遠回りな忠告
「情報国家の国王陛下は、本当に私を揶揄うためだけに、あんなことを言ったのでしょうか?」
改めてオレは大神官に問いかけた。
冗談にしてはタチが悪すぎる。
だが、オレの眼は光を映し出さなかったのだ。
だから、余計に迷ったとも言える。
大神官は少し考えて……。
「陛下のお考えは分かりませんが、ロットベルク家との話がある以上、現実的ではないとだけ申しておきます」
そう述べた。
オレもそう思っている。
いくら、あの国王陛下でも、他国の貴族との間に正式な話として持ち上がっている婚姻契約の間に割り入ろうなんてことは容易ではない。
ただの口約束ならともかく、栞とローダンセの貴族子息、そして、カルセオラリアの王族がそれを取り持ち、仲介役を務めているのだ。
そこに変な手出しをすれば、ローダンセだけでなく、カルセオラリアからも反感を得てしまう。
勿論、そんなことを気にせず、それぐらいやりかねないように見えるが、あの国王陛下は意外と常識的な面もある。
やるなら、問題のない範囲の手段を選ぶと思っている。
「それは、ロットベルク家との話がなくなれば、可能になるという意味で受け取ってよろしいでしょうか?」
「その通りです」
既に約束された間に無理矢理、入り込むよりは、こちらの方が現実的だろう。
そして、情報国家ならば、いや、あの国王陛下ならばそれは可能だと思う。
それでなくとも、栞とロットベルク家第二子息との関係は、そこまで強固なものではないのだ。
これはオレの願望ではなくて、二人を客観的に見た結果である。
互いに利はあるから、簡単に反故、破棄することはないだろう。
それでも、そこに利以上の不利益が生じたら分からなくなる。
そして、情報国家はそれを行えるだけの情報を持っているはずだ。
その気になれば、子息本人の、いや、ロットベルク家自体を土台から揺るがすこともできると思っている。
あの家はそれだけ隙が多い。
今は単に泳がされているだけだ。
何より、情報国家の国王陛下は、栞の価値を、恐らくオレたち以上に正しく理解している。
親子ほど年の離れた女を本気で継妃にと望んでいるとは思いたくないが、確実に囲い込むためには、いずれ、何らかの行動に出る気がしてならない。
「まだ憂いは晴れないようですね?」
「いいえ。迷いはなくなりました。ただ、別の懸念が生じただけです」
そうだ。
何も、情報国家の国王陛下の望みを叶えてやる必要は全くないのだ。
確かに、栞をセントポーリアのクソ王子から護ることはできる。
だが、それだけしかないのだ。
そして、確実に護れるわけでもない。
情報国家の国王陛下の話では、既に、セントポーリアのクソ王子はなりふり構わっていられないような状態なのである。
セントポーリア国王陛下の実子ではない以上、栞に子を産ませることが肝要ならば、栞が誰かの妻になっていても関係ない。
そして、その相手がローダンセの貴族子息の妻であっても、情報国家の国王陛下の継妃であっても、それらを気にする余裕もないところまで追い込まれていたら?
情報国家からの報復すら気に掛けていないのならば、もう、恐れるものは何もない。
その結果、今の地位を失うことになっても、栞は手に入るのだ。
見事に手段と目的が入れ替わっているように見えるが、あのクソ王子は栞の出自……、セントポーリア国王陛下の実の娘だと気付いているのだから、新たに別の目的が生まれている可能性もあるのだ。
自分はセントポーリア国王陛下の子だと思っていたが、実は違うことを知った後で、王の実子の存在を知ったら?
あの狭量な王子は、自分より魔力の強い存在を疎み、排除しようとしたことが既にあるのだ。
その時は、まだセントポーリア国王陛下の実子であるかどうかなんて、分かっていない段階だったのに。
それならば、再び、排除しようとする可能性もあるのではないか?
しかも、自分の立場を揺らがす存在でもある。
そんな時、オレならどうする?
邪魔だと思えば、その存在を消すのが一番だ。
自分を破滅に導く存在ならば、殺られる前に消せば、無駄がない。
後顧の憂いも断てるからな。
だが、同時に、利用すれば自分の立場を守れる存在にも変わるならどうするか?
欲張りな人間ならば、利用しつつ、壊そうとするだろう。
ああ、だから、情報国家の国王陛下は何度も言ったのだ。
―――― 自分の子を孕むまで犯し続けるだろう
オレに告げた言葉は、「抱く」でも「抱き続ける」でもなかった。
警戒心を高めるために、より衝撃的な言葉を選んだのかと思ったが、違うのだ。
セントポーリアのクソ王子は始めから、栞を壊す気でいる。
栞がセントポーリア国王陛下の唯一の実子だから。
さらに、その過程で子を宿せば、自分の立場も護られる。
なんてクソ王子にとって都合が良すぎる話なのだろうか?
それはつまり、セントポーリアのクソ王子が、セントポーリア国王陛下から譲位されたとしても、終わらないことになる。
自分を脅かす存在であり、自分の立場を盤石にする存在。
王位についたとしても、それは何一つとして変わらない。
いや、王位についた後の方が厄介な問題となる。
もしかしたら、その点には兄貴も気付いていないかもしれない。
クソ王子が王位を継げば終わりとなると思っている節があるからな。
「大神官猊下。今日、ここで、情報国家の国王陛下に会う機会を作っていただき、本当にありがとうございました」
会わなければ、話さなければ、何も分からないままだった。
最悪、栞が婚姻後に攫われてから、ようやく気付いたかもしれない。
「前々から頼まれていたのです」
「え?」
「情報国家の国王陛下が、九十九さんだけにお会いしたい、と」
あの国王陛下が、オレだけに……?
「あの世界会合後に、そのような願いを託されました。栞さんも雄也さんもいない場で、九十九さんだけと話がしたかったようです」
「それは、何故でしょう?」
分からない。
今回の話は、兄貴がいた方が絶対に良かったと思う。
栞には、ちょっと聞かせにくいから良いけど、兄貴はオレと同じ栞の護衛なのだ。
オレよりももっと多くのことに気付いただろう。
「情報国家の国王陛下が九十九さんを甚くお気に召したからでしょうね」
気に入られたことは嬉しくない……、とまでは言わないが、その言い方では少々複雑になる。
いや、光栄なことなのだ。
普通の男ならともかく、相手はあの情報国家の国王陛下なのだ。
だが、やはり、どこか複雑な気分にはなる。
あの国王陛下にとって、それだけオレが親父に似ているってことなんだろう?
つまり、オレ自身が買われたわけではないのだ。
これが、親の七光りってやつかもしれない。
「あの方は、淋しい方ですから」
「……はい?」
あの方が、淋しい方だと?
驚きすぎて、完全に素で返してしまった。
「気付かれませんでした? あの方はかなり淋しがり屋で、甘えん坊ですよ?」
さらに、衝撃的な単語が追加された。
大神官の口から出る言葉としては、かなり珍しい種類のものだ。
それだけに、却って説得力がある。
言われてみれば、オレはいきなり抱き締められた。
情報国家の国王陛下を驚かせるために、金髪碧眼にしていたせいだろう。
しかも、なかなか離れなかったのだ。
あれは、そういうことだったのか?
「気を許すと、無遠慮な言葉を使いながら揶揄うようになるのもそのためでしょう。単純に、情報を引き出すためだけでなく、その相手から構って欲しい人なのですよ」
うわあ……。
あの国王陛下から見れば、かなり年下であるはずの大神官がここまで言うとは……。
「それでも、自分の息子よりも若い貴方にまで甘えるというのは、少しばかり釈然としないものがあります。これではどちらが年配者か分かりませんね」
まあ、確かに王の威厳などあったものではないが、逆に言えば、あの国王陛下はそれだけ甘えられる場が少ないということでもあるのだろう。
それにオレが気付かない程度の甘えなら、特に気にするほどでもない。
構って欲しい、注目してほしいという承認欲求の強い王侯貴族は多いが、あの国王陛下はそういったものでもない気がする。
既に、この世界でもいろいろな人間から認められ、敬われる存在なのだ。
今更、そこにオレが追加されるかどうかなんて、どうでもいいことだろう。
オレとしては、あの国王陛下は人間としても、国王としてもかなり凄い人だと思っている。
まあ、エロ親父だけど。
それをオレが口にしても、怒るどころか笑い飛ばしたというのは器もデカい証拠だ。
兄貴に同じ言葉を言ったら、冷たい笑みをくれるだろう。
情報国家の国王陛下のことを考えると、どうしてもその比較対象が兄貴になる。
傍系とはいえ、同じ血が流れていることもあるが、似たようなタイプだからかもしれない。
目の前にいる大神官も似たタイプであるが、絶対的に違う部分がある。
兄貴はオレを素直に褒めない。
高評価をされても、凄く分かりにくい。
後からになって、「あれ? もしかして? 」と、思うことばかりなのだ。
情報国家の国王陛下は褒めるが、言い回しとかが兄貴に似通っている。
兄貴よりも分かりやすい所と、多分、兄貴以上に分かりにくい部分もあるのだろう。
先ほどのセントポーリアのクソ王子に気を付けろという忠告なんて、大神官と話して整理しなければ、報告書の段階で気付けたかどうかも分からない。
ああ、分かりにくくて、皮肉が多く、嫌いな相手に嫌悪感を隠さないところがとてもよく似ているのか。
それ例外では、気に入った人間は懐に入れて、自分が最良と思う手段で護ろうとするところもだな。
問題なのは、相手にとって最良ではない。
それによって守られた相手がどんな感情を抱こうとも、自分が良いと思えば、その考えを貫こうとするのだ。
その結果、最も傷付くのは自分自身だと分かっていても。
迷惑な話だ。
そんな形で護られても、護られた方は全く嬉しくねえんだよ、兄貴。
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