駄目な理由
「悪いが、はっきり言うぞ。ローダンセの人間は止めておけ」
情報国家の国王陛下は分かりやすく警告をしてくれる。
「お前らなりに考えて出した結論だという意は汲む。だが、あの国ではシオリ嬢を護れない。いや、寧ろ、悪い方向へと追い込む国だろう」
「その理由をお聞かせ願えますか?」
本来なら、簡単には教えてくれないようなことだ。
しかも、この時点で国王による他国批判になっている。
だが、これは誘いだ。
ならば、乗るしかない。
「いくつかあるが、最大の理由は、王族がその責務を忘れていることだな。王城の契約の間が、大気魔気で満たされず、強い恨みつらみの籠った思念で澱むまで放置している国など、ローダンセぐらいだ」
そして、予めその答えを準備していた情報国家の国王陛下は、戸惑うことなく答える。。
「お前なら、それを知っているだろう? 『濃藍』?」
そんな余計な言葉まで添えて。
「これまでにないほど派手な動きをしたな。ローダンセの城内だけでなく、城下や辺境すら『濃藍』の名は聞くぞ」
笑いながらそう言われたが、オレの方は改めてゾッとするしかない。
この人はどこまで知っているのか?
だが、辺境?
それについては、心当たりがないぞ?
「広まっているのが、『濃藍』の名前だけなら問題はございません」
オレや栞の魔名が広まっているわけでもないし、水尾さんと真央さんがアリッサムの王族であることに気付かれたわけでもないのだ。
周囲たちが勝手に付けた渾名なのだから、好きにしてくれと思う。
「なるほど。お前たちがいつになく目立ったのはわざとか?」
「あそこまで目立つつもりはなかったんですけどね。成り行きに任せていたら、そうなってしまったというか……」
城内については、そのシオリがデビュタントボールで変な目立ち方をしてしまったところから始まっている。
婚約者候補の男が城に登城することになったのは良いのだ。
もともと成人済みの貴族子息が、何もせず、家に引きこもって生活していること自体がありえないだろう。
本来の仕事に戻っただけだといえばそうなのだ。
だが、そこに、まだ婚約もしているわけでもない栞が同伴して共に仕事をすることになっているのはおかしいだろう。
さらに、そのデビュタントボールでは王族の興味を引いたばかりか、ローダンセの第二王子から変に好意を持たれてしまった。
強者を求める性質がある「人狼族」の血が濃く出た王子だとは聞いていたが、まさか、ソレが周囲を気に掛けることなく、栞を求めるようになるとは思わなかったのだ。
どんなにひどい扱いを受けても、けろりとしている。
始めは、「人狼族」の幼体への過剰な庇護欲意識が出ているだけだと思っていたのだが、ちょっと違うらしい。
兄貴が言うには、「人狼族」に見られる強者への従属意識、精霊族を強く惹き付ける神力、魔力が強い者が持つ引力、上位者の資質を持つ者に対する敬意、自分に全く関心を示さない者に対する興味、そして、異性としての魅力など、様々な要因が絡み合って、あそこまで理解不能な仕上がりになっているのだろうとのこと。
王族としての責務や、人としての礼儀を完全に忘れて、栞に言い寄っているもんな、あの第二王子。
始めに手を打っていたために、堂々と王族を排除することが許されている点は、本当に良かったと思う。
まあ、王族相手に力尽くで処理するなんて、できるわけがないと思われていたのだろうけど。
それ以外にも、第四王子や第二王女とも栞が関わることになったから、城内で目立つのは避けられなかった。
城下で目立ってしまったのは、魔獣退治をしているのが女の二人組だったからだろう。
男たちの目を変に惹き付けてしまったのだ。
13歳の容姿をしているオレはともかく、水尾さんはどう見ても妙齢の美人だ。
しかも、王族の品格も持っている。
近くに立っているだけで人目を引くような人が、少しばかり認識を狂わせたぐらいで、飢えた男どもの嗅覚を誤魔化せるはずがない。
さらに、久々の魔獣退治に張り切ってしまった水尾さんは、目立つ原因をどんどん追加していった。
具体的には魔法だ。
水尾さんにしてみれば、魔獣退治では普通の感覚なのだろう。
だが、それはアリッサムの王族基準だ。
一般的な魔獣退治屋や傭兵が、魔法具や魔石の力も借りず、広範囲で強力な魔法を無詠唱で放つことはほとんどないと思う。
水尾さんはアリッサムでは王族の仕事として、年齢一桁の頃から定期的に魔獣退治をしていたような人だ。
だが、オレたちと行動するようになって、模擬戦闘以外でほとんど魔法を使う機会がなくなってしまった。
それまで全力で身体を動かしていたような人間が、国が消滅した後、ずっと大人しく我慢する生活を強いられるようになったのだ。
魔獣退治で使う魔法の派手さから、何も言わなかったけれど、相当、ストレスを抱え込んでいたのだと思う。
だから、この機会に少しぐらいストレス解消ぐらいさせたいと思ってしまったのだ。
兄貴からも、好きにさせろと許可は得ている。
オレたちが目立つほど、ローダンセでは素顔で過ごすしかない栞を隠すことができる…………はずだったんだけどな。
どうも、オレの主人はそれ以上に、人目を引き付けてしまうらしい。
結果として、王族から関心を持たれただけでなく、第二王女に絡まれたせいで、それ以外の人間たちからも「白き歌姫」などという、若宮が聞いたら大笑いしそうな渾名が付けられてしまったのだ。
あれについては、オレも兄貴も最大の計算違いであった。
「ただ、『辺境』の方は本当に記憶にございません」
「大気魔気だ」
「大気魔気?」
思わず問いかけたが、納得はした。
水尾さんが外で暴れている上、城内の契約の間でも、最近、いろいろな人間が出入りして魔法を使っている。
これまで懸念されていた大気魔気の調整が上手くできるようになったということだろう。
その辺はほとんど気にしていなかった。
もともと、栞があの場所に行くのもそのためだったのに。
「ローダンセやその近郊で大気魔気が整い始めているそれは、ここ数十年でなかったことだ」
「数十年……」
思ったよりも長い期間だったのか。
最近の話だと思っていたが、違ったようだ。
アベリアから精霊族が激減し、ネメシアでは魔獣が溢れ、オキザリスから女性王族がいなくなり、ステラは国境を封鎖して他国との国交を断ち、ローダンセが玉座の場所を移した後、ウォルダンテ大陸の大気魔気が乱れていたらしい。
ウォルダンテ大陸はナスタチウム以外の五カ国に大気魔気が乱れる原因を作り上げたということになる。
「それが『濃藍』と『緑髪』の出現時期と重なっているために、お前たちの仕業と一部は考えられているそうだ。辺境ほど王都の情報収集をするからな」
なるほど……。
栞たちがローダンセ城下の「契約の間」で大気魔気の調整もしている。
最近では、第二王子たちも暴れるようになったから、以前よりもずっと、大気魔気が落ち着くようになったはずだ。
オレたちが城下に行くようになったのはそれよりも前だが、大気魔気がいつ整い始めたかなんて、常に計測していない限り、誰にも確実な時期が分かるはずがない。
何より、見えない城内での出来事よりも、分かりやすい城下周辺の変化の方が、理由付けとしても納得できるものなのだろう。
「若いお前たちは歴史を知らないかもしれないがな。現在のウォルダンテ大陸の大気魔気の乱れは、90年前、ナスタチウムから救国の神子の血を引く人間が絶えたところから始まっている」
オレが知らなかっただけで、残ったナスタチウムにも原因はあったようだ。
「救国の神子の血……?」
咄嗟に問い返したが、それは王族の血が絶えたということか?
この辺りオレが不勉強な部分ではあるが、現在の王族と呼ばれている人間たちには「救国の聖女」と呼ばれた7人の神子たちの血が入っているらしい。
王族たちが神子の血を引くようになったその経緯は、胸糞悪いことも知っているが。
「大陸神の加護が薄い人間が国を乗っ取ったのだ。まあ、革命だな」
この世界にもそんなことがあるのか。
だが、ウォルダンテ大陸の歴史にそんなことがあったか、記憶にない。
「尤も、それを知る者はほとんどいない。無血革命であり、さらに、ナスタチウム国民たちは今も王族の血が継承され続けていると思っている」
ウォルダンテ大陸でも知る人間が少ない話を何故、この国王陛下が知っているのか?
情報国家の国王陛下だからだ。
それ以上の理由や説得力は存在しない。
「当時の王妃が国王以外の子を孕み、その息子以外の王族を次々に、確実に蹴落としていった結果だ。尤も、無血と言っても暴力や暗殺などで血を流していないだけで、息子以外の王族たちが子を生せない措置をしていたらしいから、似たようなものか」
それが本当なら、酷い話もあったものだ。
「それでも、隣国のステラに逃げ延びたナスタチウムの王族がいたようだから、完全に耐えたわけでもない。その王族を匿うためにステラは国境を封鎖して鎖国したことになる。そのせいで、あの国に忍び込むのはなかなか骨がいるようになった」
それでも、鎖国されたステラに入り込む方法があるらしい。
「いつの時代も強かな女が王族を惑わせ、国を根底から狂わせる」
情報国家の国王陛下はそう言って……。
「お前の主人はどうだろうな? ツクモ」
オレに意味深な笑みを寄越すのだった。
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