ルールを守る人間ばかりではない
「お前たちには一番大事な視点が抜けている。馬鹿に規律を解いても無駄だ」
そんな身も蓋もない言葉を吐く情報国家の国王陛下。
「セントポーリアは一夫一妻制ではあるが、結局のところ、王族はその血を護るために愛人を囲うことは黙認されている。どこかの国王は一夫一妻制を守ろうとしたようだが、最低限の義務である妃を抱くことを放棄したばかりか、身近にいた女に手をだしやがった」
さらに続く暴言。
だが、事実ではあるので、そこは突っ込まない。
「まあ、その件に関してはハルグブンが悪いが、その原因となったトリア妃も悪い。七日儀と呼ばれるセントポーリアの子作り儀式中の初日にコトが済んだ後、睦言中にチトセを侮辱しやがったらしいからな。まあ、事後だっただけマシではあるが。事前だったら、既成事実すら作らなかっただろう」
ちょっと待て!?
なんで、そんな夫婦事情まで知っているんだ!?
そして、「七日儀」って、その言葉は以前にも聞いたことがあったが、子作り儀式のことだったのか?
「ああ、これは、昔、酔わせて当人に吐かせた。その前にトリア妃を抱いたのが、一度だけだと聞いていたからな。その詳細を補完したかったのだ」
「思った以上に、酷い手腕ですね」
酒を飲ませて酔い潰し、正気を失わせた状態にして、閨の話を聞き出したってことだよな!?
ある意味、王族同士で酒盛りするほど仲が良いのだろうが、その方法が酷いと言わざるを得ない。
「何を言う? 盛り潰して話を引き出すのは、結構、匙加減が難しいんだぞ? 少し量を間違えるとまともに話ができない状態になったり、寝入ったりするからな。しかも、ヤツは遠慮なく、稀少で高価な酒ばかりを選んで飲みやがった。対価としては十分だ」
いや、どんなに高価な酒でも、セントポーリア王家の秘事に当たるような話とは釣り合わないんじゃないか?
「長期間寝かせたアリッサム産『熟成蒸留酒』。失われた手法で作られたアストロメリア産『辛口蒸留酒』。絶妙な配合で作られたイースターカクタス産『多種混合酒』。特殊な醸造方法で作られたエラティオール産『特別醸造酒』。選び抜かれた酒を合わせたセントポーリア産『厳選混成酒』」
思ったよりも種類が多かった。
そして、この声から、相当、高価な酒ばかりだったことも分かる。
しかし、一国の王が全身を震わせて悔しがるほどの酒とは一体……。
「まあ、ヤツもどこかで吐き出したかったのだとは思っている。周囲はともかく、国民を騙し続けることに罪悪感を覚えないほど割り切れる男ではないからな」
セントポーリアで「王子」を名乗っている男は、セントポーリア国王陛下の血を引いていない。
王妃がセントポーリア国王陛下の従姉弟であるため、一応、王族の男子ではあるから「王子」と名乗ることはできなくはないのだろう。
本来は「公子」の方が正しいのだろうけど。
「まあ、そんな手痛い思いをしてまで、手に入れた情報だ。その内容までは聞き出せなかったが、あのハルグブンが以降、夫婦生活を完全拒絶するほどのものだったことは想像に難くない」
情報国家の国王陛下が言うように、セントポーリア国王陛下は根が真面目だ。
その時にどれほどの感情をチトセさまに向けていたかは分からないが、少なくとも、自分の懐に迎え入れるほど心を寄せていたことは知らされている。
そんな相手を、政略婚姻とはいえ、自分の妻が侮辱したのなら、その反発心は相当な怒りだったことだろう。
ましてや、今よりもずっと若い時代の話だ。
現在のような自制心はなかったと思う。
それに、あの王妃なら状況も場も弁えずに、他者批判をしてもおかしくはない。
それも、睦言中とか。
ヤることヤった直後に、どんな話をしやがったんだ? あの女狐王妃。
「話が逸れたな。セントポーリアの一夫一妻制でも、王族の血統維持を理由にした抜け道はある。実際、ハルグブンもチトセを囲っているだろう?」
「ですが、他国に嫁いだ女を愛人にするために呼び寄せるなど、恥ずべきことをしますか?」
いくら、あのクソ王子が愚かな男でも、そこまで厚顔無恥になれるものだろうか?
夫に先立たれた寡婦を狙うならば、分からなくもないが……。
「言っただろう? 馬鹿に規律を解いても無駄だと。ダルエスラーム坊にはもう後がないのだ。誰かの妻になっていたとて、平気で禁を……、いや、シオリ嬢を犯すことだろう」
衝撃的な発言をいとも簡単に口にする情報国家の国王陛下。
「後先考えない馬鹿をなめるな。ダルエスラーム坊はシオリ嬢に自分の子を産ませなければならないのだ。他の男の物とか関係ない。寧ろ、居場所を知れば、すぐに行動に移す。どんな手を使ってでもシオリ嬢を攫い、囲い込んだ上で自分の子を孕むまで犯し続けるだろうな」
その発言にゾッとした。
オレたちは、栞を誰かに添わせれば大丈夫だと思っていた。
だが、そうではないのだ。
「要はシオリ嬢を表に出さなければ良いのだ。適当な女を見繕って王子妃とした後、シオリ嬢に産ませた子をその王子妃の子と偽るだけで、素性の問題も解決する。両親のどちらにも似ていない子など、珍しくはないし、ハルグブンの血が表に出れば、儲けものだ」
まるで見て来たかのように語る情報国家の国王陛下。
そう言えば、この国王陛下は、過去視持ちではないと言っていた。
つまり、未来視で視たのか?
「言っておくが、高位の貴族でそんな話は珍しくないぞ? 血統至上主義の貴族ほど、自分がその血を引いていないと分かった後の行動は大抵同じだ。傍系からでもその血を引く庶子を見つけ出した後、拘束、監禁して自分の子を産ませようとする」
暗にそれは未来視ではないことを告げる。
「それだけ、血に拘る馬鹿はいるのだ。ハルグブンが実子ではないと公言する気がないため、王位を継ぐことはできるだろう。だが、次代で確実に露見する。子が生まれた瞬間、本来、必ず現れるはずのモノが薄いどころか、浮かばない可能性すらあるからな」
王族の血を引く子が生まれた瞬間、必ず現れるモノ。
それは確か……。
「王家の……、紋章……」
それが浮かび上がると聞いた。
それも、この国王陛下がいる場で。
「正しくは、『聖痕』と呼ばれるモノだな。生まれた直後に六十分刻ほど、その国の『王家の紋章』が浮かぶだけだが、それが、その国で新たな王族が生まれた証明になる。その濃淡で大陸神の加護の強さもな」
ああ、そんな名前だったか。
あの時はいろいろ情報量が多すぎて、王族が生まれた時、20歳以降、お湯に触れた時など、特定条件下で身体のどこかに「王家の紋章」が浮かぶという話しか覚えていない。
それが大陸神の加護の強さを表すのなら、栞は間違いなく色濃い「王家の紋章」があの身体のどこかに浮かぶのだろう。
そうなると、オレも、この身体のどこかにソレが浮かぶってことか。
一応、親父がこの情報国家の国王陛下の双子の兄なのだから、それなりの濃度の「王家の紋章」であるはずだ。
既に二十歳を迎えた兄貴は、浮かんだのだろうか?
そうだとしたら、兄貴は知っていることになる。
身体の見える範囲なら、気付かないはずがないだろう。
特に、湯を身体に浴びる機会など、人間界の日本に行けば、当然のように習慣化する。
洗浄魔法だと綺麗になるが、味気ないのだ。
だが、兄貴が知ったとしてもオレにはそれを隠そうとするとも思っている。
それならば、今後も不自然ではないような態度でいなければならない。
あれ?
栞はソレを知っているのか?
ふとそんなことが気にかかった。
確か、あの時、栞は側にいなかった。
この国で、セントポーリア国王陛下から渡された神剣「ドラオウス」を抜いて、倒れた直後だったのだ。
兄貴が伝えている可能性はあるが、オレからもちゃんと確認しておかないといけないだろう。
多くの人間の前で現れたら、言い逃れのしようもなくなるからな。
この時のオレはそう思っていたのに、すっかり忘れていた。
多分、同じタイミングで「聖痕」のことを知ったはずの兄貴も、栞に伝え損ねたのだと思う。
だから、後に「あの悲劇」へと繋がることになった。
栞の絶叫を聞くまで、オレは本当に、この「聖痕」の話を完全に忘れていたのだ。
あれはどんな運命の導きだったのか。
まるで、意図的に忘れるように忘却の神がオレや兄貴の脳に悪戯したとしか思えないのだった
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




