いろいろ試される
「その若さでお前は覚悟を決め過ぎだ」
情報国家の国王陛下は苦笑しながらそう言う。
だが、オレよりも若い年齢で主人のためにそんな覚悟をする人間は他にもいるだろう。
この世界の成人年齢は、どの国でも15歳なのだ。
だから、自分の覚悟を決めた年齢もそう若すぎるという話ではないと思っている。
「だが、その心は、俺も、ここにいる大神官も受け取ってやろう」
芝居掛かった口調で、情報国家の国王陛下は左胸に手を当てた。
「尤も、実際、そんな場面になったら臆する人間の方が圧倒的に多いがな。自分よりも他者の命が重いと本気で考えるのは、ただの狂人だ」
情報国家の国王陛下はそう付け加える。
栞のように他者の命が重い人間は確かにいることを知っているから、なんとも言えない。
尤も、彼女の場合、狂っているわけではなく、単に身内枠に入れた人間が危険だと思うと、自分の命が対価であることを忘れて行動してしまうだけだ。
それはそれで、狂っていると言えなくもないのか。
護衛としては気が重くなる。
「それに、正直な所、『導き』一人の命で済む話ではないと俺は思っている」
「……と、言いますと?」
「簡単な話だ。例の『大いなる災い』は、『封印の聖女』と出会うまで、無作為で無意味な破壊活動を世界各地で行っていたという。その時点で神としての本質は『無秩序な破壊』。だから、『導き』が死んだ後、その魂をすぐに追ってくれるかも正直な所、分からん」
神はオレたち人類と異なる時間感覚で生きている。
だから、栞が死んだとしても、すぐに追わず、後からゆっくりと聖……神界の方へ向かう可能性もあるということだ。
聖霊界へ行った魂は再び生まれ変わるのを待つが、聖神界へ行った魂がどうなるかは知らない。
だが、神と同格になるという話から、もしかしたら、神の末端に納まる可能性もある。
いずれにしても、死んだ後のことなんて、考えたくもないが。
「そのような不確かな推測のまま、無謀な賭けにでるわけにはいかない。『導き』がこの世界にいることで、世界が揺らぐことなく、保たれる可能性だってあるのだ」
栞がいることで世界が災いに呑まれるか、逆に栞がいないことで災いに呑まれるかが現状では情報国家の国王陛下にも、大神官にも分からないということか。
「何より、『導き』を殺した所で、この問題を先送りにするだけだ」
情報国家の国王陛下はそう溜息を吐く。
「結局のところ、かつて精霊族によってこの世界へ呼び寄せられた『大いなる災い』の意識はこの人界に繋がれている。『導き』の魂を手にするために聖神界へ向かっても、それを手にした後、人界に再び、戻ってくるようになっている。契約による神の受肉とはそういう話だ」
「それでは、主人の魂を聖……、神界へ送ったところで意味はないということでしょうか?」
「意味はあると思うぞ。その神の欠片が戻ってくるまでの時間は確実に稼げる。その単位は分からんがな」
それが、時間単位なのか、暦日単位なのか、月単位なのか、年単位なのか、世紀単位なのか、千年紀単位なのか、それ以上の単位なのかも分からないということか。
「呼び出した依り代として使われた水差しがなくなりはしたが、その時、呼び出した精霊族との誓約は今も有効だろう。それならば、その神の欠片自身が契約を破棄して神界へ戻らねば、その約定が履行されるまで、何度でもこの人界に戻される」
「その神と精霊族の盟約とはなんでしょうか?」
契約が履行されるまで留まるなら、そっちを何とかした方が良い気がした。
「この世界の破壊だ」
駄目だった。
結論が変わらない。
その精霊族は破滅願望でもあったのだろうか?
「どの程度の破壊を目的としていたかは分からん。六千年前の話だからな。残された記録も不確かで曖昧なものばかりだ。どれも本当のようで、どれも偽物でも不思議はない」
流石の情報国家の国王陛下でも、そこまで古い話となれば、真贋を見極めるのも難しくなるらしい。
「だが、共通している文言は『世界の破壊』だ。残念なことに、これだけはどの史書も同じことを書いている」
つまり、栞や紅い髪に取り憑いている神の目的が、この世界の破壊であることには変わりがないわけだ。
「ですが、精霊族との契約の破棄は可能なのですか?」
基本的に契約事というのは一方的に破棄することなどできないはずだ。
「既に片方、契約相手である精霊族は亡い。そして、神と人間の盟約は容易に破ることは許されないが、神と精霊族の誓約ならば、そこまでの強制権がないのだ」
それは知らなかった。
だが、逆じゃないのか?
精霊族との約束の方が強制権を持ちそうなのだが。
「精霊族は神にとって奴隷に等しい。坊主は道具に対して誓うことができるか?」
「ですが、人類は神にとって、娯楽に等しいのでは?」
道具と約束もできないだろうが、それは玩具にも言えることだろう。
「人類は、創造神によって護られている。人類は、愚かで、か弱い存在だからな。それらがなければ、やはり、疾うに種族としても滅んでいたことだろう」
ここで、その名が出てくるのか。
―――― 創造神さまは、めんどくさがり屋だけど、人間のことは好きみたいだからね
どこかの聖女はそう言っていた。
「先ほど言ったように、『導き』を殺せば、一時的に世界は平穏を取り戻すだろう。だが、本当に一時的なものでしかない」
情報国家の国王陛下はそう肩を竦める。
「この身は、しがない人間の身ではあるが、同時に一国の王でもある。負債を後世に回すような暗愚にはなるのは、御免蒙りたい」
それはつまり、栞の敵に回らないということか?
いや、まだ油断はできない。
「勿論、今のところは、だ。時勢が変われば、現代の王として、その時間稼ぎという決断をすることもあるだろう。今のところ、俺が坊主に言えるのはここまでだな」
「陛下……」
十分だ。
隠しもせず、そう言ってくれただけで、意味はある。
「お? 惚れたか?」
「畏れ多いことでございます」
この国王陛下は本当に高低差が激しい。
「ああ、だが……」
そして、さらに意味深な笑みを寄越す。
「坊主が、俺のモノになれば、俺はどんなことがあっても『導き』の味方になると、そう言えば、お前はどうする?」
さらにそんな問いかけをしてきた。
これは、いろいろなことを試されているな。
だが、オレはこの手の質問ならばこう答える。
「陛下が、この先どんなことがあっても『導き』の味方になると誓ってくだされば、私も陛下の案について深く考えましょう」
そう答えると、情報国家の国王陛下は意表を突かれた顔をした後……。
「坊主は可愛くて、可愛くないな」
そう破顔した。
オレは体よく断ったんだけどな。
そして、それが分かったから、国王陛下は笑ったのだと思う。
陛下からの提案は、「言うだけ」だった。
だから、オレが陛下の養子や部下になったとしても、本当に栞の味方をしてくれるわけではない。
それに対して、オレも「深く考えるだけ」である。
栞の味方になってくれると誓っても、本当に情報国家の国王陛下の養子や部下になるとは一言も言っていない。
そんなガキの屁理屈染みたオレの言葉の意図に、すぐ気付いた陛下は流石だと思った。
まあ、先に仕掛けたのは陛下の方だけどな。
言質を取らせないのはお互い様だ。
将来なんて、誰にも分からない。
現時点で未来の確約なんてできるはずがないのだ。
「それでも、兄や『導き』よりも、買われたことは大変、嬉しく思います」
先ほどの陛下の言葉はそういうことだ。
オレよりも出来る兄貴についてはほとんど触れないし、栞のことも味方するだけで、彼女を得ようとはしていない。
まあ、オレの前だからだろうけど。
「俺は坊主が気に入ったからな。できれば、このまま連れ帰りたいぐらいだ」
「そんなどこかの王子のようなことは止めてください」
親子だからな。
洒落にならない。
「分かっている。無理強いをする気はない」
情報国家の国王陛下は笑いながら……。
「俺はしつこい男だからな。気長に行くさ」
そんな頭が痛くなるようなことを言ったのだった。
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