【第126章― 国の胡乱 ―】互いの思惑
この話から126章です。
よろしくお願いいたします。
ソレは多分、一種の奇襲攻撃だったのだと思う。
だが、互いの思惑が外れてしまった。
これは、ただ、それだけのこと。
襲撃があると分かっていて迎撃態勢を整えていれば、奇襲にはならない上、その攻撃力は半減してしまう。
さらに、待ち構えていた相手の迎撃手段次第では、かなり手痛いしっぺ返しを食らうことだろう。
「まさか……?」
情報国家の国王陛下は茫然としながら、信じられないモノを見たような顔をしている。
それは当然だった。
この方にとって、今のオレは普通ではない姿をしているのだから。
オレも似たようなことを栞にされた時、かなり、困惑したことを覚えている。
あの時と、同じとはいかないまでも、それに近しい心境を抱かれているだろう。
オレが借りている部屋に、情報国家の国王陛下が来るのは分かっていた。
あれだけ分かりやすい姿でオレの前に立ったのだ。
大神官の手前、話すことができなかったとしても、絶対に二人きりになる時を見計らって仕掛けてくるだろうとは思っていた。
尤も、大神官はオレがどの部屋を借りたかは、教えなかっただろう。
「迷える子羊」と呼ばれる信者が泊まる部屋を簡単に口にしてしまえば、聖堂運営に置いて、信用問題に関わってくるからな。
それでも、情報国家の国王陛下にかかれば、簡単に割り出せるような部屋だ。
兄貴やオレにでもできるようなことを、この方にできないはずがないだろう。
そして、暗闇の中、入室の合図も無しに情報国家の国王陛下は侵入してきた。
王様ってやつはどうして、ノックの概念が欠けているのか?
尤も、それらもオレにとっては織り込み済みの話である。
この方が奇襲攻撃が好きだなんて、あの世界会合の時から知っていることなのだから。
だからオレも仕掛けることにした。
驚かされっぱなしは性に合わない。
そして、反撃するなら、最大限の効果を持つものを。
そんな気持ちでオレはいたのだ。
それでも、ここまでの反応はちょっと意外だった。
まるで、幽霊でも見たような顔をされている。
「ツクモか……?」
ここに来て、初めて名を呼ばれた。
この部屋に遮音結界と防音結界があると気付いたのだろう。
先ほど会談で使った部屋は大神官の私室の一つだ。
だから、何が仕掛けられているか分からなかった。
勿論、大神官によるものではない。
大神官を盲目的に崇拝する神官たちによる覗き見、盗み聞きの技術は年々上がっているのだ。
勿論、大神官自らがいろいろな措置を行って、様々な対策をしているらしいのだが、精霊族の血を引く神官の中には、通常とは違った手段を使うヤツもいる。
魔法、法力、神力の対策はできても、精霊族たちの自身の能力、精霊術に関しては、大神官でもその全ての対策などできないだろう。
その能力の中には、銀製品の防御だけでは防げないモノもあるそうだ。
だから、栞やオレの名を出すことなく、会話をしていた。
だが、この部屋ではその心配はない。
「迷える子羊」たちが使う部屋にまで、精霊術を使う精霊族はいないだろう。
だが、まさかその姿で、名を呼ばれるとは思わなかった。
やはり落ち着かない気分となる。
その相手が、黒髪、青い瞳の、オレの父親と同じ顔をした情報国家の国王陛下だから。
まだ変装を解いていなかったらしい。
来た時と同じ姿で帰るのだろう。
「はい、陛下」
だが、そこで雰囲気にのまれるわけにはいかないので、できるだけ余裕を持ってそう返答した。
記憶に残るあの人を再現するために。
情報国家の国王陛下はオレとの一対一の話し合いに、黒髪、青い瞳の姿で現れた。
だが、オレにとって、その姿は既に先ほど見たばかりだ。
場所を変えたからといって、一度、その姿を見て、心の準備をした後では、そこまでの衝撃はない。
それに対してオレは、金髪、青い瞳にしてみた。
その組み合わせは、普段の情報国家の国王陛下の色であり、恐らく、親父の本当の姿である。
オレの顔は親父とは似ていない。
どちらかと言えば、兄貴の方が似ているだろう。
それでも、何らかの手応えがあると思って、この姿になったのだが、情報国家の国王陛下は、オレの名を確認したきり、俯いたのだ。
だから、その表情は読めない。
その身体は震えている気がするが、もしかして、あまりにも似ていないから、怒らせたのかと不安になったのだが……。
「ツクモ」
再度、呼びかけられる。
さらに、真剣な顔でオレを見た。
そして……。
「ちょっと抱擁させろ」
そんなオレの人生の中で、これまでに聞き覚えの無い言葉を言われた。
「はい?」
思わず問い返す。
それを肯定と判断したのだろう。
いや、元よりオレに選択肢などなかった。
それは質問ではなく、命令だったのだから。
そして、情報国家の国王陛下は、これまでにない速度でオレに近付き、一気に締め上げた。
油断していたわけではないが、国王陛下の行動とその表情に、オレが呑まれてしまったのは事実である。
結果としてあっさり接近を許したばかりか、懐に入られ、締め技を食らってしまった。
兄貴の蔑んだ顔が脳裏に浮かぶ。
ついでに「阿呆」、「未熟者」という声まで聞こえた気がした。
いや、だって、仕方ねえだろ?
あの情報国家の国王陛下が顔を歪め、泣きそうな顔をしていたのだから。
そして、オレの身体を締め付けている両腕にも力が込められているのが分かる。
それが、痛いわけではないが、どこか苦しさを覚えた。
せめて何か言ってくれたら良いのだが、情報国家の国王陛下は無言のままだ。
先ほどから何も言わない。
もしかしたら、呼吸すら止めている気がする。
こんなに至近距離というか、接触すらしているというのに、息を吸う音も吐く音も全く聞こえないから。
「陛下……」
これが我慢比べならば、オレは負けている。
だが、真面目な話。
野郎に締め付けられて喜ぶ趣味はねえ!!
「事情の説明をお願いします」
「情緒のない男だな」
いや、このオレに情緒がなければ、最初に飛び掛かってきた時点で突き飛ばしているだろう。
「だが、道理だ。説明してやろう」
情報国家の国王陛下はオレを締め付けたまま……。
「お前が俺の大事な人間にそっくりだからだ」
「はあ……」
「だから、そんな姿をしていたお前が悪い」
オレ自身は似ていないと思ったが、どうやら、それなりに親父に似ていたようだ。
まあ、親父が亡くなってからもう15年経つ。
この国王陛下の前からいなくなったのはもっと前だ。
脳裏から薄れてしまうには十分すぎる時間だろう。
その最期を看取るまで共にいたオレだって、その姿を完全に覚えているとは言い難いのだから。
しかし、オレが悪いってのは酷くないか?
「つまり、代役と言うことでしょうか?」
「今だけな。その人とお前が全く違う人間だということは重々承知だ」
耳元で国王陛下の声がする。
囁き声までよく似ていると思った。
ああ、そうか。
たった三年しか共にいられなかったオレですら、国王陛下の姿と声で、こんなにも複雑な気持ちになっているのだ。
もっと長い時を過ごした情報国家の国王陛下は、もっと複雑な感情が駆け巡っていることだろう。
悪いことをしたな。
オレはミヤドリードに変身した栞を見ても、驚いただけだったが、この国王陛下はただ驚いただけではないようだ。
考えてみれば、そうか。
オレの親父は母親と国から出たのだ。
当人たちは良い。
父親も母親も納得して行動したことだろうから。
だが、置いて行かれた方は?
黙っていなくなられた方は、堪ったもんじゃないだろう。
「そんなお前に頼みがある」
「無理のない範囲でお願いします」
相手が国王であっても、聞けることと、聞けないことがある。
何でも承諾はできない。
それに命令ではなく、要請のようだからな。
無理強いをする予定はないのだろう。
「無理ではない。その声で俺の名を呼ぶだけだ」
あ……?
無理じゃないか?
自国ではなく、他国であっても、王は王である。
オレのような庶民が、そう簡単に名前など呼ぶことはできない。
だが、そう言いたくなる気持ちも分かる。
分かってしまうから……。
「……グリス陛下?」
なんとか、そう口にする。
「……っ!! 敬称も取れ」
うん、状況的に敬称付きの呼びかけは、許されない気がしていた。
だが……、だがっ!?
「俺からの頼みだ。こんな所で、不敬などという小さなことは言わん」
「それは分かっているのですが、心境的に難しいと言いますか……」
相手は一国の王だ。
オレに今、しがみつく様に締め付けていたとしても。
「大きすぎる兄に拘る気持ちは、弟のお前ならば分かるだろう?」
ああ、そうだな。
その気持ちも分かってしまう。
―――― 兄は、大きい
悔しいが、それはずっとオレの中にある感情。
普通は父親の背中を見て育つのだろうが、オレは兄貴の背を見て育ったからかもしれない。
いつも、数歩先を行くのに、常に一番近い場所にいる男。
だから、魔が差したとしか思えない。
同意、賛同、共感。
それらが入り混じったせいだろう。
「グリス」
思わずオレはそう口にしてしまったのだった。
情報国家の国王陛下は大神官の前で一度ウィッグを外した後、またこの部屋に来る前に装着し直しています。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




