他国のツテ
「いつの時代も強かな女が王族を惑わせ、国を根底から狂わせる。お前の主人はどうだろうな? ツクモ」
情報国家の国王陛下はそう言いながら、オレに意味深な笑みを寄越す。
その問いかけの意味は……。
「主人が本気で願えば、国だけでなくこの世界そのものが狂うと、私は思っていますよ」
オレはそう答えを返した。
実際、栞と接したことで、変化した王族たちがいる。
セントポーリア国王陛下は以前よりも、千歳さんのことだけでなく、栞や周囲のことを考えて動くようになった。
ジギタリスのクレスノダール王子は良くも悪くも栞と会ったことで、運命そのものが変わったと思っている。
幼馴染で実は姉弟だった占術師が死んだ直接的な原因は、二人の関係性だが、栞と会ったことで占術師が心を決めた可能性が高い。
さらに言えば、その後ストレリチアに行って立て続けにフラれるとか、本当に不憫な人である。
それでもストレリチアに来ては大神官やグラナディーン王子を揶揄っているのだから、ある程度吹っ切れているのだと信じたい。
そのストレリチアのグラナディーン王子は栞がいなければ、あの婚約者と縁を持つことはなかっただろう。
あの婚約者は栞と若宮がこの世界に来たから、この世界に呼ばれたのだから。
そして、若宮……、ケルナスミーヤ王女に至っては人生そのものが激変したといっても過言ではない。
あの王女殿下を御せるのは、ある意味、栞しかいないのだ。
同じように止められそうなグラナディーン王子の婚約者殿は、基本、若宮を制御するよりも野放しにして状況を楽しむ方だから。
カルセオラリアは、城が崩壊した原因は第一王子であるウィルクス王子だったが、そのきっかけは栞だった。
そして、王位を継ぐ気持ちが微塵もなかったトルクスタン王子が王族として動き始めている。
ローダンセは、少しずつではあるが、王族たちが栞に関わり始めた。
その結果、どうなるかが全く不透明で未確定だが、なんらかの方向で変化することになると確信している。
不特定多数の要因や思惑から、もともと荒れたあの国が浄化されるか、もっと混沌化するか、はたまた、予想外の方向へと変化するかが読めないのだ。
イースターカクタスはこうして、情報国家の国王陛下が栞に興味を持っている。
あまり、深く考えたくはないが、今後、もっと関わることになるのだろう。
そして、アリッサムに関しては、王族の運命を捻じ曲げている気がしなくもない。
水尾さんがセントポーリアの城下の森で倒れていたのをオレが発見したのは、あの日、偶々、栞が迷子になったためだった。
もしかしたら、あの状況的にセントポーリアのクソ王子が発見することになった可能性があるのだ。
クソ王子は、あの日、愛馬を連れていたらしい。
その愛馬は、天馬……、翼馬族だ。
感覚は人間以上に優れている上位の精霊族。
クソ王子が気付かなくても、王族の血に反応する精霊族が助けを乞うために発見したのではないだろうか?
改めて、思い出すと、オレの主人は本当におかしな存在だと思う。
一番、運命を塗り替えられたのは、間違いなくオレと兄貴だとは思っているが、それもこれも全て……。
「『導きの聖女』とはそういう存在でしょう?」
その一言に集約される。
栞が栞でなければ、これまで誰の運命も変わっていない。
他人に強い関心を持つような好奇心は少ないが、自分が身内と認めた人間に対しては、その相手が嫌がっていても、自分が良いと思う方向に突き動かしてしまう。
それは、硬直化した事態を動かす強い力。
それだけ聞けば傍迷惑な存在であるが、それまで拮抗していた天秤が一気に傾くことは、決して、悪いことばかりではない。
「そうだな。だから、ローダンセの弱小貴族にくれてやるには惜しいのだ。お前たちには他にもツテはあっただろう?」
「ないですよ」
そんなものがあれば、とっくに利用している。
「ジギタリスとか」
「セントポーリアに近すぎます」
クレスノダール王子という有力なツテはあるが、セントポーリアの隣国だ。
同じ大陸の中心国であることを笠に着たセントポーリアを相手にすれば、ジギタリスは王族であっても逆らえないだろう。
ジギタリスの王族が弱いのではなく、中心国の王族の権威はそれだけ強いのだ。
クレスノダール王子は栞を可愛がっている。
そのため、セントポーリアが強引な手法に出れば、全面的に庇ってくれるだろうが、あの方をそこまで巻き込むのは、栞にとって本意ではない。
「ならば、ストレリチアはどうだ? 王女も大神官もシオリ嬢の味方ではないか?」
「ストレリチアは、それこそ神官しかいないでしょう? 大神官猊下や王女殿下が味方であることは大変心強いですが、神官たちは、数だけは多いのです」
大神官も若宮も栞の味方であることは間違いない。
だが、セントポーリアから護ることができても、今度はその足場が敵となる。
栞は「聖女の卵」である前に、神力を持った「神子」でもあるのだ。
若い女だというだけで、法力を増大させる「穢れの祓い」と称して神官たちからその身を狙われやすくなるというのに、「聖女の卵」、「神子」となれば、神を妄信する層からも、その魂を狙われるようになる。
厄介なことに、下位の神官たちは数だけは多いのだ。
さらに「神のご執心」が露見されてしまえば、王族や大神官でも庇い切れなくなる。
ストレリチアはある意味、栞にとっては世界で一番、危険な場所と言えるだろう。
「それならば、カルセオラリアはどうなのだ? お前たちは王族を抱き込んでいるだろう?」
「カルセオラリアは、その抱き込んだ人間が、いつ、敵になるか分かりません」
トルクスタン王子は栞のことをかなり気に入っている。
思わず、求婚してしまうほどに。
そして、王族の責務を理解している人間でもあるのだ。
国に利があると判断すれば、個を捨てることもできる。
今は双子の王女殿下たちのことがあるから大丈夫そうだが、その問題が解決した時、自国のために強引な行動に出ないとも限らない。
味方であると思ってはいるが、それとは別問題だ。
いや、相手も味方であると思ってくれているからこそ、栞を護るためと称して思わぬ行動に出る可能性もある。
新たな火種を作る必要はない。
「アベリアはどうだ? 元王女がシオリ嬢をかなり気に入っているだろう? それこそ世界どころか神を敵に回すことも厭わないほどではないか?」
それまで掴んでいるのかよ。
アベリアの元王女は、リプテラで会った栞の後輩だ。
心酔、崇拝、妄執、激情……。
神官たちが「聖女の卵」に抱く感情よりも、もっと激しく強いモノを持っている。
あんな女に栞を任せてみろ。
暴走して、碌な結果にならない。
「主人に害を与えるような人間に任せるわけにはいきません」
それが、行き過ぎた感情から来るものであっても、栞が不快な気分になったのは事実だ。
そして、過去の縁があっても、栞が身内枠に入れてもいない。
「何よりも、あの方は主人よりも大事な存在をお持ちです。それでは主人を護り切れない」
栞に向ける好意はともかく、まだ幼い自分の息子に掛ける深い愛情もあった。
あの様子では、栞は絶対にあの女を巻き込まない。
栞は滅茶苦茶子供好きだからな。
「だが、ローダンセを選ぶ理由にはなるまい。護り切れないという意味では似たようなものだ」
それは分かっている。
だが、オレたちにそう選択肢が多いわけでもないのだ。
どれも駄目なら、その中から一番、良い方向を模索するのが、オレたちの仕事である。
「トルクスタン王子殿下から紹介があったことが理由としては一番大きいのですが、あの方には、カルセオラリアの王族の血が流れています。そして、主人との縁もありました」
ただそれは一般的な視点からの話だ。
個人的な観点から意見を述べさせていただくなら……。
「何より、主人が望んだことです」
それが、オレたちが従う最大の理由だろう。
兄貴も不満はあるようだが、それらを全て飲み込んでいる。
だから、オレも、飲み込んだ。
飲み込むしかなかった。
「意外と甘いんだな、ツクモ」
情報国家の国王陛下はそう言って、また笑った。
「確かにセントポーリアは王族も含めて、一夫一妻制の国だ。だからこそ、他国の貴族子息……、それも別の国の王族の血が流れている人間に嫁がせることを考えたのだろうが、お前たちには一番大事な視点が抜けている」
そして、大きく溜息を吐きながら……。
「馬鹿に規律を解いても無駄だ」
そんな暴言も一緒に吐いたのだった。
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