世界を敵に回す覚悟
情報国家の国王陛下の言った言葉に、オレは全身が凍ったような気分になった。
「だから、ハルグブンが『導き』に神剣ドラオウスを渡した時、俺は思ったんだ。歴史は繰り返される、と」
セントポーリアで、昔起きたと言われたことは確かに繰り返された。
第一王子とされた人間が、その当時の国王陛下の直系血族ではないこと。
つまり、それは当時、王妃であった女が、国王以外の子を孕んだことに他ならない。
神剣ドラオウスを手にした第一王子は抜けないことを知らずに抜こうとしてしまったこと。
契約者の直系血族でなければ抜けるはずがないのだ。
だから、直系血族でないことを知らなかったか、確かめたかったのだと思う。
そして、止めが、国王陛下が神剣ドラオウスを渡して、それを抜いた相手は、その時点で国を継ぐ立場にない王族であることだ。
つまり、栞はこの先……?
「偶然と言えば、聞こえはいい。だが、史書を読み解いても、そんな事例は決して、少なくない。いや、多いと言っても過言ではないだろう」
だから、なんだ?
この国王陛下は何を言いたい?
―――― 歴史は繰り返す
そんな事例は人間界でもよく聞いた。
人間は歴史から何故、学ばないのか? とも。
「俺としては、人間は隠し事が多く、事実に蓋をして受け入れないせいだと思っているが、そう考えない輩もいる。この世界の全ては神の意思が決めるもので、人類はその流れに逆らえないから、何度も歴史は繰り返されるのだ、と」
そう語る国王陛下はどこか苦々しさを感じさせた。
どこかで誰かにそんなことを言われたことがあるのかもしれない。
それも、この国王陛下にとっては、凄く嫌な形で。
「馬鹿を言うなって話だ。それが本当なら、この世界は疾うの昔に滅びを迎えている。歴史上、『救いの神子』と呼ばれる聖女たちが存在したのはただ一度きりだ。過去の歴史から学んだから、人口衰退期と呼ばれたのは一度で済んでいる」
その言葉にドキリとした。
栞から聞いた「救いの神子」の話を、この国王陛下はどれだけ知っているのだろうか?
「何より、人類を退屈凌ぎの玩具としてしか見ていない神々が、歴史を繰り返させて満足するはずがないのだ。同じことを何度も繰り返されれば飽きる。それでは退屈は凌げまい。尤も、それは人間の感覚だがな」
言われてみれば、神は人間を退屈凌ぎとしか見なしていないらしい。
だから、過度な干渉を避け、見守っていると。
それならば、繰り返しは飽きるという情報国家の国王陛下の言葉には説得力がある気がした。
だが、神界と人界は時の流れ方が違うとも聞いている。
現在と過去、未来の話をどう見ているかは分からない。
「だが、無知な輩はそう思わない。思考を放棄するだけならまだ良い。害はないからな。だが、中には積極的に歴史をなぞる行いをするヤツすらいる」
情報国家の国王陛下は続ける。
それは、国王としてではなく、人間としての言葉なのだろう。
これまでと違って随分、感情と感傷が込められている気がした。
「そんなヤツらが、封印の解けた『大いなる災い』の存在を知ったらどう出ると思う?」
「『導き』にその『大いなる災い』を封印させようとするでしょうね」
それは誰しも考えること。
「導きの聖女」と呼ばれる者が、まだ18歳の女でしかないことを考えずに期待してしまう。
魔力が強く、神子の素養を持ち、封印の聖女に似ているというだけで、別の人間だというのに重ねてしまうのだ。
「現状、『導き』にそこまでの能力はない。それは、今回のことからも明らかだ。接触して、命懸けで祈ったにも関わらず、精々、数年の時間稼ぎしかできないだろう」
それはそうだろう。
相手は「神」と呼ばれる存在だ。
その欠片、一部分しかなくても、人類が勝てるはずもない。
寧ろ、様々な補助があったとしても、数年の時間稼ぎができただけでも奇跡と言えるだろう。
同じく神力所持者であり、法力遣いの最高峰とされている大神官ですら、数カ月しか封印できなかったような代物だぞ?
「だが、ここで、その『大いなる災い』が『導き』に執着しているとしたら、話がかなり変わってくる。今度は別の勢力が動き始めるだろう」
「神官……、いえ、聖堂……、ですね?」
「おお。そこのベオグラーズ率いる厄介な法力遣いたちが所属する集団だ」
神官と聖堂は同じようで違う。
神官は、聖堂に所属しているが、個々の考え方を持っているため、一枚岩とは言えない。
だが、聖堂は組織そのものだ。
上の命令に従い、動く集団。
神官の中では、大神官が最高位であるが、聖堂となれば、各国の王族たちの思惑も絡んでくる。
聖堂を運営するには、国と関わる必要があり、基本的に手出し、口出しはされないが、有事の際は、やはり、国の意思に従う面も出てくるのだ。
「このベオグラーズ自体は、『導き』と面識があり、個人的な感情もある。だが、大神官としては、聖堂の決定を従わざるを得ない時もあるはずだ。そんな場面は見たこともないがな」
確かに、同じ卓を囲んでいるのに、全く表情を変えず、ほとんど口も挟まない男は、聖堂というものが強権を発動したら、あっさりと大神官を辞めてしまう気がする。
実際、一度は、辞めようとしたことがあるのだ。
クレスノダール王子殿下と共に行こうとした若宮を引き留めるために、神官の証とでも言えるその長い髪を切り落としている。
それが、どれだけのことか、あの場で取り乱した若宮の姿を見ていれば、分かることだろう。
表情はあまり変えないのに、意外と情熱的だと思った。
その直後の若宮とのやり取りも、いろいろな意味で忘れられないのだが。
「だが、世界の危難となれば話は別だ。お前も流石に愛しい女もいるこの世界が破壊されても良いとは言わないだろう?」
情報国家の国王陛下は大神官にニヤニヤしながら問いかける。
「そこまでの願望はありませんね」
そこまでってなんですか? 大神官猊下?
その手前まではあるんですか?
澄ました顔で答えられたから、余計にそれが気になった。
「まあ、そういう理由だ」
情報国家の国王陛下は、オレに向き直り、再び、雰囲気を戻す。
「坊主、お前に『導き』は殺せないことは理解している。だが、その上で、改めて問おう」
背筋が伸びる。
兄貴との模擬戦をする前を何故か思い出した。
水尾さんとも栞と対峙しても、こんな感覚になったことはない。
彼女たちは基本、魔法しか使わないから。
魔法だけでなく、刃物や鈍器すら飛んでくることを警戒しなければならない、あの瞬間にとてもよく似ていた。
「お前は、世界を敵に回す覚悟はあるか?」
半端な答えは許されない緊張感。
さらに追加される体内魔気の放出による圧迫感。
だが、その問いかけは、「世界を敵に回してでも『導き』を護れるのか? 」ではなかった。
あくまでも、オレの覚悟を問われているだけだ。
それならば、答えは一つである。
「はい」
迷わない。
ブレない。
これだけは、兄貴に確認するまでもない言葉。
―――― 心も身体も魂までも、主人であるお前に全て捧げてやる
あの綺麗な月下の光の中、栞に向かって告げたその誓いは今もオレの中で生きている。
「俺やこの大神官を敵に回しても?」
「……はい」
正直、気は重い。
この二人を同時に敵に回しても、別々でも、オレは勝てないだろう。
だが、それでも良い。
―――― 最期の時まで守り抜くとここに誓う
オレの望みは、最期まで栞を護ることだから。
「少なくとも、主人を先に死なせるようなことはしません」
オレがそう言い切ると、大神官はそのままだったけれど、情報国家の国王陛下は目を見開いた。
大神官はオレの性格も、栞との関係も知っている。
それも書面上ではなく、見聞きしているのだ。
だが、情報国家の国王陛下は違う。
だから、オレがそこまではっきりと言い切るとは、思っていなかったようだ。
「坊主は、シェフィルレートより一つ下、18歳だったよな?」
「はい」
情報国家イースターカクタスのシェフィルレート=クラク=イースターカクタス王子は、兄貴の一つ下だったと思う。
まあ、生誕日の日付にもよるが。
オレも兄貴も人間界でいうところの早生まれだからな。
オレがそんなどうでもいいことを考えていると……。
「その若さでお前は覚悟を決め過ぎだ」
それを見た情報国家の国王陛下は苦笑したのだった。
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