商業樹の装飾品
ジギタリス城下の商業樹と呼ばれる空間にて、わたしたちは、その中にある商店を見て回ることにした。
基本的にここはセントポーリア城下と違い、屋根もない露店のようなものばかりである。
まあ、ここは風雨には強そうだから大丈夫なのだろうけどね。
洋服とか日用品とかも同じように売っている辺り、人間界で言う「蚤の市」のようだった。
少し前に立ち寄ったオーバ村もそんな印象がある。
そう考えるとジギタリスという国自体がそうなのかもしれない。
でも、気になる点が一つ。
「居住樹って樹もこんな感じなんですか?」
「そっちは行ったことはないけど……、長屋みたいに仕切られているって聞いてるよ」
「……ってことはちゃんとプライベートは護られてるわけですね。良かった」
「それを言うならプライバシーだろ?」
九十九、煩い。
そして、細かい!
「大外れと言うほど外れてないのが微妙な所だな……」
水尾先輩が苦笑している。
暫く、3人で歩いて行くと……。
「あれ? ここはアクセサリー屋かな?」
女性向けと思われる装飾品売り場や貴金属売り場があった。
普段はあまり目がいかないのだが、九十九にお守りをもらったためか、なんとなく見てしまう。
しかし、それらを露店で売るのはどうなのだろう?
夏祭りの縁日で玩具の指輪とか、暗闇で光る腕輪とかを見ていた時のような気分になったのは間違いない。
「私はこ~ゆ~細々したヤツって苦手だな~。直ぐ無くすし」
「これが細々?」
水尾先輩の言葉に九十九が首を捻った。
今、わたしたちが見ている店はごてごてとしていて、やたら派手な感じのものが多かったからだろう。
偏見が入っているとは思うけど、ちょっと上流階級のおばさま方が、自分の財を自慢するためだけに付けるような指輪とか、数珠のような三連ネックレスとか、耳が重たくなりそうなイヤリングだとか、普段使いとは思えない。
わたしはどちらかというとシンプルなデザインのヤツの方が好きだから、どうもここにあるのはあまり身につけたくはないな……。
邪魔そうだし。
「魔力も感じないし、法力もゼロか」
水尾先輩がそう呟く。
「お客さん、うちは着飾るための所でお守りになるようなアミュレットや護符のタリスマンは一切扱ってないんだよ。悪いね~」
「いえいえ、それが希少なのは存じていますので、お構いなく」
水尾先輩が笑顔で店主に応える。
お?
水尾先輩がちょっと女性……いや、上流っぽい感じ。
そうしていると、本当にお姫さまって感じなのに。
「確かにアミュレットやタリスマンは希少で高価だけどよ~。店の箔付けのために一つぐらい置いてろってんだ」
そして、先ほどの店から少し離れた後、そう呟いているのが聞こえた。
他人との会話が終わったために、すぐいつもの口調に戻してしまったらしい。
水尾先輩は、見た目が良いので、ちょっと勿体ないな~と思ってしまうのはわたしだけだろうか?
でも、アミュレットって希少で高価なんだね。
「そんなに少ないんですか? アミュレットって……」
わたしは水尾先輩に尋ねてみる。
「アミュレットやタリスマンとかは法力を籠めないと本物とは呼ばれないんだ。魔力で効果付与しても、法力ほどの効果は見込めないらしい。ただ、魔力と違って、法力を僅かでも品物に籠めるのは至難の業だっていわれている。それも半永久的に籠められなければ意味がないからな」
「へ~」
「そうそう。だから、それらを専門に扱う店はほとんどないみたいらしい。なかなかお目にかかれないって兄貴も言ってた」
九十九もそう言う。
「法力を使えれば籠められるって単純なものではないってことですか?」
「そ。かなり特殊な技術と法力が必要とされる。まあ、ストレリチアならそんなヤツらもいっぱいいるんだろうけどな。中心国ならともかくこんな辺境の国じゃ……難しいか」
……ってことは、中心国ではない国の、それも城下から離れた村で手に入れた九十九は、かなり、運が良かったのかな?
しかもすぐその店が閉まっちゃったらしいし。
「ただ困ったことに、質の良いアミュレットやタリスマンを手に入れたところで相性ってやつもあるのが厄介なんだけどな。魔力以上に法力は相手を選ぶって聞いている」
「相性?」
「要は値段が高けりゃいいってわけじゃないってこった。高いヤツを買っても自分に合わないとクズとかわらねえ」
人間が選ぶのではなく、道具の方が選ぶのかな?
「でも……、安いのとばかり相性が良いのも何かイヤだと思うよな」
「そうだね……。根っからの貧乏気質みたいだ」
でも……。
「水尾先輩は、細々した物が苦手な割に詳しいんですね」
「これぐらいは一般常識。それに……、直ぐ無くすから苦手だけど全く興味がないわけじゃないからな」
つまりは好きなのだろう。
好きだから無くすのがイヤってことかな。
「コレ……、はどうなんだろうね」
左手首に下がった少し透明感のある紅い石が付いている銀の鎖。
そんな話を聞いた直後だから余計に気になった。
「お? 高田……、アミュレットを持ってたのか。ちょっと見せてくれ」
雄也先輩は割とすぐに気付いたみたいだけど……、水尾先輩は気付いてなかったみたいだ。
手首がどころか二の腕まで出ている服なのだし、小さいとはいえ目を引く紅い珠をつけているのだから……。
いや、気付かなくても問題はないのだけれどね。
「うおっ!?」
「ど……、どうしました? 水尾先輩」
「すっげ~、コレ……。ただのアミュレットじゃねえ」
「は?」
水尾先輩の言葉の意味が分からず、短く聞き返す。
「少年、コレはどこで? いくらだったか?」
あの……?
何故、九十九からだと?
いや、確かにわたしじゃ買えないと思うけど。
「3日前に立ち寄った行商人村で……。その値段の方は……ちょっと……」
そう言いながら、わたしの方に助けを求めるような視線を寄越した。
「あ。そうか……。高田の前じゃ言いづらいよな。じゃあ、後でこそこそ~っと」
それもちょっとヤダな……。
いや、そっちの方がイヤだな。
「ソレ……そんなに凄いんですか?」
九十九の方も恐る恐る尋ねる。
そりゃそうだろう。
この水尾先輩の異様な興奮状態を見れば、少なくとも普通のモノではないことは分かる。
「凄い。……というか綺麗なんだよ。法力の質……、聖気ってやつが」
「は?」
「魔法もだけど、法力は何よりもその人の人格が出やすいんだ。今まで、いろんなアミュレットを見たが、これは別格だ。余程、穢れがない人物が心を込めて法力を籠めたんだろうな……。とにかくかなり質の高い聖気だ……」
何故だろう。
口調はいつも通りなのに、水尾先輩がすっごく穏やかな表情をしているように見える。
なんていうか、周りに流れる空気が穏やかで優しいような?
「く~。もっと早くに気付いていれば……。グロッティ村にいるあいつ等に通信してみるか? いやいや、これは自分の目で見て探したいな~」
水尾先輩は……、実はかなりこういうのが好きなのかも知れない。
「大事にしろよ。高田。これは私も保証してやる」
「……『くれ』とかは言わないんですね」
ワカなら言いそうだ……と、なんとなく人間界にいた友人を思い出す。
「言いたいよ、すっごく。でも、これは少年が高田のために選んだもので、その念も入ってるし、それを貰った高田の想いも籠もっている。そういうのは奪えないだろ?」
「案外、ロマンチストなところもあるんだな……、水尾さん」
九十九がボソリと言った。
「『案外』とはど~ゆ~意味だ、少年?」
しかし、それを水尾先輩が聞き逃すはずもなかった。
「い、いや……その……」
九十九は困ったように、先ほどとは違った種類の助けを求めるような視線をわたしに送ってきた。
ごめん、無理!
こんな状態になってわたしを巻き込まれても正直、困るのだ。
そんな二人を見ながら、自分の手首にブレスレット……いや、お守りを戻した。
「それにしても……、コレはそんなに凄い物なんですね」
「それと相性が良ければいいな」
「相性が良いとどうなるんですか?」
「相性ってのは本来、持っているアミュレットの力やタリスマンの力をどれだけ引き出せるか……ってことに繋がる。アミュレットの場合は、より護りが強くなるってとこかな」
「……ってことは相性が悪いと……?」
「全然、力が発揮されない。だからクズ同然って言ったろ」
「なるほど……」
どうか、コレとの相性を最高とまでは言わなくてもそこそこ良い物でありますように!
わたしとしては、そう祈るしかないわけだ。
「……にしても、辺境の行商人村だからと言って馬鹿にはできんもんだな。もっといろいろ見ておけばよかった」
水尾先輩が名残惜しそうに、わたしの手首を見つめていた。
その姿は、失言した九十九にオヤツを買いに行かせた状態でなければ、それなりに良い場面だったかもしれない。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




