後先考えない馬鹿
「まあ、その『聖痕』だが、生まれた直後に浮かぶのは、その瞬間、大陸神から加護を授かった印だとされている。『王家の紋章』と同じであるのは、その紋章自体が国を新たに興す際に大陸神より賜るものだからだろうな」
そうなのか。
国旗などに使われている「王家の紋章」は、人類が考えたものではなかったらしい。
「『聖痕』の濃さは、王族が授かる大陸神の加護の強さとも言われている。同じ胎から生まれた兄弟、俺たちのように双子であっても、出産時に浮かぶその濃度は違ったと聞いている。そして、一定でもなく、変化するらしい」
王族は、生まれた直後に六十分刻ほど、その国の『王家の紋章』が浮かぶという。
双子でも、その濃淡が異なるなら、大陸神が与える加護の強さも一定ではないということだろうか?
「ウォルダンテ大陸のオキザリスから女性王族が消えた原因がそこにある。自称伝統国家のオキザリスは、より濃い『王家の紋章』が浮かんだ王族を王位につけるという王家典範を作っていた。だから、悲劇が起きたのだ」
情報量がいろいろ多いが、オレが一番気になったのは「自称」だった。
つまり、オキザリスは自分たちで勝手に「伝統国家」と名乗っているらしい。
そして、情報国家の国王陛下基準ではそれを認めないということなのだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
全くもってどうでもいい!
「この世界では、体力や筋力は男の方が強いが、魔力に関して言えば、女の方が圧倒的だ。魔法国家アリッサムの頂点が女王であり、アリッサムの直系王族が女しか生まれないことからもそれは分かる。つまり、大陸神はどれも女好きってことだな」
途中まで納得しかかったが、最後の言葉で台無しだった。
だが、それで分かる。
そのオキザリスの「王家典範」とやらに書かれている通りだと、王位はかなりの確率で女が継ぐことになる。
だが、オレが知る限り、オキザリスで女王が立ったことはなかったはずだ。
「オキザリスでは男よりも濃い『王家の紋章』が浮かんだ女児は内々に処理されてきたようだ。だから、オキザリスには女性王族が生まれないということになった。どう考えても、阿呆だよな? 魔力の強い王族を処理するよりも、典範の方を変えろって話だ」
「私からの意見は控えさせていただきます」
話を聞いて、オレも阿呆だと思ったけどな!!
だが、ウォルダンテ大陸の大気魔気が荒れているのは、やはり、中心国であるローダンセだけのせいではないことが実によく分かる。
そして、情報国家の国王陛下が「自称」と付けたくなる気持ちも理解できた気がした。
「状況も理解できない阿呆どもの話など、どうでもいい。勝手に滅ぶだけのことだ」
その滅びは一国だけなのか?
それとも、ウォルダンテ大陸全体に及ぶ話なのかが分からない。
「シオリ嬢は間違いなく色濃い『聖痕』をその身に宿しているだろう。誰の目にも分かるようになるのが、20歳以降と言うだけで、今は見えないだけだ」
栞は大陸神の加護がかなり強い。
だから、「聖痕」が濃いのは明らかだと言うことだろう。
「だが、ダルエスラーム坊は違う。シオリ嬢のように押さえているわけでもないのに、あの体内魔気の強さでは、当人が持つ大陸神の加護自体がかなり弱いのだろう。だから、その次代は『聖痕』すら浮かばない可能性が高い」
情報国家の国王陛下はそう言いながら薄く笑う。
「そして、それは俺だけでなく、『聖痕』を知る王族たちならば気付いている。ああ、勿論、ウォルダンテ大陸のナスタチウムは『聖痕』を知らないはずだが、セントポーリアの王子は絶望的に魔力が弱いことは知っているだろう」
あのクソ王子の魔力が弱いことならば、「聖痕」の知識の有無に関係なく、誰でも気付くことだ。
それほどまでにあのクソ王子の魔力は弱い。
そして、それが大陸神の加護の影響からだと分かれば、面倒な話となる。
セントポーリア国王陛下の血を引いていないことにも気付かれている可能性はあるからだ。
「それでも、ハルグブンが放置している間は問題ない。そして、そのことで、セントポーリアが滅びても内政の話だ。幸い、風の神子ラシアレスの血を引く王族は他にもいる。ユーチャリスは国内が王位継承の話で揺れているが、ジギタリスは王子が二人いるからな」
そこで情報国家の国王陛下は言葉を切って……。
「ああ、セントポーリアにはまだ王族がいたな。小柄で愛らしい黒髪の娘が」
オレに向かってそう言い放った。
「母親思いのその娘が、その母のいるセントポーリアが本当に窮地に陥った時、見捨てられるかが見物だな? ツクモ?」
ああ、そうか。
栞自身はセントポーリアを見捨てることができても、そこに千歳さんがいるなら話は別だ。
しかも、千歳さんは、セントポーリア国王陛下の秘書をやっている。
国王陛下が王位から退いた時、共に退くかは未知数なのだ。
千歳さんの行動は予想ができない。
さらに言えば、あらゆる意味でセントポーリア国王陛下の思い通りにならない人だ。
そうなると、栞もどう動くかが読めなくなる……が……。
「そうしないために、他国に縛るのですよ」
別の国に縛ってしまえば、栞もセントポーリアだけのために動けなくなる。
契約とはいえ、婚姻してしまえば、その相手のことを先に考えるようになるはずだから。
それに千歳さんも自分のために栞が配偶者を見捨てるようなことを許さないだろう。
だから、栞の婚姻相手は他国の貴族が理想だったのだ。
そして、さらに別の国にもツテがあるところなど本当に理想的である。
国自体が抱えている闇が大きすぎるのは誤算ではあるが、それぐらいならなんとかなるとも思っている。
婚姻の内実など問題にもならない。
大事なのは、その契約なのだから。
「なるほど……。それらは全てシオリ嬢を中心に考えていたってことか。だが、それもダルエスラーム坊の立場と性格から見れば、やはり、甘い考えだと言わざるをえないな」
オレたちの考えは、この世界の、いや、セントポーリアの常識に当てはめたものだった。
セントポーリアのクソ王子が、真っ当な倫理観を持っていることが前提の話だったことに気付かされたのである。
他の男と婚姻をしていても、それを攫って、栞に自分の子供を産ませようと考えるような朽木糞牆で、手の施しようのないほど無知蒙昧な輩が相手なら、オレたちの考えたものは、その根底から崩れてしまう。
「先ほども言ったが、ダルエスラーム坊は王族の娘に我が子を産ませなければならないのだ。それも一人では心許ないため、何人も望むだろう。吐き出すだけの男の方は良いが、好きでもない男から強引且つ乱暴な手法で、幾度となく、胤付けされる側の娘は、心がもつかどうか……」
嫌な言い方をしやがる。
だが、事実だ。
だから、これは警告も兼ねているのだろう。
このままでは、遠からずそうなるぞと。
「そうなると、王族の血を引くだけの貴族子息如きでは、シオリ嬢を護れないことはよく分かるだろう?」
情報国家の国王陛下は意地悪そうな笑みを浮かべる。
その楽しそうな顔は明らかに揶揄われていると分かっているから、余計に腹だしく思える。
「ああ、俺に妙案があるぞ? お前やその兄、そして、主人であるシオリ嬢が受け入れるかは分からんがな」
さらにオレを揶揄うつもりらしい。
この時点で嫌な予感しかない。
いや、大体、何を言い出すか予想はしているのだが。
「シオリ嬢を俺に寄越せ。それならば、あの娘は護られる」
……そっちか。
どちらかと言えば、息子の方かと思ったのだが、少し違ったらしい。
「王子妃ではなく、陛下の寵姫ということですか?」
以前もそんな話をしていた。
だから、王子妃か、寵姫の二択だろうと予測はしていたのだ。
「ああ、シェフィルレートにくれてやるのは勿体ないからな。それに寵姫ではなく、継妃だ。その扱いは至上のものであることを約束しよう」
寵姫ではなく、継妃だと?
その申し出は、栞の価値が上がったことを意味している。
いや、正妃が亡くなったからそれが可能になっただけか?
確かに、それならば、栞はオレたちが護るよりも確実にその安全性が保障されるだろう。
だが……。
「それについて返答する前に、一言よろしいでしょうか?」
「おお、何でも言ってみろ。不敬は問わない」
既に、オレが断りを入れることが分かっているかのような返答である。
だから、ここでオレが放つのは、相手の予想を超える言葉でなければならない。
その余裕のツラを歪ませてやる。
不敬は問わないと言われたが、この言葉を聞いて、それを貫けるか?
だが、迷わない。
本心からの言葉だから。
兄貴のように皮肉たっぷりな笑みを浮かべて言ってやろう。
「このエロ親父」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




