突っ込んだ話
「さて、ここからは、もっと突っ込んだ話と行こうか」
情報国家の国王陛下が不敵に笑った。
そろそろ、本題と言うことらしい。
オレは警戒心をさらに引き上げる。
わざわざ予告してくれるとは親切だが、その目的は一体……?
「ツクモはシオリ嬢とどこまでいった?」
「……はい?」
「いや、お前は彼女と何度も一つ屋根の下で過ごしているだろう? そこで、何もないなんてありえないと思ってな?」
どうやら、このエロ親父は、恋バナ……、いや、エロトークをしたいらしい。
オレの緊張を返せ!!
だが、こんな問いかけに対する答えは、古来より、ずっと変わらない。
「セントポーリアからジギタリス。そこからストレリチアにて一年半ほど滞在した後、カルセオラリアで崩壊に巻き込まれて再びストレリチアに戻り……」
「待て待て待て!? まさか、そんな古典的な返しをされるとは思っていなかったぞ?」
オレもこんな返答をしなければならないとは思わなかった。
「主人の側にいる護衛に、それ以外の返答はないでしょう? 陛下はお忘れのようですが、私は彼女の幼馴染で友人でもありますが、基本的には護衛として側にいるのです」
確かに一つ屋根の下で何度も過ごしたことはある。
なんなら、セントポーリア城下の森での生活なんて、ほぼ同棲と言っても良かっただろう。
だが、このエロ親父……、もとい、情報国家の国王陛下を喜ばせるような話題など、くれてやるものか。
「それが本心からの言葉ならば、本当にお前は堅物なのだな。あの兄上の子なのに」
「? 父は違ったのですか?」
オレは、自分が堅物だとは思っていないが、親父の方は、周囲に女っ気が全くなかったと記憶している。
夢で出会った母親自身も、親父のことを「ムッツリでへたれ」と言っていたから、そうなのだろうと思っていた。
何より、オレは3歳でシオリと出会うまでは兄貴と親父以外の人間を知らなかったのだ。
まあ、母親とは駆け落ちしたらしいし、千歳さんという異性の友人もいたのだから、オレの物心がついた後が、そうだっただけで、実際は違ってもおかしくはない。
それに、オレや兄貴はともかく、親父はどこかで食料や日用品の調達はしていたっぽいからな。
「あの人は、昔、俺よりも女癖が悪かったぞ」
聞きたくねえな、昔とはいえ、自分の父親のそんな話。
しかも、盲いた占術師から「好色男」と言われるような人間よりも、女癖が悪いってどれほどなんだよ?
「ラビアと出会ってからだな。あの兄上が落ち着いたのは。まるで、思春期のガキみたいだった。だから、俺は……」
そこまで言って、情報国家の国王陛下は少し考えた後……。
「尻を叩いたら、兄上は国を捨てやがった」
苦々しい表情でそう言った。
この国王陛下が何をしたり、言ったりしたのかは分からないが、自分の言動の結果、親父の駆け落ちの後押しをすることになってしまったのだろうなとは思う。
この表情からそれを後悔していることは分かるが、それがなければ、兄貴もオレも生まれていない可能性が高いのだから、なんとも言えない気分だった。
「お前はシオリ嬢を抱きたいとは思わないのか?」
「直球ですね」
「変に回りくどく言っても、先ほどのように誤魔化される気がしたからな」
それはそうだ。
誤魔化す、お茶を濁す、曖昧にぼかす。
兄貴相手にも難しいソレを、状況に応じてこの情報国家の国王陛下を相手に、オレはやるつもりなのだから。
「そうですね。抱きたいと思わないと言えば、嘘になりますよ。私も男ですし、彼女が一番、身近にいる魅力的な異性ですからね」
寧ろ、「発情期」の心配がなくなった今では、そんな気持ちになるのは栞だけだ。
「抱き締めたいとも思いますし、ずっと側にいたいとも思っています」
「つまり、好きなのか?」
「はい。好きですよ」
なんか、最近、こんなことが増えた気がする。
当人には言えないのに、何故、オレは周囲に栞への気持ちを言わなければいけないのだろうか?
誰の目にも分かるほど、だだ漏れているからだな。
仕方がない。
だが、この話題に限り、変に誤魔化そうとしても、被害が拡大する気がしたのだ。
のらりくらり躱そうとしても、恐らく、追い込まれるだけだろう。
相手はそれだけの準備をしていると思っている。
「従者が主人に懸想するなど、本来、許されることではないと承知しております。それでも、近くにいれば抱き締めたいと思ってしまうのだから仕方がありません」
近付きたい。
触れたい。
抱き締めたい。
それ以上のことをしたい。
そんな願いは少しずつ大きくなり、欲深く、罪深くなっていくことを自覚するが、それでも焦がれてしまうのだから、仕方がない。
オレだって男なのだ。
好きな女相手に対して、そんな気持ちを抱かないような悟りの境地には決して辿り着けない。
それに栞がオレに対して、無防備、無警戒なのはこれまで積み重ねてきた信頼の証という優越感もある。
ちょっと気を許され過ぎているところは苦痛に思うことも多々あるが、誰にもそうではないことを最近知った。
昔馴染みであっても、警戒心をすぐに解かない。
間に線を何本も引いて、対処する。
それだけの経験を積み重ねてきたということなのだろうけど、二ヶ月経っても、婚約者候補の男とは距離があるままだ。
それはオレにとっては少しだけ意外なことだった。
彼女は、「友人」には気を許すタイプだと思っていたのだから。
「俺の子になれば、万事解決するとは思わないか?」
「思いませんね。寧ろ、距離が開くだけですよ」
今のは、また試されたのだと思う。
栞はセントポーリア国王陛下の血を引いているが、それを千歳さんは頑なに認めていないのだ。
それをこの情報国家の国王陛下も知っている。
そして、産んだ母親が認めない以上、栞がセントポーリア国王陛下の娘であり、セントポーリアの王族であるという事実は公式的に承認されることはない。
「母親が認めない以上、その娘である主人も認めることはないでしょう。そうなると、グリス陛下の猶子となることは、逆に不釣り合いになってしまうとは思いませんか?」
そして、栞は、千歳さんの意思を無視して自分がセントポーリアの王族だと名乗ることはしないだろう。
「だから、他の男にくれてやるのか? 酔狂なことだな」
やはり、その探りか。
栞が本当にローダンセの貴族子息と婚姻する気があるのかどうか?
そして、それをオレや兄貴が認めているのかどうか?
その辺りを知りたいのだと思う。
「そうですね。あの方なら、私や兄では護れない部分を任せることができると思っております」
人間性は悪くない。
そして、栞に対して悪意が全くない。
栞に手を出した紅い髪の行動に対して、怒りを覚えるほどの感情がある。
オレにとっては、それだけで十分だ。
兄貴にとっては足りないようだけどな。
だが、あの兄貴が認めるほどの男など、大神官ぐらいなんじゃないだろうか?
そして、その当の大神官にその気はない。
あっても、困る。
「だが、あの貴族子息とは、契約関係なのだろう? それならば、一度ぐらいはモノにしても問題ないとは思うぞ?」
「御冗談を」
それは栞が絶対に許さない。
既に、今は婚約者候補の男がいるのだ。
それなのに、他の男に抱かれるなど分かりやすい不貞行為はしないだろう。
そして、それはオレも嫌だった。
栞に不貞を働かせるわけにはいかないし、何より……。
「私自身は、主人に拒まれておりますから」
結局はそこに行きつく。
どんなに気を許されていても、オレは「友人」の枠内に収まっているのだ。
―――― 近付かないで!!
あの悲痛な叫びは、今もこの耳に残っている。
―――― あなたの顔だって見たくない!!
そして、あの激しい拒絶は、昔、ジギタリスで「大嫌いだ」と言われた時よりも、ずっとこの胸の奥深くに突き刺さったままだった。
その場から逃げ出した栞を追うこともできないほど、オレの足はその場に強く縫い付けられることになる。
あの後、どうやって復活できたのかも、今となってはもう覚えていない。
勿論、あれは、オレが悪い。
言い逃れも、弁解のしようもないほどにオレが悪いのだ。
それは分かっている。
拒絶されても傷つく資格がないほどに、オレは「発情期」を免罪符として、一方的に彼女の身体を好きにしたのだから。
普通なら、護衛を解雇されるのが、当然の末路だろう。
それなのに、今後も傍にいることを許してもらえた。
いや、そんなオレでも護衛として傍にいて欲しいと願われたのだ。
それならば、どんなにみっともなくても、情けなくても、この場所から動きたくなくなるのは当然である。
「一度、主人から異性として、激しく拒絶されたことがあるのです。だから、これ以上はご容赦願います」
何より、オレは彼女に自分の想いを告げることもできない。
どんなに想っても、焦がれても、欲しても、それを伝えることが許されないのだ。
「なんだ? 行動していなかったわけではないのか」
情報国家の国王陛下は意外そうな顔をする。
オレが行動しているようには見えなかったらしい。
まあ、行動と言っても、栞の目にも分かるほどのものは、「発情期」の時ぐらいだろう。
それ以外では、周囲からは「だだ漏れ」と言われるほどなのに、こういった方面で突き抜けて鈍い栞には呆れるほど伝わらない。
「意外だな。シオリ嬢は、お前たち兄弟か、紅い髪の坊主なら受け入れる気がしたのだが」
受け入れるかどうかなら、正直な所、受け入れてくれるとは思っている。
友人ではあるけれど、それだけの好意はあると自惚れてもいるのだ。
但し、実際に行動に移そうとすれば、それは栞の人の好さに付け込む、卑怯なやり方となるだろう。
オレの「発情期」が良い例だ。
栞は、あの時、一度は流されかけたのだから。
「自分なりに考えて出した結論です。だから、あまり私を苛めないでください、グリス陛下」
オレがそう言うと……。
「苛めているわけではないのだがな」
情報国家の国王陛下は困ったように笑った。
「だが、悪いが、はっきり言うぞ」
そして……。
「ローダンセの人間は止めておけ」
そんな忠告を寄越したのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




