可愛げのない弟
改めて、弟からの報告書を眺める。
よくもまあ、ここまで情報を引き出したものだと感心するしかない。
俺では無理だろう。
やはり、あの大神官も弟相手には口が軽くなるらしい。
しかも、今回はそこに情報国家の国王まで加わった。
当人は気付いていないが、その二人はかなり突っ込んだ話をしてくれたようだ。
―――― ここにあるのは世界の救済方法
既に歪みが生じて長いこの世界を救う、数少ない手立て。
それが、大神官視点と情報国家視点でそれぞれ書かれている。
そのほとんどの起点があの主人となっている所は気に食わないが、言い換えれば、それだけの人間だということでもある。
―――― 王族の血を引き、神子の素養を持ち、封印の聖女の子孫である「聖女の卵」
それだけでも十分だと思っていたが、そこに世界救済の鍵の一部でもあるという。
それについて、誇るべきか、憂うべきか、憤るべきかは分からないが、少なくとも、弟はその理不尽さに憤りを覚えたようだ。
その部分だけ分かりやすく文字が乱れている。
そして、これらのことは大神官が漏らした「人界の破壊が六千年前に起きるか、今から始まるかの違い」という言葉が全てなのだろう。
その時代に当たった自分たちは運が悪いだけだ。
いや、何の予告もなく始まった六千年前よりは恵まれているのだろう。
少なくとも、覚悟する時間は与えられている。
尤も、それを受け入れられるかと問われたら、答えはNOだ。
生憎、自分はそんなに素直な人間ではない。
始まりは六千年前。
その負債を自分たちが支払うだけ。
それを簡単に受け入れることなど、できるはずがない。
「神の序列については聞いたか?」
「聞いてない」
「そうか……」
件の青年に取り憑いている神を引き剥がすために、それを超える神に願うという手法が少し気になった。
尤も、神は人間の願いなど叶えない。
願ったところで徒労に終わる可能性が高いということも理解している。
それでも、考えられることは全て検証すべきだろう。
「『導きの女神』の御力は、『破壊の神』を超えるだろうか?」
全ての発端となったのはその二神だ。
六千年前に人界を破壊すべく現れた「破壊の神」の意識は、どういうわけか、生まれる前に「導きの女神」から力を分け与えられた主人にも取り憑いたらしい。
だが、件の神々の逸話を探してみたが、その中でその二神の接点はなかった。
まあ、自分が探しきれなかっただけかもしれないが。
それでも、主人の中に、その「導きの女神」の欠片があるのも事実だ。
あまり考えたくはないが、神力が今よりも強化されるか、ストレリチア城門の前で彼の女神の意識を下ろした時のようなことができれば、あるいは……。
「超えるんじゃねえか?」
俺の独り言のような問いかけに、弟はあっさりそう口にする。
「惚れた弱みって言うだろ?」
だが、そう思った理由は根拠のないものだった。
俺は思わず溜息を吐いた。
「そういう感情的な話はしていない。『導きの女神』ならば、あの紅い髪の青年から『破壊の神』とやらを引き剥がすことができるかどうかという話だ」
それに、神の意識が簡単にそんな単純な感情で動くはずはないだろう。
「できると思うぞ」
だが、弟はさらにそう言った。
「大神官猊下も、情報国家の国王陛下も、それは疑ってなかったから」
「あ?」
疑っていなかった?
どういうことだ?
「栞の魂を聖霊……、いや、聖神界に送れば、その破壊の神ってやつの意識が追いかける可能性が高いってことは、その女神なら引き剥がせるってことだと思ったけど、違うのか?」
「それは件の神の意思ということであって、神の序列とは関係なくないか?」
首を捻っている弟の理論に、俺の方が首を捻りたくなる。
少なくとも、「破壊の神」は世界を超えるほど、「導きの女神」の欠片に執着している証明に他ならないだけだ。
「神の序列がどんなものか分からないけど、その『破壊の神』は栞だけじゃなくて、他の『導きの女神』の欠片を持って生まれた人間にも例のご執心……、シンショク行為をやって、魂を手に入れているって話だろ?」
「そうだな」
少なくとも、セントポーリア国王陛下の従兄妹姫が、それによって亡くなっていることは主人を通してあの「暗闇の聖女」から伝えられている。
他には、行方不明のユーチャリスの王女殿下か。
彼の王女殿下が、人間界へ行かず、この世界に留まっていたら、主人は巻き込まれなくて済んだだろうか?
済まなかっただろうな。
弟が言うように、「破壊の神」は、「導きの女神」の欠片の全てを集めようとしているのだから。
「その女神の欠片を何千年もかけて集めているってことは、本体の方は容易に手に入らないってことじゃねえのか?」
その発想はなかった。
だが、それには少し疑問も残る。
「俺が調べた限り、その二神に接点はない。一度でも手に入れようとすれば、少しぐらいは記録に残りそうだが?」
「神の世界はオレたちの時間とは違うんだろ? 接点はこれから起きることかもしれない。そして、手を出せないほど分かりやすい神力の差があれば、始めから勝負は挑まないこともある」
弟はそう言いながら、俺を見据えた。
恐らく、弟なりにずっと考えてきたことなのだろう。
その言葉に迷いはない。
「そもそも、なんでその神は、人界で『女神の欠片』を集める必要があるんだ? 本体はどちらも神界にいるはずだろ? 本物が同じ世界にいるなら、わざわざ人間に拘る必要なんかないと思うんだが?」
この世界に在る「大いなる災い」と呼ばれるものは、破壊の神の欠片を呼び寄せたものだという。
だから、その本体は当然ながら今も神界か聖神界にいるはずなのだ。
そのために、あの紅い髪の青年の身体の中にいる欠片と、主人が生まれる前にその魂に欠片が宿ることになっている。
「オレは、その本体が手強すぎて、手に入らないからだと思っている。だから、その欠片を集めて満足したいんだよ」
「面白い考え方だと思うが、そんな人間のような感情があるのだろうか?」
まるで、偶像崇拝の熱狂者が持つ心理に近い。
人間界では、好きな相手の持ち物なら、捨てようとしたゴミでも欲しがる人間がいたことを思い出す。
「少なくとも執着心はあるし、人間を玩具にする程度に娯楽に飢えている存在ってことは知っている。人間と思考が違う部分が多くても、その全てが違うってわけじゃねえだろ?」
その考えが間違っていなければ、ますますもって、頭が痛くなる話となるだろう。
既に熱に狂っている相手に道理は通じない。
「まあ、これはオレの考えだけどな。ああ、序列なら、大神官猊下に確認するか? その『破壊の神』って人間界のRPGのラスボスにいそうなヤツを超える神はそう多くないらしいから、全部確認することはできると思うぞ?」
「そうだな。念のために確認しておこう」
弟からの報告書から生じた疑問をまとめていく。
弟も同じように何かを纏め始めた。
聞きたいことは山ほどある。
だが、その全てに有益な答えは見つからないだろう。
あの大神官と情報国家の国王のことだ。
既に考えられることはやっていると思うべきだ。
その上で、俺たちにも覚悟を問うた。
同じ問いかけをされたら、俺も弟と同じ答えを返したことだろう。
―――― 世界を敵に回す覚悟はあるか?
そんな覚悟など、疾うにできている。
彼女たちに命を救われたあの日から、俺の命は、自分の物ではなくなった。
未熟な自分だ。
その力が及ばず護り切れなくとも、自分よりも先に死なせるような愚は犯さない。
―――― あの方が泣くから
始めはそうだった。
その理由が変わったのはいつからだっただろうか?
ふと、弟を見る。
俺とは別の理由から、主人を守ろうとする男。
「なんだよ?」
「いや、俺もお前ほど単純ならば良かったんだがな」
「兄貴みたいに複雑に考えて思考が迷うよりはマシだ」
小さかった弟はいつの間にか可愛げのない男に成長した。
誰の影響を受けたか分からないが、随分、扱いにくく育った。
「お前は複雑に考えなくても迷っているだろう?」
「オレは迷うぐらいがちょうどいいんだよ」
皮肉を言っても堪えない。
随分、図太くなった。
そのためだろうか?
「迷わなければ成長できないからな」
もう俺の役目は終わったと思うようになったのは。
―――― ツクモを、お願いね
俺は、その約束を果たせたのだろうか?
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