情報国家という国
「グリス」
オレがそう口にすると、情報国家の国王陛下はビクリとその肩を揺らす。
先ほど「敬称」付きで名前を呼んだ時にはなかった反応。
まるで叱られる前の子供のようなその動きに、思わず笑いたくなった。
この国王陛下には、何らかの後悔がある。
それも、オレの親父に対して。
だから、息子のオレに懺悔したいのかもしれない。
虫のいい話だと思う。
だが、もう、当人に謝れない。
だから、「代役」だったのだ。
こういうのは、もっと似ている兄貴の方が適役だと思うんだけどな。
だが、その兄貴もこの場にいないのだから、オレがその役を務めるしかない。
幸い、言いたいこともあった。
ついでに、言わせてもらおう。
こんな機会でもない限り、言えそうにないからな。
「オレたちを見逃してくれて、ありがとう」
「あ……っ!?」
思わず、オレの顔を見て、何かが違うことを思い出したらしい。
少しだけその表情が曇った。
「父も母のことも、陛下は見逃してくださったでしょう? 陛下や先代国陛下が見逃してくださったおかげで、私は生まれました」
親父がイースターカクタスに連れ戻されていれば、兄貴はともかく、オレは生まれていないはずだ。
イースターカクタス国王の兄は、兄貴が生まれて間もない時期に病死の扱いとなっていた。
それは、そのタイミングで情報国家が諦めたからだと思っている。
だけど、本当に見つからなかったか? と、言えばかなり疑問が残るのだ。
この国王陛下は、千歳さんの娘である栞だけでなく、オレたちのことも世界会合前に知っていたのだから。
セントポーリアだけでなく、各地に情報を掴むための何かがあるのだと思う。
だから、情報国家は親父がどこにいるのかを知った上で、見逃していたのではないだろうか?
そして、それを国王陛下も否定しなかった。
ただ、痛みを堪えるような顔をしただけだ。
「その様子だと、本当にお前も、もう知っていたのだな?」
何を? と、問うまでもない。
そして、「お前も」ということは、兄貴はオレよりも先に知っていて、そのことはこの国王陛下も気付いていたということなのだろう。
「フラテス=ユーヤ=イースターカクタスが、お前の父親であることを」
「いいえ」
だが、そう問われたら、オレは否定する。
「あ?」
「私の父親の名は、フラテス=ユーヤ=テネグロです。少なくとも、私と兄にはそう名乗っておりました」
親父は最期まで、イースターカクタスとの繋がりをオレたちには告げなかった。
いや、兄貴には言っていたかもしれない。
だが、オレには言わなかった。
年代的に言っても分からないと判断されたか、あるいは、幼児の口の軽さを恐れたかのどちらかだろう。
「父親とイースターカクタスとの繋がりは、本当に最近、偶然知ったのです」
「偶然……。それで……」
「このストレリチア城にて、陛下とミヤドリードの関係を知らなければ、イースターカクタスの王籍を調べようとは思いませんでした。陛下のその御姿を拝見した時、大神官猊下の前で取り乱す所だったと思っております」
本当に危ない所だったと思っている。
いや、大神官には無様な姿を何度も見られているので今更ではあるのだが、その状態をこの国王陛下に見られるのは、やはり嫌だな。
「つまり、一年前には知っていたのか?」
「いいえ、知ったのは、3,4カ月ほど前ですね」
「時期的には、シオリ嬢とセントポーリアへ行った時か?」
「はい」
あっぶね~。
今のは、思わず叫ぶところだった。
どれだけ知ってるんだよ、情報国家。
だが、オレと栞の行動も確認されていることは分かった。
目印はなんだ?
国王陛下からの「伝書」かと思ったが、ほとんどの所持品は収納魔法で収納している。
収納魔法で収納した物は、その気配を掴めない。
だから、栞はいつも通信珠を外に出しているし、オレがやった魔力珠も身に付けられる物にしたのだ。
「お前の魔力が籠ったシオリ嬢からの『伝書』が、セントポーリアから届いたからな。それに、ハルグブンの声もその間、やや浮かれていた。アイツは本当に分かりやすい」
自分と身内のせいだった。
「『伝書』はどこから出されたかが分かるのですか?」
それは知らなかった。
だが、それが本当ならば、内密に送ることが難しくなるのではないだろうか?
「見知った魔力の追跡行為は、情報国家の十八番だ」
なるほど。
何らかの手段があるらしい。
可能性があるのは追跡魔法だが、それだけでは足りない。
追跡魔法ぐらいなら掻い潜れるようにしているからな。
「伝書」一つに様々な魔法が駆使されて、調べ尽くされているのだろう。
「ところで、そのシオリ嬢がハルグブンを倒したというのは本当か? その件に関しては、それ以上、ヤツもチトセも口を割らないのだ」
さらに、ついでとばかりに聞き出しにきやがった。
「はい。我が国王陛下は、主人の色仕掛けにやられました」
「……は? シオリ嬢が? ハルグブンに?」
あれは、そういうことだろう。
細かく言えば、栞の色仕掛けというよりも、どちらかといえば、その母親の姿になっているのだから、ちょっとした詐欺の感はある。
だが、それをどこまで口にして良いか分からない。
「模擬戦闘中に変身魔法で自分の母親の姿に変え、動揺したところを誘眠魔法で眠らせました」
「なるほど、見事な色仕掛けだ。それならば、ヤツならいちころだな」
すぐに察したらしい。
どれだけ、セントポーリア国王陛下は、千歳さんのことが好きなのか?
そして、それを情報国家の国王陛下にバレているのかも分かる話である。
だが、オレは、その変身した千歳さんは15歳時の姿であったことと、出会った時の服だったことは告げなかった。
そこまで言うと、面倒ごとに発展する気がしたのだ。
でも、全く話さなければ不審に思われるだろう。
話のさじ加減ってやつは、本当に難しい。
「アイツも普段は堅物で隙がないんだがな。チトセが絡むと、本当に情けない奴に成り下がるんだ」
そう言いながらも、まだオレを放してくれないのはどういうことか?
「本当に恋や愛が絡むと、男は馬鹿になる。俺には生涯、分からん感情だ」
「『恋は盲目』と申します。ある程度は、仕方ないでしょう」
それでも、セントポーリア国王陛下は国政に支障を来していない。
オレの親父は国を捨てたから、王族としてはアウトだとは思うけどな。
だが、親父が国から出なければ、オレが生まれていないのだから、なんとも言えない気分ではある。
「お前も目が眩んでいるのだろう?」
「否定はしませんよ」
あれだけ眩しい女なのだ。
自分でも愚かだと思っていても、一度、意識してしまえば、あの太陽みたいに眩い存在からもう目が離せない。
「随分、素直な反応だな。立場上、否定するかと思ったんだが……」
「自覚があるのだから、わざわざ否定する理由などないでしょう?」
以前は自覚がなかったから否定できたのだ。
本当に栞のことを好きだなんて思ってもいなかったから。
だが、一度認めてしまった今は、否定する気もない。
だだ漏れらしいからな。
隠すだけ無駄だろう。
「そんなことよりも、陛下?」
「なんだ?」
「一体、いつまでこの状態なのでしょうか?」
オレはまだ、情報国家の国王陛下から締められている状態だった。
いい加減離れて欲しい。
「嫌か?」
「男に締められて喜ぶ趣味はありませんね」
「俺は楽しいが?」
ああ、これは揶揄われているな。
情報国家の国王陛下は女好きという話はあちこちで聞いたが、男に興味があるという話は一切、聞かなかった。
「陛下は女性が好きだと伺っておりましたが、男性も好きだとは思いませんでした」
「別に女が好きというわけでもないのだがな。女の方が、男よりも抱いて楽しいというだけだ」
その言葉を聞いて、栞が「暗闇の聖女」から聞いたこの国王の評価は「好色」だったことを思い出す。
もしかしたら、男女にそこまで拘りがないのかもしれない。
いずれにしても、これ以上深く追求したくない話ではある。
「何より、女の方が情報を持っていることが多い。女は目敏いからな。男が気付かない所もさり気なく見ている。有益な情報が得られるなら、自分の身体など、安いものだ」
だが、国王陛下はさらに言葉を続ける。
こんな考え方は兄貴と似ている。
自虐ではないが、自分を安売りするように見えるところが。
だが、あくまでも、見えるだけだ。
正しく、自分の価値を知っているから。
一時の優越と快楽を引き替えに情報を引き出された相手は、その後、その代償が高くつくことを知ることになるのだろう。
情報はそれに見合った価値と引き替えに売り渡し、買い取る。
情報国家とはそういう国なのだから。
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