腹の探り合い
「お前が人間界の料理名すら、作り方や食材が違うだけで自分の料理には認められないほど頑なになる理由はよく分かった」
情報国家の国王陛下はそう言いながら、ブルーマウンテンコーヒーに近しい味の飲み物を口にする。
「どれぐらいだ? 自分を偽れないのは」
「僅かでも違うと迷えば判定されるようですね」
具体的に検証したことはない。
あまり、良い気分ではないから。
「それは、随分と兄上の血が濃く出たものだな」
情報国家の国王陛下は苦笑する。
「兄上も自分を偽れない人だった。他人の嘘よりも自分の偽りの方が苦痛だと言っていた覚えがある」
そう言いながら、懐かしむようにオレを見た。
「やはり、父親の血ですか」
「はっきりとは言い切れないが、ツクモも父親と同じように光属性が強いだろう? 恐らく、それは光の精霊の仕業だ」
そうなのか。
情報国家の特性と言うわけではなかったらしい。
そうなると、嘘を吐けないのは、ライファス大陸出身者の特性でもあるのかもしれない。
そして、これまで聞いたこともなかったが、オレと同じように、光属性が強い兄貴にもあるのだろうか?
「そして、調理の腕については、間違いなく、母親の血だろう」
「え?」
意外なことを言われた気がして、思わず問い返してしまった。
「本人に確認したことはなかったが、聖堂の人間たちが言うにはラビアは精霊の系統だったらしい。前にも言ったと思うが、精霊族の血を引く人間は、フレイミアム大陸で生まれた者を除いて、調理の才がある人間が多い」
ちょっと待て?
思わぬ情報がいくつも追加されたぞ!?
確かに以前、世界会合の後、セントポーリア国王陛下と共に、この情報国家の国王陛下にも菓子を振舞った時に、オレが「精霊の系統」である可能性があることを伝えられた。
だが、先ほどの言葉の中にはそれ以外の情報も盛り込まれていたのだ。
ここでオレが聞くべきことは……。
「フレイミアム大陸出身者は、本当に調理が不得手なのですね」
そのこと自体も情報国家の国王陛下から聞かされていたから知っている。
それでも、わざわざ念を押すかのように言われたことに理由がある気がした。
「お前の身近にもそんな人間がいるだろう?」
どうやら、その言葉自体が罠だったらしい。
情報国家の国王陛下はニヤリと笑って、オレが返答に困る問いかけをしてきたから。
否定も肯定も誤魔化しもできない。
否定すれば、偽りがバレる。
肯定すれば、認めることになる。
何より、変な誤魔化し自体が肯定を意味してしまう。
これは問いかけのようでいて、実質、ただの確認作業でしかない。
やはり、この情報国家の国王陛下は知っているのだ。
オレ、いや、栞の周囲にアリッサムの人間がいることを。
そんなオレの様子がおかしかったのか、情報国家の国王陛下はクククッと声を押し殺して笑う。
「火の神の加護が強いことも一因だが、最近、フレイミアム大陸の一部の国が、精霊族の怒りを買う行いをしていたことが判明した。だから、フレイミアム大陸は精霊族たちに嫌われ、その中心国であったアリッサムが消滅したと一部の神官たちが言っているそうだ」
深く追求をされなくてホッとしたことよりも、それを聞いてゾクリとした感覚の方が優先された。
少し前、それをローダンセで知っていなければ、顔に出ていたかもしれない。
心の準備があるかないかで、随分、気の持ちようが変わるものだ。
だが、情報国家の国王陛下はあえて言葉を濁してくれた気がした。
はっきりとアリッサムだと言ってしまえば、それを知らないはずのオレが衝撃を受けると思ったのだろう。
オレはアリッサムの王族の友人がいるのだから。
意外と気遣う王様のようだ。
しかも、情報国家にそれが発覚したのは近年っぽいな。
今回、情報国家の国王陛下に渡した報告書にはローダンセにアリッサムから逃げてきた精霊族がいることについては、書かなかった。
情報国家がソレを掴んでいるかも分からなかったから。
大神官には一応、口頭で伝えたけどな。
だが、この様子では、そこまでは知らないかもしれない。
「フレイミアム大陸出身者が調理することを苦手としているのは、火の大陸神の加護のせいかと思っていました。ですが、そんな国が本当にあるのですか?」
ここでオレがそれを全く気にしないというのも不自然である。
オレにはアリッサムの王族だけでなく、精霊族の友人もいることを、この情報国家の国王陛下も知っているはずだ。
だから、少なからず、ショックを受けたフリは必要だろう。
これは確認の意味である問いかけであるから何も問題はない。
若宮と違って、芝居は得意じゃないんだけどな。
「まあ、口さがない神官たちの言葉だ。本気でそう思い込んでいるだけなのか、それが本当に事実だったのかは分からん。法力遣いにとって、魔法しか使えない人間は蔑みの対象だったからな。互いに揚げ足取りしかしていない時代もある」
さらに、今度はオレが知らなかった事実が追加された。
これについては素直に驚くしかない。
法力国家ストレリチアの現王の最初の妃……、グラナディーン王子殿下の母親は魔法国家出身だったはずだ。
実は、関係改善のための政略婚姻だった?
「法力遣いが魔法使いに寛容になり、魔法使いが法力遣いに寛大になったのは、まだ百年かそこらの話だ。魔法国家が『聖騎士団』というものを作り、法力国家がその育成を担うようになったのが、120年ほど昔だと記憶している」
それを近年と考えるか、かなり昔だと捉えるかで、歴史の感覚が違うのだろう。
少なくとも、オレにとっては、自分が生まれてもいない時代の話など、そこまで熱心に学んでいない。
近年だけで精いっぱいなのだ。
「グラナディーン坊の母親であるレンシア=セルア=ストレリチア妃がアリッサムからストレリチアに嫁いだのは、そう言った事情からだな。どちらにも含みがないということを世間に知らしめるための意図があったようだ」
やはり、政略的な意図もしっかりあったようだ。
他国の王族との婚姻だからな。
「尤も、それもレンシア妃が早逝してしまったがために、あまり意味のないものになってしまった感はある。しかも、ヴィンセント殿が早々に継妃を迎え入れてしまったからな。レンシア妃の崩御に関しては、陰謀説もあったほどだ」
若宮の母親であるディアンヌ=サンテ=ストレリチア妃は、グラナディーン王子と大神官の乳母だったと聞いている。
ストレリチアは一夫一妻制だ。
そして、寵姫すら認めていない。
だが、レンシア妃が亡くなって、すぐに継妃として迎え入れたそうだから、確かにいろいろ怪しまれても仕方がない気はしていた。
「そんなはずはないのにな」
だが、情報国家の国王陛下はあっさり否定する。
「ヴィンセント殿の性癖……、性質上の偏りを知っている人間ならば疑う余地もない。あの方は、愛情深過ぎて、相手から鬱陶しいと思われるほどの性格だ」
しかも、フォローになっていない方向で。
「グラナディーン坊を見れば分かる。代々ストレリチアの男性王族は、伴侶としたい相手、庇護すべき相手に対して、妙な正義感から、対象者を護るために囲い過ぎて、嫌がられるタイプだ。しかも、当人に悪気はない。一切ない。本当にない。信じられんことにな」
この国の黒髪の王子殿下を思い出す。
傍目には、た……、いや、オーディナーシャ様に愛情を注ぎすぎているようだが、嫌がられている様子はない。
寧ろ、その愛情を上手く受け流している。
まるで、重い愛情を与えられ慣れているかのように。
だが、若宮に対してはかなり嫌がられていた。
妹から「病気」と言われてしまうほどなのだから、相当な愛情なのだろう。
「ケルナスミーヤ王女の母親であるディアンヌ=サンテ=ストレリチア妃が亡くなった後、すぐにルヴィリエ=オーベル=ストレリチア妃が次の継妃となっている。これについては、大聖堂から押し付けられたものだ。上神女の扱いに困ったということが理由らしい」
ルヴィリエ=オーベル=ストレリチア妃殿下は今も尚、その座に納まっているが、オレは会ったことはない。
「聖女の卵」である栞もなかったはずだ。
大神官が言うには、ルヴィリエ妃殿下は王妃宮の奥にいて、滅多なことでは出てこないらしい。
元神女だったために、外の世界に関心がない人だと思っていたけれど、情報国家の国王陛下から話を聞いた後では全く印象が違ってくる。
「ルヴィリエ妃は、外に出ることを許されず、王妃宮に軟禁されているそうだ。表向きは保護と聞いている。神官たちにとって神女は、年齢に関係なく良い糧となることは事実だからな。それが高位となれば、集団に狙われてもおかしくはない」
正神女までならともかく、上神女となれば、若い女は全くいない。
それだけ、女が上の神位に上がりにくい世界だからだ。
寧ろ、男からの嫌がらせが多いその世界で、上神女にまで上がったことが奇跡だろうとは思う。
だから、話を聞いた後、どちらに突っ込めば良いか分からなくなってしまった。
軟禁しているストレリチア国王陛下か?
それとも年齢に関係なく、そういった対象として見る神官たちか?
「年齢に関係なく、集団に狙われるとは?」
「近年、横行している『穢れの祓い』だな。組織的に行っている者たちもいるため、大神官がかなり苦慮している。まあ、既に知っているお前には不要な情報だろう?」
知られていたか。
本当に、どこに情報源があるのだ?
「ここ数年で現れた『聖女の卵』は二人とも若く、健康的で、しかも、神力を持つ本物の神子だ。既にグラナディーン坊に囲われている『神に愛されし聖女』の方はともかく、各国を動き回っている『導きの聖女』の供が、何の警告もされていないはずがあるまい?」
情報国家はそう言いながら、さらに笑うのだった。
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