何故か、知っている
「同じ血が流れている甥に会って、余人を交えずに話したかったのでしょう。忌憚のない会話を楽しまれたようで、良かったです」
大神官は軽く息を吐きながらそう言ったのだが、ちょっと気になる所があった。
さり気なく「甥」って言われたことよりも、「忌憚のない会話」ということの方が気になったのだ。
いや、オレはこれでもかなり遠慮はしていたつもりだが?
「グリス国王陛下の名前を呼ぶことを許されたのは、私が知る限り、そう多くありません」
さらに続けられた言葉。
この大神官もその「名前呼び」を許されていることは分かった。
だが、何故、知っている?
それは、あの場限りとしか言っていない。
そして、あの後、国王陛下と話す時間はなかっただろう。
会ったとしても、先ほどの情報国家の国王陛下との話の中で、「名前呼び」など、さして重要なことではなかった。
そうなると……。
「通信珠……?」
何らかの形で会話を聞いていたのだと思う。
だが、外部からの気配はなかった。
そうなると、内部……、情報国家の国王陛下が何かを持ち込んでいたと考えるべきだろう。
魔石も考えたが、使う時、どうしても気配が強くなる。
考えられる最良は通信珠だった。
「はい。不測の事態に備えさせていただきました」
そして、大神官はそれを肯定する。
あのエロ親父、通信珠を持って、この部屋に入っていやがったのか。
「不測の事態……とは?」
「あの国王陛下が貴方を気に入り過ぎて、強引に連れ出す可能性もあったからです。陛下には苦笑されましたし、杞憂で済みましたけどね」
そんなわけ……と思いかけて、あの色ボケ王子の父親だったことを思い出す。
オレはあの色ボケ王子からも拉致される所だったのだ。
その父親が似たようなことをしないとは言い切れないだろう。
「それは、大神官猊下のおかげかもしれません」
その通信珠が抑止力になってくれたのだと思う。
実際、会話中にそれっぽい話もあった。
あの時は、冗談で流したのだが、本気だった可能性もあったのか。
栞に「警戒心が足りない」とよく言っているが、オレも似たようなものってことか。
似た者主従だな。
「お気を悪くしましたか?」
「いえ、ご配慮、ありがとうございます」
オレの認識が甘かったことがよく分かったからな。
まあ、万一を備えて、余計なことは言っていない。
オレが口にしたことは、国王陛下も大神官も知っているようなことばかりだったはずだから。
それに、通信珠を使っていたことを隠し通すこともできたはずだ。
それでも、この方はオレに伝えてくれたのだ。
まあ、これは警告の意味もあるだろう。
大聖堂は大神官の管轄ではあるが、そこでも気を緩めすぎてはいけないってことだな。
相手は情報国家の国王陛下だったのだ。
それ以外にもいろいろなモノを隠し持っていた可能性はある。
次は気を付けよう。
「私にはまだ足りないものばかりなので……」
だから、周囲に甘えてばかり、護られてばかりでいてはいけないのだ。
教えてもらえる間に、どんどん経験を積んで、知識を吸収していこう。
オレにできることはそれぐらいなのだから。
「それでも、やはり何故、私だけに会って話したかったのかは分かりません」
可愛いかはともかく、兄貴だって「甥」なのだ。
それも、父親の血は濃いだろう。
金髪碧眼にしてしまえば、オレ以上に遜色はないと思う。
「兄の方が適役だと思うのですが……」
単体で会いたいと言えば、散々、嫌がった後で、条件付きで会うことだろう。
兄貴だって、情報国家の国王陛下と話すことが必要だと分かっているはずだ。
だから、今回、オレが会うことを許可したのだろうと思っている。
「陛下が九十九さんとだけお会いしたいと仰った正式な理由については伺っていないため、私見となりますが、よろしいでしょうか?」
「え?」
私見……って、大神官の意見ってことか?
だが、オレよりもあの国王陛下のことを理解している方だ。
それが正しいかは分からなくても、正解に近い気はした。
「お願いします」
オレはあの陛下のことをほとんど何も知らないのだから、素直に頭を下げた。
「陛下が九十九さんのことを気に入ったことが一番の要因だとは思いますが、それだけではありません」
それはそうだろう。
あの国王陛下がそんな私情だけで動くとは思えない。
「勿論、『聖女の卵』の護衛としての興味もあったことでしょう」
ああ、それもあるのか。
栞を護るのに十分かどうか、測ろうとされた可能性はある。
結果は、どうだったのだろうか?
通信珠の存在に気付いていなかったのだから、護衛としては駄目かもしれない。
あれは、大神官がオレを気に掛けてくれたから二重の意味で助かっただけなのだ。
「栞さんもそうなのですが、九十九さんはお話がしやすいのです」
「はあ……」
「それを、あの国王陛下にお話したことがあります」
つまり、それはオレがチョロいってことだろうか?
だから、情報を引き出しやすいってか?
それは随分、なめられたもんだ。
思ったより情報が得られなくて当てが外れたことだろう。
「それは稀有な才だと感心されていました」
あ?
どういうことだ?
「お二人とお話しさせていただくとたまにあるのですが、つい話し過ぎてしまうのです。ここまで話すと決めて引いている線を、少しだけ超えてしまうと言えば伝わりますか?」
「なんとなくですが、分かる気がします」
それは、オレが栞と話している時によく抱く感覚だ。
言わなくてもいいようなことまで口にしてしまう。
言ってしまった後でつい、ここまで口にするつもりはなかったと正気に返ることは珍しくない。
言うならば、その雰囲気に乗せられる……、のだろうか?
そして、直後、激しく後悔しても、当人が全く気にしないから、こちらも気にならなくなってしまうのだ。
「その時は、そこで終わったのですが、最近、アリッサム城が発見された直後ぐらいに、また会って話をしたいと、改めてそう願われたのです」
「それは……」
まさか、オレの関与がバレたってことか?
「それより前に王妃殿下を亡くされたからでしょう。いろいろ落ち着いた頃に、ふと淋しくなられたのだと思います」
「…………」
関係……、ないのか?
いや、まだ分からない。
大神官に言っていないだけで、バレている可能性もあるのだ。
オレはもっと気を引き締める必要があることだけはよく分かった。
「それ以外の理由として考えられるのは、雄也さんに対しては、少々、苦手意識があるように見受けられます」
「……はい?」
兄貴と情報国家の国王陛下がまともに対面したのは、オレが勝負と称して嵌められた直後だけだったはずだ。
あの当時、兄貴は話どころか、まともに身動きできるような状態ではなかった。
そんな状況で、情報国家の国王陛下が栞を追跡して乱入したところで、体調が悪化したのだ。
そして、この大神官より接見禁止の措置が取られたのだから、それ以外では会っていないことは間違いない。
だから、兄貴の方なら分かるのだが、情報国家の国王陛下の方も、兄貴に苦手意識があるのはちょっと意外な気がした。
「恐らく、『同族嫌悪』。あるいは、『近親憎悪』と呼ばれる感情なのでしょう」
あ~、それは分かる。
あんなに似ているのだから、その感情が湧き起こってもおかしくはない。
だが、兄貴が情報国家の国王陛下と会ったのはかなり短い時間だったと聞いている。
それでも分かるほど合わないのか。
まあ、似ている人間と言うのはかなり合うか、全く合わないかのどちらかだというからな。
同じ血でも、オレを気に入ってくれたのは、オレが兄貴とタイプが違うからかもしれない。
でも、栞はオレと兄貴は結構、似ているところがあるっていうんだよな?
どの辺りが似ているのかはよく分からんが。
「それ以外にも理由はあるかもしれませんが、現状では私が言えることはこのぐらいでしょう」
「十分です。ありがとうございます」
特に最後の理由は説得力があった。
兄貴が情報国家の国王陛下には、できれば会いたくないと言っているのも、そういった理由だからかもしれない。
それでも「絶対に」から「できれば」に変わっただけマシか。
オレがそんなことを考えている時だった。
「そろそろ、私も戻りましょう」
そう言って、大神官が席を立つ。
「九十九さんの迷いが晴れたようで、良かったです」
言われて気付く。
先ほどまでの重苦しい気配が消えていることに。
どれだけ、気に掛けてもらったのだろうか。
「ありがとうございました」
本当にありがたい話だ。
オレはこの方に何度、御礼を言えば良いのか。
「いえ、遅い時間に申し訳ありません」
そんな時間だというのに、オレを気にしてくれたことが嬉しい。
そして、大神官は扉に向かいかけ、ふと足を止めて振り向く。
「夜が明けたら、栞さんを迎えに行きますか?」
「はい」
なんだろう?
大神官が珍しく逡巡しているような迷いのある気配がする。
「九十九さん。貴方に忠告しておくことがあります」
いつものように表情の読めない顔に戻すと、そう告げられた。
しかし、忠告だと!?
こんなにはっきりとこの方が言うなんて、初めてではないだろうか?
「栞さんは恐らく、貴方が正視できない姿になっていると思われます。雄也さんは見慣れているでしょうから問題ないとは思うのですが、九十九さんには少々……」
「そ、それは、一体……」
栞が正視できない姿だと?
しかも、兄貴なら見慣れている……?
「これ以上は、私の口からは言えません。変に口にしてしまえば、彼の者がもっと非情なことを企てる可能性もあります。ですが、お気をしっかり持って、栞さんと対峙されてください」
さらに、不安だけが煽られた!?
彼の者って、間違いなくあの人のことだよな?
オレたちの目の前で栞を攫った「暗闇の聖女」。
だが、最低限の忠告に留めなければ、あの「人類の天敵」がもっと悪だくみをする可能性があるってことなのか。
「主人は命に別状はないのですね?」
「ありません。ですが、心に傷を負っている可能性はあります」
心に傷!?
何があった!?
「彼の者は、気に入った人間を自分が満足するまで揶揄うことが趣味だという理解しがたい悪癖を持っているので」
ああ、存分に揶揄われている可能性があるってことか。
情報国家の国王陛下の時も似たようなことを聞いた覚えがある。
だが、心に傷って……。
まあ、それぐらいなら?
「分かりました。御忠告、感謝いたします」
オレはそう返答し、大神官はそれを見て満足そうに頷いた。
だが、まさか、正視できないって、あんな方向だと思うはずがないよな!?
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