできているのか、黄色く光っている。
だが、どこにも壁はない。
この状態になんとなく既視感を覚えた。
だが、オレはここまで一面が黄色の世界に来たことなどない。
ならば、オレは、何に似ていると思ったのだろうか?
考えられるのは何かの建物か、結界内に入ったということだろうが、ここまで完全に異世界を感じさせるような場所もそう多くはないだろう。
そう、ここは異世界だ。
少なくとも、先ほどまでオレがいた世界とは異なることはよく分かっている。
どこの国に行っても、この肌に感じていた大気魔気の気配が全くないのだ。
大気に含まれる魔力が少なかった人間界でも、かなり薄くはあったが、感じることはできた。
いや、今は自分の気配すら、はっきりと分からなくなっているから、もしかしたら、オレの感覚が鈍くなっているだけかもしれない。
こんなことは初めてで、どうすれば良いか分からない。
だが、慌てることなく落ち着いていられるのは、すぐ傍で眉間にしわを寄せている黒髪の男の存在があるからだろう。
その男は取り乱す様子もなく、周囲を探っている。
オレと同じようにいきなりこんな場所に放り込まれたにも関わらず、妙に落ち着いている姿が腹立たしい。
「なんだ?」
オレの視線に気付いた兄貴が訝し気な顔をして確認する。
「なんでもねえよ」
顔を逸らして前を見たオレに、聞き覚えのある呑気な声が蘇る。
―――― なんか遊園地のアトラクションに似ている気がしない?
―――― ほら、3D映像で仮想空間を作りあげているような……
そんな声を聴いたのはいつだったか?
あれはそう……、かなり前のことだ。
二年……、いや、三年前?
改めて周囲を見る。
栞が、初めて見た……、魔法の世界。
「……似ている」
あの時は一面、真っ青だった。
海のような空のような不思議な色の空間。
そこで、オレは栞と二人で……、変な三人組に会った後に、初めて紅い髪に会ったのだ。
「似ている……、とは?」
兄貴はオレを見る。
周囲の色は違うし、あの時は自分の体内魔気ぐらいは分かった。
だが、雰囲気と材質がよく似ているのだ。
周囲の大気魔気は人間界だったから薄いのも気にならなかったが、もともとある程度濃い場所から放り込まれれば、嫌でも違いが分かる。
つまり、ここは……。
「ミラージュのヤツらが作った空間に、よく似ている」
「ミラージュの?」
「人間界で、栞の生誕日に襲って来たヤツらが作った空間だ」
色が違ったからすぐに気付くことができなかった。
だが、色以外はそっくりなのだ。
オレが既視感を覚えた理由はそこだろう。
「なるほど……」
兄貴が膝を付いて、地を軽く叩くと、硬くて軽い音が耳に届いた。
「だが、コレはミラージュの人間が作った物ではないだろう」
「あ?」
何故か、兄貴は確信に満ちた声でそう言った。
「これまでの話から考えて、ミラージュにはあの紅い髪の青年だけでなく、他にも精霊族の血を引く者たちが少なからずいるはずだ」
確かに、ミラージュは意図的に法力を宿す人間を生み出している。
そして、精霊族と人間の間に生まれた子は、法力が強まりやすいことも分かっているのだ。
それならば、精霊族の血を引く法力を持った人間たちが他にいてもおかしくはない。
「お前が昔見たモノとコレが同じならば、そういうことなのだろう。恐らくこれは精霊族の能力だ」
兄貴は虚空を見ながら……。
「武骨な手ですが、お手をどうぞ。気高く美しいモレナ様?」
笑いながら、片手を伸ばした。
そして、そのまま制止すると……。
『おやおや、若くて良い男のお誘いなら、断れないねえ……』
そんな聞き覚えのある声がした。
だが、姿が見えない。
どこだ?
姿を消しているのか?
オレがそんなことを思っていると……。
「お久しぶりです。気高く美しいモレナ様」
『もう少し動揺してくれても良いんだよ? 色男』
どこかズレた会話が聞こえてきた。
「あ……?」
兄貴の視線の先……、伸ばされた右手に何かがいる。
具体的には兄貴の右掌の上に、丸くて小さな……。
「鳥?」
鳥の雛のようなモノがうごめいていたのだ。
その姿は、なんとなく、栞が好きそうだと思った。
だが、この形状では魔法や術を使わない限り飛べないだろう。
羽は小さく、身体は大きくて丸くて……、軽く突けばどこまでも転がりそうだった。
『こっちの坊やも反応が薄いねえ。もっと、驚き、畏れ、敬い、心の底から崇め奉っても良いんだよ?』
いや、オレの場合は驚きすぎて、何に一番驚けば良いのか分からなくなっているだけだ。
魔獣は当然ながら、魔鳥とも人類は会話ができない。
そして、人型以外の形である精霊族とも基本的に意思疎通は難しいと聞いている。
あの綾歌族の女だって、完全に鳥型になった時は言葉らしい言葉を発しなかった。
だから、話ができる完全に鳥型の精霊族に、かなり違和感がある。
いや、それが本体ではないのだろう。
あるいは、ローダンセにいるあの水鏡族の血を引いているヤツのように、自分の姿を変えることができるのかもしれない。
『まあ、色男と坊やが思っている通り、この姿は仮のモノだね。本体は、今、今代の聖女の魂を守っている。それなのに邪魔な男たちの気配がしたから、こっちに文字通り意識を割いただけだよ』
邪魔な男たちって……、オレたちのことか?
『そう。今回、聖女の護衛たちは邪魔だったんだ。おかげで予定が少しばかり狂っちゃったじゃないか』
オレたちがここに来たことで、未来が読めるはずの占術師の予定を狂わせてしまったらしい。
『特に坊やだよ』
「私……、ですか?」
オレが一体、何をしたって言うんだ?
『ワタシはもう少し今代の聖女を休ませたかったのに、近くに来た二人の気配を嗅ぎ取って、もう目覚めちゃったんだ。これは誤算だったねえ。今代の聖女との繋がりを舐めてたよ。失敗、失敗』
オレたちがこの国に来たことで、栞が休めなかったらしい。
今からでも、別の場所に行くか?
『もう遅いよ』
鳥は兄貴の手の上でもぞもぞしながらそう言った。
『既に目が覚めてるんだからね。後は、自然治癒させるしかない。どんなにこの気高く美しいモレナ様がパーフェクトレディだとしても、できることに限度はあるんだよ』
「主人は……」
兄貴が何かを言いかけて……。
『ああ、命は無事だよ。幸いにして魂の修復は済んだからね。後は神気に当てられて神格化が進んでいたのを、人類に近付けている所だったんだけど、そこで今代の聖女は色男と坊やの気配を感じたんだろうねえ。中途半端な所で目が覚めてしまった』
迎えに来るのが早過ぎたってことか。
「神格化が進んだと言うことは、主人はヒトには戻れないのですか?」
オレも気になっていたことを、兄貴が先に確認する。
その声には少し焦りの色が見られた。
『いいや、今代の聖女の身体はどこまでも人類だよ。ただね? その中にある魂がちょっと神に近付いているんだ。それを少しばかりどうにかしようと思ったんだけど……』
ちょっと待て?
今、さらりととんでもないことを言わなかったか?
栞の魂が神に近付いているってどういうことだ?
『まあ、目が覚めちゃったのは仕方がないから、後は自然に任せようかってなるよね? 大丈夫、大丈夫。人類の中にいれば、ちゃんと今代の聖女の魂も人類に戻るからさ』
「それは、今、主人は神に近いと言うことでしょうか?」
『そうだよ。ここのところ、精霊族と接する機会が多かっただろう? 特に純血の魂響族との接触なんて、相当、魂が磨かれてしまうんだよ』
魂が磨かれるとどうなるのかがよく分からんが、それって……。
「つまり、気高く美しいモレナ様との接触は、主人に悪影響を及ぼすと言うことでしょうか?」
オレの思考よりも先に、兄貴がそう結論付ける。
『人聞きが悪いことを言わないでくれるかい? ワタシとの接触は、今代の聖女に限らず、人類全般に悪影響を及ぼすんだよ。だから、人類の前にはできる限り現れず、力の一部だけをこうして派遣したり、『夢渡り』で間接的な接触を試みたりするんじゃないか』
その言葉で、何故、「盲いた占術師」が、人前に余り姿を見せないのかが分かった気がした。
『まあ、今代の聖女は、ワタシと会った後に、創造神の一部とも接触したみたいだからね。アレは神の中でも最上だ。そのため、かなり神格化が進んだことは間違いないかな』
創造神をアレ呼ばわり。
いや、今、気にするべきところはそれではない。
「無学で申し訳ないのですが、人類の魂の神格化が進むとどうなるのでしょうか?」
まだ兄貴の手の上で不思議な動きをしている鳥のような生き物に向かって問いかける。
大事なのはそこだ。
人類の魂の神格化が進んだ結果、栞にどんな影響がある?
『生きている間は何の関係ないよ。多少、神力が強化されるぐらいかな? でも、死んだ後は別だ。親兄弟や親しい友人と別世界に行き、新たな神になるか、祖神の糧になるか。その違いは大きいよね?』
それだけ聞くと、神格化が進んだ方が良い気がする。
栞の死んだ後のことなんてあまり考えたくはないが、オレのいない所の話だ。
『ああ、勘違いしているようだけど、神格化が進んだ方が、祖神の糧になるんだよ』
「「え!? 」」
その言葉に、オレだけでなく、兄貴も反応した。
『中の魂が、磨かれて祖神に近付く……、いや、祖神そのものになるんだ。簡単な話だろ?』
小さい鳥のような生き物はその羽を手のように動かしながら……。
『神の世界に全く同じ神は要らないからね』
楽しそうに勝手な言い分を口にするのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




