孤独な王様
「九十九さんもご存じだとは思いますが、あの方には敵が多いのです」
そう大神官は静かに告げた。
情報国家の国王陛下はその立場上、内外に敵が多いのは当然だ。
情報国家イースターカクタスという国に関してだけでも、兄貴だけでなく、水尾さんや真央さん、トルクスタン王子も情報国家をかなり警戒している。
どれだけ隠していることも、いつの間にか、何故か知られているということは恐ろしいほどの脅威としか思えないだろう。
何より、戒厳令を布いているような機密事項が漏れたなら、それを知っている人間の全てを疑う必要も出てくる。
そうなると、内部分裂も必至だ。
各国の内政、外政、軍政を含めた国政に不和を齎す存在とも言える国でもある。
そんな国の頂点を警戒しないはずがない。
オレ個人の感情としては、あの国王陛下に苦手意識はあっても、兄貴のように毛嫌いするような相手ではなかった。
だが、やはり極度の緊張と警戒は強いられた。
それでも、簡単に内側に入り込んでくるのだから、本当にやりにくい相手である。
自分から情報を小出しにしつつ、オレからも情報をかなり引き出されたことだろう。
問題のない範囲だろうと思うが、後で兄貴に再確認はしていた方が良いかもしれない。
当たり前の話ではあるが、情報は人によって価値が違うのだから。
「そして、正妃であったヤシリーナ=ルビール=イースターカクタス妃は、元々、陛下の兄君の婚約者候補だったいう話を、イースターカクタス城内の聖堂に在った正神官より伺ったことがあります」
ちょっと待て?!
それが、本当なら……? いや、本当なのだろう。
だから、大神官はオレに話している。
調べれば分かること。
でも、オレが調べようとしたこともないことを知っているから。
「その話によると、3人は幼馴染だったそうです。ですが、兄君は若くして亡くなられ、後に残され、泣き暮れていた婚約者候補だった方を慰め、何度も頭を下げて愛を乞うた国王陛下に折れる形で、お二人の婚姻は成立したと言われております」
その話にオレが知っている事実を混ぜると、婚姻すると思っていた幼馴染に逃げられて泣いていた女に、逃げた男の弟であったあの国王陛下がその代わりに必死に謝罪して、その代わりに婚姻することになったんじゃないのか?
そうなると、オレたちの親父は何も言わなかったけれど、あの国王陛下にとても大きな借りを作っていたってことにならないか?
「陛下に伺った限りでは、真実は少しだけ違うそうです」
「え……?」
真実は少し違う?
どの辺りが?
それによって、この罪悪感にも似た感覚が少しでも薄れると思ったオレは、本当に馬鹿だったのだと思う。
「『碌に話したこともない令嬢が、勝手に自分たちの幼馴染を名乗り、追いかけ回してきた』、『令嬢は兄が気に掛けていた正神女に程度の低い嫌がらせをしていた』、『兄がその正神女と出奔した後、当事者がいないのを良いことに、令嬢があることないこと吹聴した』」
ちょっと待て?
いろいろ待て?
この時点でツッコミどころしかねえ!!
どこが、「少し違う」だ?
大違いじゃねえか!!
だが、大神官は淡々と続ける。
「『令嬢の妄言を黙らせようとハメるつもりが逆にハメられて婚姻する破目になった』、『妄言が流布されたから兄に興味を持つ者がいなくなった』『子ができたら自分で育てると言い張られ教育係も付けられなかった』、そう陛下は零しておられました」
……事実は小説よりも奇なり。
そう言ったのは誰だったか……。
そして、あの情報国家の国王陛下をハメる女っていうのも凄えな。
それが、後の王妃ってことか。
もうそんな感想しか湧いてこなかった。
「私が知る王妃殿下は、我が子であるシェフィルレート王子殿下をとても愛情深く育てられていました。そのためか、王妃殿下が亡くなられた折、王子殿下は何日も城へ戻らなかったと聞きます」
その辺の話はオレも聞いたことがある。
情報国家の王妃は、溺愛しすぎたため、王子が我儘に育った。
王妃が亡くなった後、王子は女の所を泊まり歩いて城に帰らなかった。
その事情の断片を聞いた気がする。
そして、先ほどオレが抱いた罪悪感に似た感情は全くなくなった。
国王陛下の言い分だけを聞いて、それが絶対的な事実だとは思わないが、少なくとも、第三者たちによる勝手な噂よりは真実味があるだろう。
他国の話だ。
自分たちの所に届くまでにはかなり捻じ曲げられている。
それでも、大神官が情報国家の国王陛下から聞いた話を曲げて伝えるとも思っていない。
多少、表現を和らげてくれたとは思っているけどな。
あの国王陛下のことだ。
もっと明け透けな言い方をしていても驚かない。
「国王陛下には尊敬している兄がいましたが、その方はある日突然、目の前からいなくなってしまいました。その後、妻となった王妃殿下の愛情は王子殿下に強く深く注がれ続けたようです。そして、王子殿下は大きすぎる父親から距離をおいて接していると伺っております」
尊敬した兄は、慕っていた自分を置いて、他の人間と共にいなくなってしまった。
その結果、オレたちは産まれているのだが、残された人間はそのことをどう思っているのだろうか?
オレに対しての態度は、好意的だと思う。
だが、兄貴には明らかに全然違った。
もしかして、母親が国から出たのは、兄貴ができたせいか?
婚前交渉はこの世界でも珍しくはないが、王族が正神女を孕ませたのなら、話は別だ。
自分の兄が国を出る原因になったのがソレなら、オレたちの母親とその時に胎に宿った兄貴に対して複雑な気持ちを持ってもおかしくはない。
妻となった王妃殿下っていうのは、さっきの話に出てきた接点もほとんどないのに「幼馴染」と名乗っていた女のことか。
多分、嫌がらせをした正神女って、オレたちの母親のことだよな?
多少のことをしても、効果はなさそうな気の強さを持っていた。
ああ、でも、国王陛下も言っていたな。
嫌がらせを受け、木に登っていたと。
その女がやった嫌がらせだったかは分からないが、その結果、オレの親父との接点もできてしまったのだから、なんとも言えない気分になる。
そして、国王陛下をハメて婚姻した後は、生まれた息子ばかりを構った……と。
その結果、あんな周囲のことを考えない色ボケ王子になったってことか。
いろいろ繋がって、不思議な感じがする。
その息子……、色ボケ王子は国王陛下から距離をとっているのか。
世界会合時期に国王陛下と話すまでは話しか聞いていなかったので、父子で同類だと思っていたが、全く違う。
確かに上位者特有の傲慢さはあるようだが、国王陛下は自分の役割を理解した上での行動であり、あの色ボケ王子は完全に素だ。
「国王と言う存在はその立場上、孤独になりやすいのです。周囲からは一目置かれ、距離を取られてしまいます。横に並び立つ者、周囲で支える者に理解がなければ、その心の内は理解されないことでしょう」
それは分かる気がした。
セントポーリア国王陛下は千歳さんが秘書として傍にいるようになった。
片時も離さないわけではないが、近くに置いて重用している。
いや、あれだけ仕事ができれば、異性じゃなく同性でも傍に置くだろうけど。
この大神官もそうだ。
神官の中でも頂点であり、人類の中では神の代行者とも言われる「大神官」。
本来なら、国王以上に孤独であるはずなのに、それを人類側に引きずり込んでいるのは、この国の王女殿下と友人でもあり精霊遣いでもある他国の王子殿下の功績だろう。
「そのために、同じ血が流れている甥に会って、余人を交えずに話したかったのでしょう」
軽く息を吐きながら……。
「忌憚のない会話を楽しまれたようで、良かったです」
国王陛下と似たような孤独を知る大神官はそう言ったのだった。
この時点で、「あれ? 」と、思われた方。
暫く、お待ちください。
この辺りの話は、後にまた出てくる予定です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




