【第127章― 国の攪乱 ―】見覚えのある場所
この話から127章です。
よろしくお願いいたします。
目を覚ますと、そこは、光と緑に包まれた場所だった。
「ほえ……?」
状況が分からず、ぼんやりとした頭のまま、わたしは自分の身体を起こそうとして……。
「ほげえええええええっ!?」
一瞬で状況を理解して悲鳴を上げてしまった。
「え? ちょっ? なんで!?」
いや、状況を理解したというのは正しくない。
寧ろ、状況は理解できていない。
だけど、これだけは分かる。
「なんで、わたし、素っ裸なの!?」
何故か、一糸纏わぬオールヌードだったのだ!!
訳が分からない。
だけど、もっと分からないのは……。
「あれ?」
反射的に身体を隠そうとして、確かな違和感があった。
「あれれ?」
そのまま、自分の身体にぺたぺたと触れてみる。
胸、腹、肩、腕、太もも、足、顔、顔、顔、手、手、手。
特に念入りに顔に触って、さらに手を合わせてみた。
「音が……、出ない」
どんなに勢いよく手を合わせても、音がならないのだ。
三本締め、三々七拍子のようにリズムよく打っても、柏手のように音が出るような形の手で打っても、さっぱり音が出ない。
いや、それ以前に手を合わせた感覚そのものがなかった。
手だけではない。
胸に触れても、お腹に触れても、鎖骨に触れても、腕に触れても、どこもかしこも、触ったという感覚、感触というやつが全くなかったのだ。
「こ、これは一体……?」
始めは夢かと思った。
いつも視る夢。
白い霧に包まれた不思議な世界。
だけど、違う。
確かに全身の感覚はほとんどない。
多分、味覚も嗅覚もないだろう。
視覚はあるけど、聴覚は分からなかった。
触覚の方はともかく、音が聞こえないのはそのためかもしれないから。
だけど、一つだけ。
いつも以上に働いている感覚がある。
自分の中にナニかが凄い勢いで呑み込まれていく感覚。
これが魔気だと気付くのに、そう時間はかからなかった。
どれだけ、わたしは何もない状態だったのか。
大気魔気をこの身体全体で取り込んで、どんどん自分の体内魔気に変換していく。
まあ、よく分からないけれど、わたしは今、素っ裸で、体内魔気を回復させている最中だということだけは理解した。
これは夢ではありえない感覚。
だから、夢ではないのだと思う。
いや、感覚を伴う夢もあるだろうから、絶対に違うとは言い切れないのだけど。
落ち着いて、周囲を見渡す。
幸い、この周りに人の気配はない。
あるのは、木と……、湖。
そして、見覚えのある花がフワフワと揺れていた。
「ミタマ……、レイル?」
木と湖だけでは確信できなかった。
でも、この花。
この花だけは見誤ることはない。
あの植物の知識が大量にある青年が、とある場所でしか見たことがないという花。
「ここ、もしかして、セントポーリア……、城下の森?」
茫然としたまま、そう呟く。
信じられない。
なんでこんな所に?
どうしてこうなった?
そんなことを考えていた時だった。
『大、正、解っ!!』
「ふぎゃああっ!?」
背後からの声に、思わず、飛び上がってしまった。
いや、何も聞こえていなかった世界に突然の音が聞こえれば、その大きさに関係なく、ほとんどの人間は叫ぶと思うし、なんなら身体だって跳ね上がると思う。
でも、これで分かった。
聴覚は働いている!!
『いや~、思ったよりもすぐ把握してくれたね~。感心、感心』
その口調と声に聞き覚えがあった。
「お久しぶりです、モレナさま」
振り返ると、フードを目深に被った見覚えのある女性の姿があった。
「お見苦しい姿でお目にかかり、申し訳ありません」
そして、そのままわたしは頭を下げる。
『見苦しい?』
モレナさまは不思議そうな声を出して……。
『ああ、そのすっぽんぽん状態のこと? いやいや、眼福だよ、眼福。その姿を坊やが見たら……』
そんなとんでもないことを言いかけた上……。
『ああ、今回は、慌てて隠すのか。経験の少ない護衛の坊やは自ら、異性の裸体を拝むことができる貴重な機会を、自ら文字通り放り投げるんだね。ある意味、見事、見事』
さらに重ねてとんでもないことを口にした。
九十九のことだと思うけれど、それは容易に想像できる。
確かに異性の身体に興味津々なお年頃ではあるけれど、同時に紳士でもある青年は、そんな状況でも、じろじろ見ないらしい。
だが、「今回は」?
次回もあるってことだろうか?
いや、こんな機会、あんまりないだろうし、あったとしても、その相手はわたしではないと願いたい。
『ところで、今代の聖女。場所の把握はできたみたいだけど、なんでこんな場所にいるのかは分かるかい?』
「なんとなく……ですね」
問いかけられて、そう答える。
わたしの記憶は、ローダンセで仮面舞踏会に参加した日で終わっている。
あの日は、いろいろな知人と踊ったけれど、最後に懐かしい人間界のゲーム音楽に合わせてライトと、これまで一度も踊ったことが円舞曲の曲を踊ったのだ。
あの時は、わたしも焦っていて気付かなかったけれど、今、考えると、人に指示できるほどの円舞曲を、彼は何故知っていたのだろう?
九十九や雄也さんは、人間界で社交ダンスの講習を受ける機会があったことを知っている。
でも、ライトが、社交ダンスを習う?
なんとなく、想像できなかった。
いや、あの人が誰かに何かを習うというイメージが湧かなくて。
えっと、その後、人に囲まれそうになって、ライトから露台に連れ出されて……、そこで、告白されたのだ。
それも真面目に。
そして、その場で返事を強要された上、キスされてしまったことも思い出す。
あれは、わたしが悪い。
ちゃんとあの場ですぐに返答できなかったから。
あの時点では、残り時間がなかったライトが、業を煮やして行動に移したのは当然だと今なら分かる。
いや、だからといって、相手の心の準備がないまま、口付けするのはどうかと思うけど、それでも、されたこと自体は嫌だとは今でも思っていないから、そこは不問にするしかない。
その後もライトとはいろいろ話して、最終的に何故か、わたしは彼の全身を侵していた神の気配を祓おうしたのだ。
だけど、祓えなかった。
あの神はライトの身体に宿ったままだろう。
でも、眠らせた? ような状態なのだと思う。
そして、そこから先の記憶が全くないから、いつものようにぶっ倒れて、この場所に運ばれたってことかな?
多分、あの時のわたしは、魔法力が枯渇しかかった時よりも、もっと酷い状態になっていたのだと思う。
御守りに付いていた、恭哉兄ちゃんから貰った法珠を全て使い切っても、足りなかったのだから。
わたしがもっと魔法力があって、魔力が強ければ、彼を助けられただろうか?
『オッケー、オッケ~。ある程度は覚えているようだね』
モレナさまがそう言って笑った。
『今代の聖女は、あの場所で死にかけたんだよ』
「ほぎょっ!?」
死にかけた?
死にかけたって……、瀕死状態になったってこと?
『まだ心の準備ができていない状況の中、身勝手な想いだけで身の丈を超える封印に挑戦したんだ。対象の想いと、クソ坊主の神力が補助としてあったから、死の一歩手前で留まったけれど、その中の何か一つでも欠けていたら、その一歩を超えていた可能性はあったかな』
想像以上に危ない状況にあったらしい。
『まあ、普通ならそこに足を踏み入れる前に、心と身体のどちらかがストップをかけるもんなんだろうけどね。今代の聖女は、どちらも頑強で、悪運も強いから、そんなギリギリの線を突っ切ろうとしちゃうんだろうね。いやいや、いろいろ強いのも考えもの、考えもの』
「どういうことですか?」
『普通は強すぎる祈りに対して魔法力が足りなければ、枯渇して意識が落ちる。これが身体のストップ。これは理解できるね?』
モレナさまが右手の人差し指をピッと立ててそう言ったので、わたしは頷いた。
『そして、普通ならば、無理だと思った時点で諦める。これが、心のストップ。当然だね。できないものはできないし、無理なモノはどう足掻いても無理なんだからさ』
モレナさまは、そう言いながら今度は左手の人差し指を立てる。
『まあ、それ以前の話として、人類は想いが強すぎても魔力が弱ければ、その魔法が使えない。魔力が強くても想いが足りなければ、その魔法自体が生まれない。そこも分かるかい?』
そして、人差し指同士をクロスさせる。
モレナさまが最後に言ったのは魔法の基本だ。
想像と創造。
それらがどちらか一つでも基準に満たなければ、この世に生み出せないのが魔法。
『だけど、今回、今代の聖女は、もう一人の神力所持者の想いを受け止めて増強させた上、クソ坊主……、いや、別の神力所持者の神力を使って足りなかった力を補強させてしまった。まあ、それ以外にもいろいろ折り重なって、人の身に余る魔法を完成させちゃったわけだね』
「わあ……」
それ以外のいろいろって部分も気になったけど、今はそれを気にしている場合ではない。
『本来、肉体強度を超える魔法は、人類では禁呪扱いだ。その魂が削られてしまう行為に等しいからね。そうならないために、人類の肉体は魔法力という分かりやすい限界値を予め設定して、自己防衛を図るわけだよ。自身の魔法力を超える極大魔法なんて、簡単には使えないからね』
ライトが死にたくないと願った気持ちと、恭哉兄ちゃんからの法珠。
それらがあったから、わたしはその限界値とやらを超えてしまったってことになる。
『まあ、結論から言うと、生きてて良かったね? 今代の聖女?』
いつものように軽い口調で言われたが、何故だろう?
その言葉からは、どこかの大神官さまの怒りを彷彿させるような気配を感じたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




